トレジャーキッズ ~委ねしもの~

著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ

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【2‐3】天秤

こころひとつに

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 アイラの部屋では引き続き話が続いた。
「へぇ、あの子がそんな無茶を?」
 アイラは家に不備がないかを確認している。竜次とコーディから話を聞いていた。
 サキ、ジェフリー、キッドの三人は魔法学校へ向かった。
 アイラと別行動してからの話を聞き、アイラは手を止める。フィラノスの大図書館と種の研究所の話や、火山の探索の話が主だった。
 アイラはこの場にいないミティアを気にかけていた。
「それで、ミティアちゃんはどうしているんだい?」
 竜次も気にしている点でもある。彼はまだミティアの衰退の進行を知らない。
「多分お休みになっているのかと。体調面が心配ですけれど」
 ミティアのことを耳にし、コーディは黙っていた。だが、それは圭白には筒抜けだ。こういうときに読心術とは厄介だとは思った。だが、こちらの思いを汲み取ってくれているらしく、圭白は告げ口をしていない。
 アイラは腕を組み、窓の外を見た。その視線の先には魔法学校が見える。
「そっか。あんまりいい感じじゃないみたいだね。でも、あんなに優しい子だったら、きっと一緒にいられない方がつらいんじゃないかな。突然、おとなしく休んでいなさいってなると、一人ぼっちは寂しいだろうに」
 アイラはミティアの心情をわかっているような口振りだった。実際に行動をともにした期間は少ない。だが、汲み取ることには長けているようだ。人情カバンの中の本をテーブルに積み上げ、個人的な見解をぼやいた。
「まぁ、一緒に行動していたわけじゃないし、あたしが言ってもしょうがないんだがね。年頃の女の子なら好きな人と一緒にいたいだろうさ」
 まるで見透かしているような物言いだった。客観的だが、おそらく正しい。外部からの意見は貴重なものだ。だが、アイラの歩んだ道に何があったのかは知らない。
 コーディはアイラに質問をした。
「アイラさんは、これからどうするの?」
「そうさねぇ……」
 淡い期待が込み上げる。アイラは察しがいい。
「そろそろ落ち着こうと思っていたんだけど、旅を手伝ってほしい?」
「そ、その顔は、お金を取るんじゃない?」
「あっはは……これで食って来たからね。多少は勘弁しておくれ。あんたたちにその気があれば、だけどね」
 アイラは豪快に笑う。基本、このまま隠居するつもりのようだ。
 それもそうだろう。家を買ったし、まだ買っただけで、何も手を付けていないのだ。新しい生活と、愛弟子の帰りをここで待っている。これを誰が邪魔できるだろうか。
「でもさぁ、あんたたちだって立派になったじゃないか。もう、大人の手はいらないと思うけどねぇ?」
 アイラは協力するが自分からこれ以上は踏み込まないスタンスのようだ。余計な心配だと割り切り、竜次に大きな封筒を渡した。
「学者さんに見せればわかると思うよ。アリューン神族の高度な技術。なくすんじゃないよ!?」
「確かに預かりました。でも何かあったのでは?」
 タダで……というのはアイラらしくない。それに、知恵を貸してほしいと言っていたようだが、いいのだろうか。
「竜ちゃんはいいかな。力不足という意味じゃなくて、アリューン神族の問題だし」
 アイラは一応フォローを入れた。だが、何か引っかかる。
「ま、気にしても、どうせあたしゃ隠居しちまうから。関係ないね……」
 わざとだろう。アイラは関係ないと笑い飛ばす。だが、竜次もここで引き下がろうとは思わなかった。
「今さらではありませんか。種族など関係ないでしょう?」
