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第272話 闇に這うもの(後編)
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「やっべっ」
斉木が棒立ちになる。
自撮り棒を杖代わりにして、石井も凍りついたように突っ立ったままだ。
「山形さん!」
床に腹ばいになり、穴から下を覗いてみた。
真っ暗で何も見えない。
懐中電灯で照らすと、何かが光を反射した。
光の輪の中でざわざわと蠢くそれは、間違いなく、死体にたかっているのと同じ、ナメクジの大群だ。
「俺が飛び降りるから、みんなは階段で下に下りて、1階からあの部屋に行ってくれ」
僕が言うと、
「この下は確か、調理室かなんかだったよな。ドアが閉まってて、入れなかった」
「俺が内側からカギを開けるから、早く。急がないと、山形さんも…」
あの、椅子に腰かけた死体のように、ナメクジどもの餌食になってしまう。
さすがにそこまでは口にできなかった。
「わかった。だが、飛び降りるのは危険すぎる。そうだ、これを使え」
斉木がリュックからロープを取り出した。
撮影のための小道具のひとつである。
「俺、ここに残って、ロープが外れないように見てますよ」
ロープの端を窓の鉄格子に結び付け、石井が言った。
「そうだな。そのほうが和田も安心だろう。じゃ、行くか」
1年生ふたりを引き連れて斉木が去ると、僕は穴からロープを垂らし、石井が照らす懐中電灯の光を頼りに降下を開始した。
1階分の高さしかないから、たいして怖くはなかった。
じきにスニーカーのつま先が柔らかいものに触れ、思い切って手を離すと、僕はナメクジの海に落下した。
ねちゃねちゃと絡みつく生き物たちを足でかき分けると、中から眠ったような山形さんの顔が現れた。
さんざん迷った末、意を決して抱き起すと、僕の腕の中で山形さんが苦し気にうめき、口を開けた。
その口の中をひと目見た瞬間、僕は危うく叫び出しそうになった。
銀色のねばねばしたものが、口腔内いっぱいにつまっている。
あわてて指で掻き出しにかかったが、ナメクジどもは次から次へと溢れ出す。
しかも、口だけでなく、鼻の孔にまで…。
「和田、山形、大丈夫か?」
その時、ステンレススチールの扉を連打する音とともに、斉木の声が聴こえてきた。
「ああ、なんとか無事だ。今開ける」
気を失った山形さんを引きずるようにして、ナメクジの海の中を移動する。
ナメクジの大群は今や僕の脚にもびっしりと貼りついて、ぐにょぐにょ蠢きながら上へ上へと登ってこようとしている。ズボンの裾から中に入り込んでくるやつもいて、それがなんとも気持ち悪い。
ドアにたどり着いて閂を外すと、乱暴にドアが引き開けられて、斉木たちが飛び込んできた。
斉木が棒立ちになる。
自撮り棒を杖代わりにして、石井も凍りついたように突っ立ったままだ。
「山形さん!」
床に腹ばいになり、穴から下を覗いてみた。
真っ暗で何も見えない。
懐中電灯で照らすと、何かが光を反射した。
光の輪の中でざわざわと蠢くそれは、間違いなく、死体にたかっているのと同じ、ナメクジの大群だ。
「俺が飛び降りるから、みんなは階段で下に下りて、1階からあの部屋に行ってくれ」
僕が言うと、
「この下は確か、調理室かなんかだったよな。ドアが閉まってて、入れなかった」
「俺が内側からカギを開けるから、早く。急がないと、山形さんも…」
あの、椅子に腰かけた死体のように、ナメクジどもの餌食になってしまう。
さすがにそこまでは口にできなかった。
「わかった。だが、飛び降りるのは危険すぎる。そうだ、これを使え」
斉木がリュックからロープを取り出した。
撮影のための小道具のひとつである。
「俺、ここに残って、ロープが外れないように見てますよ」
ロープの端を窓の鉄格子に結び付け、石井が言った。
「そうだな。そのほうが和田も安心だろう。じゃ、行くか」
1年生ふたりを引き連れて斉木が去ると、僕は穴からロープを垂らし、石井が照らす懐中電灯の光を頼りに降下を開始した。
1階分の高さしかないから、たいして怖くはなかった。
じきにスニーカーのつま先が柔らかいものに触れ、思い切って手を離すと、僕はナメクジの海に落下した。
ねちゃねちゃと絡みつく生き物たちを足でかき分けると、中から眠ったような山形さんの顔が現れた。
さんざん迷った末、意を決して抱き起すと、僕の腕の中で山形さんが苦し気にうめき、口を開けた。
その口の中をひと目見た瞬間、僕は危うく叫び出しそうになった。
銀色のねばねばしたものが、口腔内いっぱいにつまっている。
あわてて指で掻き出しにかかったが、ナメクジどもは次から次へと溢れ出す。
しかも、口だけでなく、鼻の孔にまで…。
「和田、山形、大丈夫か?」
その時、ステンレススチールの扉を連打する音とともに、斉木の声が聴こえてきた。
「ああ、なんとか無事だ。今開ける」
気を失った山形さんを引きずるようにして、ナメクジの海の中を移動する。
ナメクジの大群は今や僕の脚にもびっしりと貼りついて、ぐにょぐにょ蠢きながら上へ上へと登ってこようとしている。ズボンの裾から中に入り込んでくるやつもいて、それがなんとも気持ち悪い。
ドアにたどり着いて閂を外すと、乱暴にドアが引き開けられて、斉木たちが飛び込んできた。
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