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第10部 姦禁のリリス
#28 小田切勇次の焦燥①
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冷たいリノリウムの床が続いている。
その突き当りにあるのは、がっしりしたエアロックのような扉である。
「なんだって下っ端の俺まで駆り出されなきゃなんないんだ?」
先を行く白衣姿の水谷冬美に声をかけたのは、同じく白衣を着た小田切勇次だ。
セーターの上から寸足らずの白衣を羽織った小田切は、寝起きの灰色熊のように不機嫌だった。
ゆうべ、冬美に突如として強制的にこの本部まで呼び出されたからである。
「まさか、杏里の消息がわかったっていうんじゃないだろうな? それともあれか? 裏委員会の本拠地の場所でも判明したとか?」
「そのどれも、鋭意捜索中。というより、裏委員会本部の所在がわかれば、杏里ちゃんの居場所がわかったも同然でしょ?」
「だったら、とっとと見つけてやってくれよ。裏委員会ってのは、外来種主体の組織なんだろ? そんなのが杏里を手に入れたとしたら…想像するだけでも気が滅入るってもんだ」
「珍しく人間らしいことを言うじゃない。タナトスなんて所詮道具ーそう思ってたんじゃなかったの?」
「馬鹿言え。俺はおまえとは違うんだ。杏里は俺の妹みたいなもんなんだよ」
揶揄するような冬美の口調に、小田切はつい本音をぶちまけた。
杏里と暮らし始めて、もうすぐ1年になる。
タナトスという特異な存在だけに、杏里はひどく気まぐれで、少女と娼婦がひとつの肉体に同居する、どうにも扱い辛いキャラである。
それでも杏里が姿を消した今になって、小田切は思うのだ。
彼女との生活は、自分にとってかけがえのないものだったのではないのか、と。
「まあ、彼女の行方は捜索チームに任せるとして…それより、あなたにぜひ見てもらいたいものがあるの」
掌紋認証をパスして、冬美が分厚いエアロック状のドアを開けた。
内側のもう一枚の扉をくぐると、プールサイドのような場所に出た。
高い天井の下、目の前に広がるのは、縦10メートル、横5メートルほどのプールである。
水を8分目ほどたたえたその中に、奇妙な物体が浮かんでいる。
全体が黒っぽいそれは、大きな肉の塊のように見えた。
あちこちから突起物の突き出た、崩れた肉団子のような物体だ。
「なんだ、あれは?」
無意識のうちに、小田切は顔をしかめていた。
肉団子の表面から突き出ているのは、あれは、手や足ではないだろうか?
それも、1本や2本ではない。
何十本という数の細い手足が、奇怪なオブジェのように球体全体に生えているのだ。
「杏里ちゃんが消息を絶った、あの曙中学の火災事件…。あの焼け跡から見つかったのが、これなの。体育課を全焼した炎にも、これは燃えなかった。強靭な耐火性の粘膜に包まれて、じっと火が消えるのを待っていた…」
怯えからなのか嫌悪感からなのか、冬美の声はかすかに震えを帯びている。
「焼け跡から…?」
あの火事は、曙中学の校長からの緊急連絡を受けて、委員会の処理班が人為的に起こしたものと聞いている。
なんでも、イベント会場に凶悪な変異外来種が乱入し、多くの生徒や教師を殺傷したからだというのだが…。
では、目の前のこの物体が、騒動の元凶である怪物だというのだろうか。
「あちこちから突き出てるのは、人間の手足のように見えるが…」
「手足だけじゃないわ。球体の表面をよく見て」
「ん? どういうことだ?」
冬美の指差すほうに目を凝らし、「う」と絶句する小田切。
ランダムに生えた手足の間に、おわんのように盛り上がっているのは、乳房である。
よく見ると、耳も、尻も、唇、眼もある。
しかも、そのどれもがひとつではない。
その球体は、まさに、何十人分の人間のパーツを表皮に埋め込んだかのような様相を呈しているのだ。
「あり得ない…」
小田切は、舌が干からびた喉に貼りつくような恐怖を覚えていた。
あの目、あの口、あの耳…。
そのどれにも、見覚えがある。
「わかったでしょ? 私があなたを呼んだわけ」
ぞっとするような冷たい声で、冬美が言った。
「あれに変化が現れたのは、きのうの夕方のこと。私には、ひと目でわかった。でも、確信がなかったから、あなたにも確かめてもらいたかったの。彼女とずっと一緒に暮らしてきたあなたなら、間違いなくわかるんじゃないかと思ってね」
「し、しかし・・・どうして、こんなことが…?」
「認めるのね」
茫然とする小田切に、冬美が畳みかけた。
「あの身体のパーツは、どれも彼女のものだってことを」