 竜次は笑顔の威圧攻撃を仕掛ける。コーディは何も言わないまま、ビクッとしていた。自分に向けられているわけではないのに、焦ってしまう。
 何も知らなかったらかなりの迫力がある。アイラも多少なりとも渋さを緩めた。
「ん、まぁ、アリューン界での流行病が気になってね。それだけだよ」
 アイラは机に寄りかかってため息をついた。直接関係ないかもしれないが、気にはなっているらしい。
「誰かが裏から世界を滅ぼそうとしているのかね。いや、まさかね。因縁めいたものを感じているのさ。フィラノスもフィリップスも襲撃され、沙蘭も襲われた」
 アイラは腕を組み、深く考えている。自分の知らないところでとんでもないことが起きているのではないかと疑った。
 一行はその理由を突き止めている。アイラに知らせるべきか。いや、圭白がすでに読み取っているだろう。隠しごとはできない。
 コーディと竜次はこの場で話すことを控えた。話せば長くなる。そして心配をかけてしまう。
 竜次は封筒を受け取った。
「流行り病のこと、ローズさんに話してみます。詳しい話を聞かないといけないと思いますが、そのときはまた……」
「あいよ、ありがとね」
 これでしばらく手を組むのはなくなるのかと思うと、寂しい気もする。
 アイラはコーディに向き直った。じっとコーディを見ている。正確にはトランクを見ている。もっと正確に言うと、トランクに下がっている巾着袋の恵子を凝視している。
「その子、あたしが引き取ろうか?」
 恵子は耳をピンと立てた。
「え、えぇぇぇ、お兄様とご一緒できるのでございますか!? それは大変大変うれしいのですが、えっと判断をどうすればよいのでしょうかぁ?」
 思わぬ話の展開になった。恵子は誰とも契約を交わしていない。このままだと実体を保てなくなり、話すのも難しくなってしまう。
 何度もどうしようかと話したが、結局保留のままだった。
 アイラが引き取ろうと言ったのには理由がある。それは圭白だ。
「なぜついて来たのかなど、説明は要りませんよ。アイシャ様がよろしければお願いしたいところです。あの魔導士様はすでに三人も契約されていますから、これ以上は守護属性の相殺のリスクがあるでしょう」
 圭白が言わずともわかると礼をした。嘘もつけないが、話が簡略化されて、これはこれで味気がないかもしれない。
「恵子は魔法によるアシストが一切できません。知識こそありますが、迷惑ではありませんでしたか?」
 圭白の心配に対し、竜次は首を振る。
「いえいえ、むしろ華があったというか……ね、コーディちゃん?」
 竜次は受け答えながらコーディにも振った。
 コーディは恵子を巾着から出して自由にする。恵子はぴょんぴょんとアイラに跳ね寄った。
 竜次が屈んで手を振る。
「我々と一緒だと、どうしても危険がつきまといます。これが最善ですね」
「あの、あのぉ、短い間でしたが、お世話になりました!」
 恵子は何度も頭を下げ、耳もバンダナもぶんぶんとさせている。
 お別れではない。もう会えないのなら、もっと熟考すべきだと思う。だが、条件がいい。恵子にとっても好都合だ。
 和やかな空気になり、用件も済んだ。アイラは両腕を上げ、伸びをした。
「さぁてっと、さっそく家具でも買いに行こうかね。竜ちゃんたちも、何かと用事があるんじゃないのかい?」
 竜次は買い物、コーディは原稿の用事を済ませてある。
 長居すると、新生活をスタートさせようとするアイラにと悪い。
 二人はいったん外に出て、アイラと別れた。この街に滞在するのだからいくらでも会う機会はある。
 石畳の道を竜次とコーディは並んで歩く。慣れない住宅街に身を置き、街の構造が気になる。
「この先は高級住宅街って言っていましたね」
「まぁ、ここは普通みたいだけど、魔法都市だから治安はいいんじゃないかな?」
「そうですね。家を買うってマダム、すごいなぁ……」
