白銀の狐は異世界にうっかり渡り幸せになる

ネコフク

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うっかり渡っちゃった編

玉藻ジークフリートの腕の中に戻る

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「ひどいですわお父様、なぜわたしから子狐を取り上げるのですか⁉」

 朝起きたら枕の隣に置いていた子狐がおらず、捜しながら食堂へ行くと、父親がふかふかのクッションの上に座らせて侍従に持たせている事にキャスリーナは抗議の声を上げる。

「キャスリーナ・・・・・・この子狐はお前のものではない。持ち主に返さねばならん」

「持ち主は私ですわ!」

「王宮にあるものは持ち出し禁止と教えていたはずだが?」

「拾えばわたしのものですわ!」

 甘やかし過ぎたのか元々持って生まれた性質なのか、キャスリーナの話の通じなさに頭を抱える侯爵。最早盗っ人の考えである。

「・・・・・・とにかく今日子狐を返すのだ。でないと侯爵家うちがどうなるか分からん」

 ブーブーと文句を言うキャスリーナに別の珍しい動物を用意するという事でなんとか黙らせ王宮からの使いを待つ。

 それまで子狐を触らせないように高い位置に置かれ、今か今かとホールに家族で並びながら待っていると執事から来訪が告げられ、玄関を急いで出る。そこには予想外に豪奢な馬車が停まっていて嫌な予感がよぎる。

 一緒に来たであろう護衛騎士が馬車の扉を開け礼をすると、中から白い騎士服を豪華にしたような衣装を身に纏ったキャスリーナくらいの子供が降りたのを見て侯爵は絞り出すように声を出す。

「ジークフリート王子殿下・・・・・・」

「えっ?」

 場違いな明るい声を出したキャスリーナ以外の侯爵夫妻、ベンジャミン、頭を下げ後ろに並ぶ使用人達は一気に緊張が走る。
 それは王族が保護しているとはいえ子狐一匹に王子が迎えに来るとは思っていなかったからだ。

「モエル侯爵」

「はっ、ジークフリート王子殿下におかれましてはご機嫌麗し」

「麗しくない」

 口上を遮られ発された不愉快を隠さない声。直接目にした事は無かったが、噂ではとても穏やかな性格をしていると評判の王子が、これほどまでに露骨に機嫌の悪さを出している事に血の気が引いていく。夫人も真っ青になり立っているのがやっとだ。

「そんな口上はどうでもいい。子狐を渡してもらおうか」

 幼いとはいえ向けられる圧に、もしかしたら王子はαなのではないかと息苦しさを覚えながらこの状況ではどうでもいい事を考えている侯爵。
 人間テンパり過ぎるとおかしな事を考えがちである。

「わたしが持って行きますわ!」

「こら、やめなさい!!」

 侍従が持つクッションの上にいる子狐を、全く空気の読めないキャスリーナが乱暴に取り、走って王子に持っていく娘を止められなかった侯爵の顔は青から白へ変え、夫人は倒れベンジャミンは王子の圧でその場に縫い付けられたように棒立ちだ。

「はじめましてジークフリート王子、わたしはキャスリーナ、モエル侯爵の娘ですわ」

 ずずいっと王子の間近に来た為、護衛騎士がさっと間に手を入れ、距離を取らせる。

「ちょっと、護衛のくせに邪魔しないでよ!」

 何も分かっていない娘の態度に、侯爵は震えながら立っているのがやっとである。

「ねえ君、早く子狐を渡してくれないかな」

 感情のこもらない声で催促されムッとするも子狐を手を出している護衛騎士に渡す。

「タマモ・・・・・・」

 護衛騎士からそっと渡された子狐を抱き、ふんわりとした毛を撫で顔に頬を寄せると子狐が弱々しく鳴く。

「もう大丈夫だからね、タマモの好きなお菓子を持って来てるから馬車の中で食べようね」

 先ほどとは変わり優しい顔と声で子狐に話しかける王子。それをうっとりとキャスリーナの視線が鬱陶しい。

「はあ・・・・・・素敵。ねえ、ジークフリート王子わたしとお話しましょう」

「・・・・・・おい、彼女を僕の視界に入れるな」

「ハッ!」

 あまりに不快すぎてつい排除させる。何かぎゃーぎゃー言っているが、無視を決め込む王子。侯爵は震えが大きくなっているようだ。

「コホン、宜しいでしょうか」

 実は王子が馬車を降りてからずっと後ろに控えていた侍従、王の乳兄弟であり王妃とも幼馴染のロイズは徐ろに玉璽ぎょくじが捺された羊皮紙を見せ背を正す。

「こちらは陛下の勅旨ちょくしを私、ロイズ=ハンセンに託すという旨が書かれているものである。これからの私の言葉は陛下の言葉、心して聞け」

 ロイズのよく通る声に侯爵家一同、緊張が走る。

「『今回子狐を王宮から持ち出した事は幼子の行いだとしても許す事は出来ない。よって今時点で侯爵邸にいるモエル侯爵一族全員1か月屋敷から出る事を禁ず。追加の処罰はに聞き取りした後で処す』との事だ。破れば更に処罰が重くなる」

 勅旨を聞き、思っていたよりも重い処罰ではなく、白く震えていた侯爵の顔色が少し戻る。

「ハッ、謹んでお受けします」

 声が震えないように腹に力を入れ礼をし、内心ホッとするが、王子の次の言葉に肩が跳ねる。

「ところで侯爵、子狐は元々黒い首輪をしていたんだけどなぜこのような悪趣味なリボンが着いているのかな。それと尻尾に縛られたような跡が残っているんだけど・・・・・・なぜなんだろうね?あ、言わなくて大丈夫。に聞くから」

 それだけ言うと王子はさっと馬車に乗り姿が見えなくなる。それに続きロイズも乗り扉が閉まるとゆっくりと走り出す。

 馬車が見えなくなると侯爵は崩れ落ちる。

「旦那様!」

 慌てて執事が駆け寄り支えながら立つが、その表情は虚ろでこれはいけないと寝室へ連れソファーへ座らせ果実水を手渡す。それを一気に飲み干しダンとコップを叩きつける。

「わ・・・・・・我が家は終わったかもしれない」

 家主の言葉に勅旨で謹慎を言い渡されただけなのに、そんなバカなとその場にいる者達は驚く。追加の処罰も
 軽いだろうと思ったからだ。

「ハンセン卿やジークフリート王子殿下が「本人に聞く」と言っていた。本人とはキャスリーナの事ではないのか?あの子は絶対やらかす。断言してもいい」

 親にこれほど信用が無いのかと普通は思うのだろうが、この家の使用人立ちは知っている。幼いという事を差し引いても自分を中心に考えているキャスリーナが碌なことしかしない事を。

「これ、他に働き口を捜した方がいんじゃね?」とその場にいた使用人は侯爵家の暗い行く末を感じていた。
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