超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

文字の大きさ
262 / 605

第254話 その後の黄金仮面(中編)

しおりを挟む
「…という、わけなんです」
 そうしめくくって、女はうつむいた。
 怪しい雑居ビルの中に位置する、漫画喫茶の個室。
 待ち合わせにこんな場末の店を選んだのも、僕が黄金仮面であることを周囲に勘づかれないためである。
 女は、朝倉アキと名乗った。
 ミニボトムのスーツがよく似合う、少しきつい感じの顔つきをした、モデル体型の美女である。
 しかし、彼女が語ったその体験談は、僕の黒歴史に負けず劣らぬ凄絶なものだった。
 部下と得意先から帰る途中、トイレに間に合わず、営業車の中で脱糞してしまったというのだ。
 しかも運の悪いことに、居合わせたその部下というのが最低な輩だった。
 後片付けを手伝ってくれたはいいが、そのさまをスマホで隠し撮りし、彼女を脅迫してきたというのである。
 この不始末を世間にばらされたくなかったら、俺の性奴隷になれ、と^。
 こんな美女が、脱糞を…。
 僕はまじまじと、目の前で縮こまるスーツ姿のマキを見た。
 よく手入れされた髪、染みひとつない肌、メイクもネイルも最先端を行っている。
 さぞかし見ものだったろう…。
 良からぬ想像に股間を膨らませかけ、はっと我に返った。
 いかんいかん、これではそのマキオとかいう名の極悪な部下と変わらないではないか。
「さぞお辛かったでしょうね」
 神妙な表情で僕はうなずいた。
「そこまで悲惨だと、もう共感しかありません」
「いえ、黄金仮面さんに比べたら」
 上目遣いに僕を見つめ返し、悲し気に微笑むマキ。
「少なくとも私は、SNSで炎上するところまでは行っていないので…。テレビのニュースにもなってませんし」
「は、はあ…」
 ズキューン。
 胸を弾丸に撃ち抜かれた気分だった。
 確かにそうだ。
 僕の場合、正体のバレたアメコミのスーパーヒーローより、ある意味、始末が悪い。
「それで、僕に、どうしろと?」
 気を取り直して、たずねることにした。
 アキが面会を求めてきたことには、何か裏があるはずである。
 単なる傷の舐め合いなら、SNS上だけで済むはずだ。
「今度の一件で満身創痍の黄金仮面さんに、こんなことお頼みするの、本当に心苦しいんですけど…」
 アキがまた目を伏せた。
「あんな体験をされた、黄金仮面さんならわかってくれそうで…」
 スーツの前が開いているせいで、はだけたブラウスの胸元から深い胸の谷間が覗いている。
 どうやら彼女のブラジャーは、下から胸乳を押し上げる、面積の狭いのハーフカップタイプらしい。
「いいから要件を。これも何かの縁。話を聞く限り、とても他人事とは思えません」
「マキオを成敗してほしいんです」
 キッっと顔を上げ、低い声でアキが言い放った。
「こてんぱんに痛めつけて、こんなこと、やめさせてほしいんです」
「こ、こんなこと、というと…?」
「出社直後の、おはよう代わりのおフェラ、昼休憩の、トイレでの生挿入、営業車の中での乳揉み、性器弄り、退社後にラブホへ寄って、3時間みっちりのご奉仕、休日は休日で、私の部屋に一日中入り浸っての、SM調教…。そんな生活が、もう1年も…」
 改めて言わせてみて、正解だった。
 鼻血が出そうになるほどのいやらしさだ。
 僕はマキオに対し、心底から憎しみを抱かざるを得なかった。
 あの一件以来、ほとんど消えかかっていたヒーローとしての正義の炎が、胸の底でめらめらと燃え上がる。
「これが、浜田マキオ、23歳です。御覧の通りのブサメンですから、なんなら殺しちゃってもかまいません」
 差し出されたスマホの画面に、ネズミみたいな顔の男が映っている。
 河童みたいな髪型。
 ひどいニキビ面で、しかも気色悪いことに、そのニキビのひとつひとつから、なぜか一本一本毛が生えている。
「わかりました。やりましょう」
 すがるようなまなざしで見つめてくる美女に向かって、僕はヒーローらしく、重々しくうなずき返した。
「この狂気の珍獣から僕があなたを解放し、この一件を、黄金仮面復帰への足掛かりにしようと思います」

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ナースコール

wawabubu
大衆娯楽
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

処理中です...