 繁華街に戻る道で世間話をする。
 竜次がコーディと一緒に行動するなど、あまりない。
 てっきり沈黙するのかと思ったが、コーディはここぞとばかりにこの機会に質問を投げ掛ける。
「お兄ちゃん先生ってサキお兄ちゃんを尊敬してるって言ってたよね?」
「いやぁ、尊敬していいのかわかりませんけどね。私とサキ君では頭の構造が違い過ぎますよ」
「ちょーっと頼りないけど、勇気づけてあげたら?」
 やはりそういう話になるかと竜次は悩んでいる。コーディがわざわざ言う理由はいくつかあるが、年上としての威厳でも持たせたい点が含まれている。
「まだ勘違いしてそうだから、特別じゃないって言い聞かせてあげなよ」
「一度そういう機会はあったのですが、そうですね……」
 竜次はなぜコーディがこんなことを言うのだろうかと疑問に思った。
「お兄ちゃん先生って人を励ますの下手だよね」
「ははっ、そこを突かれるとは、これはまた手厳しい……」
 苦笑いをする竜次だが、コーディは真剣な眼差しのまま揺るがない。
「試験の話を聞いてから、ぼんやりと考えてはいたのです。でも、私ってあんまり頼りにならないでしょう?」
 繁華街に差しかかった。この先は噴水広場や魔法学校。この先で誰かと合流するかもしれない。
「先にチェックインしているでしょうから、ミティアさんにお土産でも買って行ってあげましょうか」
「誤解されないといいね、そういう優しさ」
「……?」
 コーディがぽつりと言った意味深な言葉の意味が、竜次には理解できておらずに首を傾げた。
 察しのいいコーディは、竜次がキッドと仲良くなったのを把握している。『脈ナシ』と言ったのを謝ろうかと思ったが、彼の中ではどうでもいいのだろう。きっともう気にしていないと思っていた。
 竜次は気分よく、ケーキがいいかなどスイーツ関連のお店を覗いている。この心遣いがいつかキッドにも行ってほしいと願いながら、コーディは呆れ半分で物色に付き合った。
 スイーツ店に入ろうとしていたとき、声をかけられた。
「いた! 先生サン!!」
 どたどたと騒がしく、少し下品な走り方で白衣の女性、ローズが駆けて来る。かなり走ったのか、息を切らせて髪も乱れている。
 ローズはずいずいと迫る。竜次に用があるようだ。嫌な予感がした。
「どうしましたか? まさか、ミティアさんの身に何か……」
 こんなに身形を崩し、髪も乱れるまで走っていたのだ。緊急なのだろうと緊張が走った。
 ローズは膝に手をつき、肩で息をしながら首を横に振っている。違うようだ。
 ミティアに何かあったわけではないと知り、とりあえずは安心した。
 運動慣れしていないローズが、こんなになるまで慌てていた理由を知りたい。
 コーディがローズにお茶の入った紙のカップを差し出した。彼女の赤いチョッキで小銭が鳴る。気が利く彼女らしく、呼吸を整えている間に、どこかで調達して来たようだ。
 ローズはお茶を一気に飲み干し、今度は咳き込んだ。彼女のアクションが忙しい。
「お姉ちゃんは一緒じゃないの? 宿は取れた?」
 コーディが質問をすると、ローズは急に顔を上げ、目を見開いた。
 そしてやっと喋った。
「や、宿!! 忘れてたデス!!」
 ローズの顔が急に真っ青になる。
「や、宿も大変デス。でも、先生サンもっと大変な用事があるのデス!!」
 発言がまとまらず、ローズ自身も焦っている。双方情報の交換はあるのだが、彼女のパニックで何から話して、何から消化したらいいのかわからない。
「とりあえず、宿を先に……」
 竜次が言いかけて、ローズが腕を引っ張った。そのままコーディから遠ざけた。
「えぇ……?」
 コーディが唖然とする。余ほど話したくないのか、本当に大変なのか、反応を見ていると竜次の顔色が変わる。
 竜次が何かを言いかけて、口を塞がれている。誘拐でもしているみたいだ。
「この補填はしますデス!! コーディ、宿の手配をお願いしますヨ!!」
