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#358話 施餓鬼会㉓
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「順を追って整理してみましょう」
私たちは強い陽射しを避け、本堂脇の小さな建物に入った。
茶屋風の宿坊の縁に腰かけると、奥から若い僧が姿を現し、グラスに入れた三人分の麦茶を持ってきてくれた。
「まず、この謎の貝がこの近辺の裏の川や用水路に姿を現し始めたのが、先月の初め頃。川に入ったりした後、体調不良を訴える患者が現れ出したのも、その頃からと考えられます。さて、思い出してください。その少し前、この興安寺で起こったある出来事を」
「まさか」
住職の顔色が変わった。
「蛇舌観音の盗難ですか」
「それです」
「しかし、それと感染症と、いったいどんな関係が…?」
「観音像は、この寺の裏の竹林を流れる小川に捨ててあったんでしたよね」
「え、ええ」
「そして、捨てられたはずみで取れてしまった舌の部分だけが、河原で見つかった」
「そうですが…」
「あの木製の舌は、中が空洞になっていました」
「はあ…」
「私は、その中に、この貝が入っていたのではないかと思うのです」
「どういうことですか。詳しく説明してください」
身を乗り出した菜緒に詳細を話しながら、私は考える。
蛇舌観音が作られた平安時代といえば、天然痘などの疫病の蔓延がひどかったことで有名だ。
その中のひとつが、今度の”餓鬼病”ではなかったのか。
その疫病を封じるために、医学の心得のある高僧が原因を推測し、元凶である貝を観音像に封印して祈った。
川や田んぼに繁殖した貝たちは、僧の指示に従い、村人たち総出で採取し、焼くなり埋めるなりして撲滅した。
しかし、千年以上の時を経、不幸な偶然から観音像の中に封じ込められた貝が、現代に蘇ってしまったのだ…。
そんな構図が頭に浮かぶ。
「あり得る話だと思います」
聞き終えると、菜緒が瞳を輝かせ、大きくうなずいた。
「タニシなんかもそうですけど、淡水の貝って恐ろしく生命力が強いんです。完全に乾燥した環境でも、殻の中に閉じこもって休眠状態になり、何十年、何百年と生きると言われていますから」
「ちょっと待っててください。この前拾った、舌を持ってきますので」
奥に引っ込んだ住職が1分としないうちに持ち出してきたのは、細長い木箱に入った例の靴ベラ状の物体である。
「ほんとだ。中が空洞になってる。試してみましょうか」
菜緒が携帯水槽から貝をつまみ出し、舌の付け根に開いた穴から中に滑り込ませた。
「ちょうどいいですね。縦に詰めていけば、何十個も入りそう」
「というわけで、ほぼ確定です」
私は正面から住職を見つめた。
「感染症は蛇舌観音から始まった。とすれば、この興安寺も満更無関係というわけじゃない」
「わかりました」
深いため息をつく住職。
「それで私はどうすれば?」
「ここは古いお寺ですから、檀家に猟友会の方々がいらっしゃるんじゃないでしょうか。その方々なら、大型の獣を捕獲する良いアイデアをお持ちだと思います。和尚から呼びかけていただいて、彼らの助けを借りましょう」
思い出したのは刑事の言葉だ。
猟友会にもあたってみる、というあれである。
しかし、猟友会の面々にとっても、ただやみくもに害獣を探し回るより、一か所に罠を仕掛けて待つほうが労力もかからず歓迎だ、と言ってくれるに違いない。
「なるほど、そういうことでしたら、さっそく」
住職の表情が明るくなり、私は菜緒と顔を見合わせ、うなずき会った。
私たちは強い陽射しを避け、本堂脇の小さな建物に入った。
茶屋風の宿坊の縁に腰かけると、奥から若い僧が姿を現し、グラスに入れた三人分の麦茶を持ってきてくれた。
「まず、この謎の貝がこの近辺の裏の川や用水路に姿を現し始めたのが、先月の初め頃。川に入ったりした後、体調不良を訴える患者が現れ出したのも、その頃からと考えられます。さて、思い出してください。その少し前、この興安寺で起こったある出来事を」
「まさか」
住職の顔色が変わった。
「蛇舌観音の盗難ですか」
「それです」
「しかし、それと感染症と、いったいどんな関係が…?」
「観音像は、この寺の裏の竹林を流れる小川に捨ててあったんでしたよね」
「え、ええ」
「そして、捨てられたはずみで取れてしまった舌の部分だけが、河原で見つかった」
「そうですが…」
「あの木製の舌は、中が空洞になっていました」
「はあ…」
「私は、その中に、この貝が入っていたのではないかと思うのです」
「どういうことですか。詳しく説明してください」
身を乗り出した菜緒に詳細を話しながら、私は考える。
蛇舌観音が作られた平安時代といえば、天然痘などの疫病の蔓延がひどかったことで有名だ。
その中のひとつが、今度の”餓鬼病”ではなかったのか。
その疫病を封じるために、医学の心得のある高僧が原因を推測し、元凶である貝を観音像に封印して祈った。
川や田んぼに繁殖した貝たちは、僧の指示に従い、村人たち総出で採取し、焼くなり埋めるなりして撲滅した。
しかし、千年以上の時を経、不幸な偶然から観音像の中に封じ込められた貝が、現代に蘇ってしまったのだ…。
そんな構図が頭に浮かぶ。
「あり得る話だと思います」
聞き終えると、菜緒が瞳を輝かせ、大きくうなずいた。
「タニシなんかもそうですけど、淡水の貝って恐ろしく生命力が強いんです。完全に乾燥した環境でも、殻の中に閉じこもって休眠状態になり、何十年、何百年と生きると言われていますから」
「ちょっと待っててください。この前拾った、舌を持ってきますので」
奥に引っ込んだ住職が1分としないうちに持ち出してきたのは、細長い木箱に入った例の靴ベラ状の物体である。
「ほんとだ。中が空洞になってる。試してみましょうか」
菜緒が携帯水槽から貝をつまみ出し、舌の付け根に開いた穴から中に滑り込ませた。
「ちょうどいいですね。縦に詰めていけば、何十個も入りそう」
「というわけで、ほぼ確定です」
私は正面から住職を見つめた。
「感染症は蛇舌観音から始まった。とすれば、この興安寺も満更無関係というわけじゃない」
「わかりました」
深いため息をつく住職。
「それで私はどうすれば?」
「ここは古いお寺ですから、檀家に猟友会の方々がいらっしゃるんじゃないでしょうか。その方々なら、大型の獣を捕獲する良いアイデアをお持ちだと思います。和尚から呼びかけていただいて、彼らの助けを借りましょう」
思い出したのは刑事の言葉だ。
猟友会にもあたってみる、というあれである。
しかし、猟友会の面々にとっても、ただやみくもに害獣を探し回るより、一か所に罠を仕掛けて待つほうが労力もかからず歓迎だ、と言ってくれるに違いない。
「なるほど、そういうことでしたら、さっそく」
住職の表情が明るくなり、私は菜緒と顔を見合わせ、うなずき会った。
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