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第191話 家庭教師
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大学2年の春、不景気の影響なのか、仕送りが減った。
仕方なく、アルバイトを探すことにした。
時給がいいバイトといえば、家庭教師である。
幸い、サークルの先輩の紹介もあって、バイト先はすぐに決まった。
「俺もそろそろ就活だから、ちょうどいい。代わってやるよ」
というわけである。
その時先輩がなんだか救われたような表情をしていた理由を、僕はすぐに思い知らされることになった。
アルバイト初日。
出かけた先はけっこうな豪邸だった。
時給が高いのもうなずける、そんな格式ばった一軒家である。
「先生、うちの達也をお願いしますね」
和装の似合う母親が畳に指をつき、深々とお辞儀をした。
招き入れられた先は長い廊下に面した和室だった。
「達也はまじめな子ですが、ちょっと事情がありまして、学校はこれまですべて通信制で済ませています」
中に入ってちゃぶ台の向こうに坐るその達也なる人物を一目見た僕は、「う」と絶句した。
違い棚を背に僕を見上げているのは、大きな甲羅を背負った亀だったのだ。
「初めまして。一条達也と申します。国立大学の医学部志望です。よろしくお願いします」
亀は意志の強そうな黒目がちな瞳で僕を見つめると、生真面目な口調でそう言ったものだった…。
初めはしぶしぶだった。
なんせ相手は亀なのである。
いくら時給がよくても、普通、亀相手に家庭教師などしたくない。
が、数回通ううちに、僕の認識は根底から覆されることになった。
達也は呑み込みが早く、素晴らしく優秀な生徒だということがわかったからだ。
根がまじめだから予習復習も欠かさない。
僕が出した課題も毎回ちゃんとやってあり、オンラインで受けていた模試の成績もうなぎ上りに上がっていった。
唯一の弱点は亀らしく手が遅いこと。
共通テストの膨大な問題量をこなすには、これは致命的な欠陥だ。
だから僕は常にストップウォッチを片手に時間を計り、とにかく達也を追い込むことに専念した。
そしてあっという間に1年が経ち、受験のシーズンがやってきた。
まずは共通テスト。
変装で頭からすっぽりフード付きのコートをかぶり、達也は共通テストの試験会場へと出かけて行った。
ほとんど生まれて初めての外出だったが、持ち前の意志の強さで「行ってきます」とタクシーで出発した。
そして、夕方過ぎ、帰ってくるなり、言った。
「大丈夫です。手ごたえありです。先生のおかげですよ」
「そうか。それはよかった」
彼の固い甲羅を叩いて僕は言った。
「でもまだ二次試験がある。気を抜くなよ」
二次試験も順調だった。
学科試験はすべてパーフェクトに近かった、と達也は言った。
ただ、予想外の出来事が起きたのは、二日目の面接である。
「面接のときはフードをとりなさい」
そう命じられた達也が素顔をさらすと、面接官は一様に凍りついたというのだ。
ほとんど質疑応答もなく、肩を落として帰宅した達也を慰めたはいいものの、結果はやはり不合格。
「どうしてですか」
産卵の時のウミガメのように目に涙をにじませ、達也は言った。
「僕が亀だからですか。いくら成績が良くても、亀は大学に入れないんですか」
「い、いや、そ、それは…」
なだめたが、達也の怒りは収まらなかった。
ゴゴゴゴゴ…。
地鳴りのような音とともに、その身体が巨大化していく。
メリメリメリッ!
柱が軋み、屋根が崩れた。
「ぐおおおおおおおおおおおっつ!」
絶望と怒りに打ちひしがれた少年が、大怪獣と化した瞬間だったー。
仕方なく、アルバイトを探すことにした。
時給がいいバイトといえば、家庭教師である。
幸い、サークルの先輩の紹介もあって、バイト先はすぐに決まった。
「俺もそろそろ就活だから、ちょうどいい。代わってやるよ」
というわけである。
その時先輩がなんだか救われたような表情をしていた理由を、僕はすぐに思い知らされることになった。
アルバイト初日。
出かけた先はけっこうな豪邸だった。
時給が高いのもうなずける、そんな格式ばった一軒家である。
「先生、うちの達也をお願いしますね」
和装の似合う母親が畳に指をつき、深々とお辞儀をした。
招き入れられた先は長い廊下に面した和室だった。
「達也はまじめな子ですが、ちょっと事情がありまして、学校はこれまですべて通信制で済ませています」
中に入ってちゃぶ台の向こうに坐るその達也なる人物を一目見た僕は、「う」と絶句した。
違い棚を背に僕を見上げているのは、大きな甲羅を背負った亀だったのだ。
「初めまして。一条達也と申します。国立大学の医学部志望です。よろしくお願いします」
亀は意志の強そうな黒目がちな瞳で僕を見つめると、生真面目な口調でそう言ったものだった…。
初めはしぶしぶだった。
なんせ相手は亀なのである。
いくら時給がよくても、普通、亀相手に家庭教師などしたくない。
が、数回通ううちに、僕の認識は根底から覆されることになった。
達也は呑み込みが早く、素晴らしく優秀な生徒だということがわかったからだ。
根がまじめだから予習復習も欠かさない。
僕が出した課題も毎回ちゃんとやってあり、オンラインで受けていた模試の成績もうなぎ上りに上がっていった。
唯一の弱点は亀らしく手が遅いこと。
共通テストの膨大な問題量をこなすには、これは致命的な欠陥だ。
だから僕は常にストップウォッチを片手に時間を計り、とにかく達也を追い込むことに専念した。
そしてあっという間に1年が経ち、受験のシーズンがやってきた。
まずは共通テスト。
変装で頭からすっぽりフード付きのコートをかぶり、達也は共通テストの試験会場へと出かけて行った。
ほとんど生まれて初めての外出だったが、持ち前の意志の強さで「行ってきます」とタクシーで出発した。
そして、夕方過ぎ、帰ってくるなり、言った。
「大丈夫です。手ごたえありです。先生のおかげですよ」
「そうか。それはよかった」
彼の固い甲羅を叩いて僕は言った。
「でもまだ二次試験がある。気を抜くなよ」
二次試験も順調だった。
学科試験はすべてパーフェクトに近かった、と達也は言った。
ただ、予想外の出来事が起きたのは、二日目の面接である。
「面接のときはフードをとりなさい」
そう命じられた達也が素顔をさらすと、面接官は一様に凍りついたというのだ。
ほとんど質疑応答もなく、肩を落として帰宅した達也を慰めたはいいものの、結果はやはり不合格。
「どうしてですか」
産卵の時のウミガメのように目に涙をにじませ、達也は言った。
「僕が亀だからですか。いくら成績が良くても、亀は大学に入れないんですか」
「い、いや、そ、それは…」
なだめたが、達也の怒りは収まらなかった。
ゴゴゴゴゴ…。
地鳴りのような音とともに、その身体が巨大化していく。
メリメリメリッ!
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