 ローズは一方的に言い、竜次を引き摺って行く。
 コーディは慌てて手を伸ばし、止めようとする。
「ええええ……正気? って、ローズぅ……」
 竜次は引き摺られながら両手を合わせ、小さく謝っている。二人はそのまま繁華街を抜け、大通りの方へ走って行った。
 コーディはぽつんと取り残されてしまった。
「嘘でしょ、私があぶれた……」
 癖でトランクの巾着を見たが、恵子は引き渡してしまった。本当に一人ぼっちであぶれた。思わず、深くため息をついた。今までこんな扱いはなかったのに、ローズが恨めしい。
 何も説明がないのが解せない。コーディは拗ねた顔をしながら、自身も大通りに向かった。あまりこの街に詳しくない。慣れた場所の方が安心できるだろうと思い、先日泊った噴水広場の近くの宿を訪ねた。男女別室で宿泊の部屋を押さえた。
 面倒な案件はさっさと済ませるに限る。コーディは再び街中に出た。噴水広場で、誰かを待ちながら時間でも潰そう。
 過去に立ち寄った屋台で、ハッシュポテトを買って頬張った。ゆっくりしようと屋根を眺めていると、見覚えのある人影を見つけた。
 コーディは一人のときによく屋根に上って街を眺めていた。その名残だ。
 皆と手を組んで、一緒に行動するようになってからはその機会も減ったが、たまにやりたくなる。
 コーディは目立たぬように民家の間で翼を広げ、屋根の上に登った。
「おじさん!!」
 この街にいるとは思っていたが、姿を見なかった。黒いマントのクディフだ。
 クディフはコーディに対する警戒が薄い。他種族の混血という難しい立場の理解者でもあり、利害関係の一致で協力している。
 クディフはコーディを払うことはしなかった。
「一人か? 珍しい……」
「おじさん、ちょっと聞いてよ!!」
 このあぶれてしまった鬱憤をどこかで発散は難しい。ゆえに、ちょうど捕まったクディフに愚痴を聞いてもらおうという思いだ。
 わけもわからずあぶれたこと。宿を取る用事を押し付けられたこと。ひとしきり吐き出したところで、コーディはため息をついて落ち着いた。
「って、おじさんには関係ないか……」
 コーディはただ聞いてもらいたかっただけだ。別に何かしてほしいわけでも、期待もしてない。
 クディフは何も答えない。ただ、街を見下ろしているだけかと思ったら、魔法学校の前で言い合っている三人を見ているようだ。この様子だと、コーディの愚痴を耳にしていたのかも怪しい。
 コーディはクディフの視線を追い、説明を施す。
「あぁ、試験を受けるって言ってた。だからあの三人は願書を書きに行ったはずだけど」
「仲間割れは感心しない」
 ようやく口を開いたと思ったら、余計なお世話だった。
 ジェフリーとキッドが何かを言っている。サキはその間で縮こまっていた。
「いつまでも青臭いままでは歩調を乱す要因だ」
 知ったかぶりではない。クディフなりにジェフリーを見抜いている。
 青臭い、と表現したが、コーディにも心当たりがあった。サキとミティアに対して、嫉妬で言い合いになった。そういった面はまだまだ子どもかもしれない。
「一致団結を乱しているのは、あの男なのではないか?」
「そ、そうだけど、当たってるから何も言えない」
 コーディは先ほどまで憤慨していたのに、今度は翻弄されている。
 クディフは腕を組み、コーディに向き直った。
「協力はしたがそろそろ潮時だろう」
「へっ? おじさん?」
 クディフは微かに笑う。その笑みは何を含んでいるのか、その答えはすぐに彼の口より語られた。
「俺の助けはもう必要ないだろう。本来なら憎むべき相手だろう」
「そ、そんなの私一人じゃわからないよ。あ、ほら、おじさんの話、原稿にまとめて本にしてもらうところまで行ったの。でも、まだ続きがあるんでしょ?」
 何となくつなぎ止めたい。先ほど、コーディはアイラも隠居すると聞いたのだ。この先、自分たちだけでどうやっていけるのだろうか。