「あれが…」
小田切はうめくようにつぶやいた。
「杏里の成れの果てだとでも、言いたいのか…?」
その突き当りにあるのは、がっしりしたエアロックのような扉である。
「なんだって下っ端の俺まで駆り出されなきゃなんないんだ?」
先を行く白衣姿の水谷冬美に声をかけたのは、同じく白衣を着た小田切勇次だ。
セーターの上から寸足らずの白衣を羽織った小田切は、寝起きの灰色熊のように不機嫌だった。
ゆうべ、冬美に突如として強制的にこの本部まで呼び出されたからである。
「まさか、杏里の消息がわかったっていうんじゃないだろうな? それともあれか? 裏委員会の本拠地の場所でも判明したとか?」
「そのどれも、鋭意捜索中。というより、裏委員会本部の所在がわかれば、杏里ちゃんの居場所がわかったも同然でしょ?」
「だったら、とっとと見つけてやってくれよ。裏委員会ってのは、外来種主体の組織なんだろ? そんなのが杏里を手に入れたとしたら…想像するだけでも気が滅入るってもんだ」
「珍しく人間らしいことを言うじゃない。タナトスなんて所詮道具ーそう思ってたんじゃなかったの?」
「馬鹿言え。俺はおまえとは違うんだ。杏里は俺の妹みたいなもんなんだよ」
揶揄するような冬美の口調に、小田切はつい本音をぶちまけた。
杏里と暮らし始めて、もうすぐ1年になる。
タナトスという特異な存在だけに、杏里はひどく気まぐれで、少女と娼婦がひとつの肉体に同居する、どうにも扱い辛いキャラである。
それでも杏里が姿を消した今になって、小田切は思うのだ。
彼女との生活は、自分にとってかけがえのないものだったのではないのか、と。
「まあ、彼女の行方は捜索チームに任せるとして…それより、あなたにぜひ見てもらいたいものがあるの」
掌紋認証をパスして、冬美が分厚いエアロック状のドアを開けた。
内側のもう一枚の扉をくぐると、プールサイドのような場所に出た。
高い天井の下、目の前に広がるのは、縦10メートル、横5メートルほどのプールである。
水を8分目ほどたたえたその中に、奇妙な物体が浮かんでいる。
全体が黒っぽいそれは、大きな肉の塊のように見えた。
あちこちから突起物の突き出た、崩れた肉団子のような物体だ。
「なんだ、あれは?」
無意識のうちに、小田切は顔をしかめていた。
肉団子の表面から突き出ているのは、あれは、手や足ではないだろうか?
それも、1本や2本ではない。
何十本という数の細い手足が、奇怪なオブジェのように球体全体に生えているのだ。
「杏里ちゃんが消息を絶った、あの曙中学の火災事件…。あの焼け跡から見つかったのが、これなの。体育課を全焼した炎にも、これは燃えなかった。強靭な耐火性の粘膜に包まれて、じっと火が消えるのを待っていた…」
怯えからなのか嫌悪感からなのか、冬美の声はかすかに震えを帯びている。
「焼け跡から…?」
あの火事は、曙中学の校長からの緊急連絡を受けて、委員会の処理班が人為的に起こしたものと聞いている。
なんでも、イベント会場に凶悪な変異外来種が乱入し、多くの生徒や教師を殺傷したからだというのだが…。
では、目の前のこの物体が、騒動の元凶である怪物だというのだろうか。
「あちこちから突き出てるのは、人間の手足のように見えるが…」
「手足だけじゃないわ。球体の表面をよく見て」
「ん? どういうことだ?」
冬美の指差すほうに目を凝らし、「う」と絶句する小田切。
ランダムに生えた手足の間に、おわんのように盛り上がっているのは、乳房である。
よく見ると、耳も、尻も、唇、眼もある。
しかも、そのどれもがひとつではない。
その球体は、まさに、何十人分の人間のパーツを表皮に埋め込んだかのような様相を呈しているのだ。
「あり得ない…」
小田切は、舌が干からびた喉に貼りつくような恐怖を覚えていた。
あの目、あの口、あの耳…。
そのどれにも、見覚えがある。
「わかったでしょ? 私があなたを呼んだわけ」
ぞっとするような冷たい声で、冬美が言った。
「あれに変化が現れたのは、きのうの夕方のこと。私には、ひと目でわかった。でも、確信がなかったから、あなたにも確かめてもらいたかったの。彼女とずっと一緒に暮らしてきたあなたなら、間違いなくわかるんじゃないかと思ってね」
「し、しかし・・・どうして、こんなことが…?」
「認めるのね」
茫然とする小田切に、冬美が畳みかけた。
「あの身体のパーツは、どれも彼女のものだってことを」
「あれが…」
小田切はうめくようにつぶやいた。
「杏里の成れの果てだとでも、言いたいのか…?」
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