「続き……それはこれから知るだろう。もしかしたら、あの魔導士がもう鍵を持っているかもしれぬ。ここから先、俺はそう役には立てぬだろう」
「えっ、どうして? おじさん、今まで助けてくれたじゃん。サキお兄ちゃんも、ジェフリーお兄ちゃんもミティアお姉ちゃんも……」
 コーディ一人が何を言っても微力かもしれない。それでも、食い下がらずにはいられなかった。
「ローズは? 親子として話をしていないって言ってた。そんなのよくないよ? 家族じゃないの?!」
 思わず大きな声を出してしまい、コーディは両手で口を塞いだ。ここは屋根の上。必要以上に目立ってしまう。
 しばらく沈黙して周辺の様子をうかがっていたが、特に大丈夫だったようだ。
 気まずくなりながら、コーディは再び話す。
「ローズだけじゃないよ。私だって寂しい。おじさん、本当はいい人でしょ。この旅の発端がおじさんだって聞いた。私にこんな出会いをくれたきっかけ、間接的だけど、おじさんじゃん……」
 声を発する度に涙声になっているのに気がつき、コーディは顔を合わせないようにそっぽを向いた。
 クディフはコーディを気遣うこともなく、情けをかけることもなかった。
「この旅を仕組んだのは俺だ。それは紛れもない事実。だが、そこから何か築くのはお前たちだろう。俺のお陰でも何でもない。勘違いをしてもらっては困る」
 クディフらしい冷たい言葉だ。だが、この言葉の中には、優しさは隠れている。何か築いたのだって、きっかけがないとできなかった。この絆を築いたと認めていた。
「おじさん、ずるいね……」
 コーディは目を擦りながら顔を上げた。
「今すぐに手を切るわけではない」
「ほら、ずるい……」
 お互い微かに笑っている。他種族だからこそ得るのが難しく、憧れるもの。人間にはわからない視点だ。分かち合える者はそういない。
「まだ言い合っているぞ。行ってやらんのか?」
 魔法学校の前で言い合っている三人を目で指した。コーディが頷く。
「またね、おじさん」
 さよならとは言わない。コーディは翼による浮力を利用して、屋根から屋根に飛び移った。知らない道を歩くよりはずっと楽だ。
 そのコーディを見送り、クディフは魔法学校の前の三人を見下ろした。
 目を細め、ぽつりと呟いた。
「リズ……いい知らせを持って帰れそうだ……」
 忌まわしくも懐かしい記憶を呼び起こしていた。度々口にしているリズとは、サキの父親である。まだサキには何も話していない。むしろ、話さずとも残したものがあるはずだ。それをどれだけアイラは与えたのだろうか。もしかしたら違う者の手に渡っているかもしれないが。
「裏切りなど、彼等にはなかろう……」
 苦い思い出、悪しき記憶。果たせなかった約束。同じ時間を生きた同志。
 その『続き』は託すしかない。
 
 魔法学校の前で言い合いになっていた三人とは、ジェフリーとキッドとサキだ。
 長々と何を揉めているのか、主にキッドとジェフリーが言い合っていて、サキが挟まれている状況である。
 おとな気ないと言わんばかりに、コーディが軽いステップで駆けつける。
「ねぇ、何してるの? 何があったの?」
 人がいなかったため、屋根からそのまま降りた。
 腕を組んだキッドと、牙をむくジェフリー。サキはお金の入った厚い封筒を持ったまま、申し訳なさそうに縮こまっていた。
 キッドがやけにご立腹だ。ジェフリーも明らかに怒っている。
「あたし、この子のお姉ちゃんなんですけど」
「俺はサキの友だちだし、約束もしている。保証人は俺でいいだろ」
「あんたは肉親じゃないんだから、引っ込んでなさいよ」
 本当によくもまぁこんなに喧嘩ができると思って、さすがに見慣れたコーディも呆れている。呆れているのは使い魔たちもそうだった。
 実力保証人の名前はどちらにするかという、しょうもない論争だった。
 もし不合格になったら、保証人も同額を払わないといけない。大金がかかっているのだから、サキからは何も言えない。
 いがみ合っている中、使い魔たちが小言を言う。
「ほんと、よく喧嘩できるよね」
「いやぁ、わしにはこの人らは仲がいいように見えて仕方ないのぉん」
「ババァ、それを言うと……」
 使い魔達の会話を二人が拾った。いがみ合いが悪化している。
 キッドはジェフリーに人差し指を突き付けた。
「誰がこんな単細胞と!!」
「こんなイノシシみたいな女、好きになる奴の気が知れない!!」
「誰がイノシシよ!! 失礼よ、本当にヤな奴ね!!」
 いつの間にか脱線してしまった。いつまでも願書が書きに行けず、サキが本当に困っている。
 黙って見ていられなくなったコーディが一喝した。
「もーっ、本人が勉強できないじゃん!! 落ちちゃってもいいの!?」
 見た目十歳ほどのコーディが両手を腰に当ててご立腹だ。もしかしたら、さっきあぶれた鬱憤がここで晴れたかもしれない。
 幼い外見にしてこの迫力。キッドとジェフリーは我に返り、サキに謝った。
「ご、ごめんなさい……」
「すまなかった。保証人はお前が選んでいい」
 いがみ合っていた二人がこの調子だ。コーディの仲裁が効いた。
 サキは長い事立たされっぱなしだったのか、すっかりしょげてしまった。肩まで落とす大きなため息をつき、何も答えないまま魔法学校へ歩き出した。
 大図書館への階段は封鎖されていた。まだ復旧には時間がかかりそうだ。
 立派な階段を上がり、魔法学校の正面玄関に足を運ぶ。
 豪華なステンドグラス調の窓が特徴の窓口だ。手書きで入学願書随時受付中、お知らせなどが張ってある。高額な学費とブランド力で成り立っているのだが、手書きの張り紙もあって庶民的な面も見受けられる。
「すみません」
 サキが窓をこつこつと叩いた。スライド式のガラス窓がシャーッと開く。
 眼鏡をかけた金髪のおばさんが、窓から覗くなり声をひっくり返した。
「あれまぁ、サキ君じゃないかい?! アレかい? ちょっと待っててね」
 金髪のおばさんはいったん奥に消えた。
 ジェフリーは空いた時間で話題を作る。
「オムライス屋のおばさんもそうだけど、お前って、友だちがいない割には大人には顔が利くんだな?」
 サキには謎の徳がある。それは本人には自覚がないものだ。
「お師匠様のおつかいもありましたし、成績がよかったので有名人かもしれません。いい意味でも悪い意味でも、ね……」
 答えたサキは暗い影を落とした。いい意味で言っているのならこんなに気を落とすこともないだろう。サキは本気で自分は嫌われていると思っている。
「実力じゃない? だってこの子はあんたと違って愛嬌があるし」
 キッドが鼻を鳴らす。いちいち逆撫でする物言いに、ジェフリーは嫌な顔をした。
 またも言い合いが始まってしまいそうだ。コーディが止めに入った。
「親バカならぬ、姉バカって感じだね!! 褒めてるんだから!」
 この二人はいつまでいがみ合っているのだろうか。本当は仲がいいようにも思える。
 この時間でまたも喧嘩が始まってしまいそうだった。その頃合いで、おばさんが立派な紙と羽根ペンを持って戻った。
「はいはい、お待たせ」
 学校長から封筒でもらった感謝状と、特例で試験を受けさせてもらえる紙と同質だ。厚手で触るだけで高級感がある。
 サキは息を飲みながら注意事項に目を通している。他の三人もじっと見ていた。キッドはほとんど字が読めないが、サキの手が震えているので軽く注意した。
「まだ本番じゃないんだから大丈夫よ?」
「そ、そうですよね。うん……」
 実技試験の閲覧は可能らしいが、これは魔法学校の生徒や関係者のみ。一行は関係者として閲覧していいが、助言をしてはいけないとある。試験なのだから当然だろう。場所は校内コロシアムで開催とある。
 捲っていき、最後の一枚になったところで署名と実力保証人のサイン欄があった。
 先にお金を払う。サキは封筒をおばさんに提出した。アイラが持たせてくれた大金だ。この重みを今度は自分が背負うとなると、本番でもないのに意識してしまう。
 おばさんは封筒を受け取って、深く頷いた。
「今数えて領収書を持って来るわねぇ」
「お願いします……」
 サキは頭を下げ、大きく深呼吸をした。だが、それでも気が重いようだ。かぶりを振って一歩下がった。
「ご、ごめんなさい、緊張しちゃって。ちょっとだけ、外の空気を吸って来ます……」
 サキはお手洗いを急ぐ女性のように、ぱたぱたと外に出て行ってしまった。
 出て行ったと確認し、ジェフリーが羽根ペンを摘まんで弄ぶ。
「で、どうする?」
 キッドとコーディの意見を聞く姿勢だ。
「あたしは字が書けないし……」
 どうせ自分ではないからと、キッドは半ば拗ねてしまっている様子。
 コーディはジェフリーの服の裾を摘まみ、屈ませて耳打ちをした。
 にやりと口角が上がる。何か案があるのだろう。

 日が沈む。魔法学校の正門から見る夕陽が目に染みる。
 今までの思い出が溢れてしまう。
 自分には勇気が、覚悟が足りない。こんなに期待されているとは思わなかった。
 圭馬は心配をし、気遣った。
「大丈夫かい?」
 サキはまだ試験を受ける前なのに、緊張で押し潰されそうになっている。
「ボクも遥か昔に友だちを保証人に立てて受けたけど、あれは緊張するね」
 己を懐かしむ話を交える。サキは圭馬の過去を知らないゆえに、興味があった。
 純粋に励ましてくれているのもうれしかった。
「のぉん、主でしたら大丈夫ですよぉ。ここまで来ましたからねぇ」
 励ましてくれたのはショコラもだった。本当に自分はここまで来てしまった。
 自分は魔導士狩りのショックで記憶を失って、拾われて死を逃れた。虐待をする拾った親と、そんな自分を献身的に励ましてくれて魔法の手ほどきをし、学校を出させてくれた育てた親。
 周囲より優れたいがために、拾った親に認めてもらいたいがために人一倍の努力をした。そのせいで出来なかった友だち。今は生き別れになった姉も、助けてくれる仲間だっている。
 幻獣たちも、ブローチの中のセティ王女も。
 年齢的にも働くのが難しいサキにとって、育ての親へ、仲間へ、友だちへの恩返しになればと顔を上げた。
「よし、行こう」
 サキは夕日が沈むのを待たず、大きく息を吸って背筋を伸ばした。再び玄関から中へ入る。

「よく覚えてるな。全部は覚えてないぞ……」
「だって、自叙伝を出したいし。名前なんてメモしてあるに決まってるじゃん」
 玄関窓口の前で、ジェフリーとコーディがちょっとした言い合いになっていた。
 コーディの手にはよく目にする手帳があった。よく見るネタ帳を持っていた。ジェフリーと何を話していたのだろうか。サキは気になった。
 サキが戻ったのを確認して、ジェフリーは場所を譲った。
 規約を熟読していたのかと思ったが、そうではなかった。
 サキは書面を目にして驚いた。
「あ……あぁっ……」
 外の空気を吸って収まった震えがまたぶり返した。
 キッドは笑顔でサキの肩を叩く。
「ほぉら、泣かないの……」
 サキは泣いてしまい何も見えなくなってしまった。ペンが取れない。字を書くことができない。
「うっ……こんなの……サインできないよ」
 サキがこれまでにない泣き方をする。咽び泣き、ぼろぼろと涙を零した。肩を小刻みに震わせている。

 受験者の実力を保証します。
 
 ジェフリー・アーノルド・セーノルズ
 竜次・ルーノウス・セーノルズ
 キッド・エールシア
 コーデリア・イーグルサント
 ミティア・アミリト・セミリシア
 ブライトローズ・ラシューブライン
 圭馬・ノーヴァス・ティアマラント
 ショコラ・マーリュージュ
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