381 / 625
#357話 施餓鬼会㉒
しおりを挟む
「まさか…」
住職の顔に不信の表情が浮かんだ。
「餓鬼が、実在するというのですか?」
「ええ」
私はうなずいた。
「ただ、正確に言うと、餓鬼になりかけた人間、みたいな存在なのだと思います。まだ生きてますから」
ここはなんとしてでも納得してもらわなければいけない。
事態が手に負えなくなるまえに、理解者を増やすのだ。
「餓鬼になりかけた人間? 何です。それは」
「そのことなら、私も実は同様のこと、考えてました」
と、たいして驚くでもなく、菜緒がまた、横から口をはさんだ。
「今、この地域で流行ってる感染症。まだ公表されていませんが、G大医学部の友人に聞いたところによると、この病気にかかると、患者によっては、重篤の場合、体形の変化、知能の低下、慢性的な飢餓状態が生じるということです。確かにこれって、餓鬼の特徴に一致しますよね」
さっき菜緒が口にした”とんでもない仮説”というのは、そのことだったのだ。
奇しくも私の推測と一致していたというわけか。
「じゃ、じゃあ、感染症の患者を、罠にかけて捕獲しようと…?」
「ためらわれるのはわかります。人権侵害と言われても仕方のない行為ですからね。でも、早いうちに何が起きているのか世間に知らしめないと、このままでは大変なことになる」
私の脳裏に、昔見たゾンビ映画がフラッシュバックした。
あのゾンビたちが、全部餓鬼に置き換わったとしたら…。
「しかし、なぜうちなんですか?」
住職が泣きそうな顔になる。
「いくら施餓鬼会をやってるからって、うちの寺は本物の餓鬼を捕まえる算段なんて持ってないし、そんな義務もないはずですよ」
「むろん義務なんてそんなものはありませんが、ただ、満更無関係でもないのです」
「どういうことです?」
住職が色めき立った。
「野沢さん、その貝を住職に見せてあげて」
私は頭一つ分背の低い菜緒に言った。
「これですか?」
菜緒が例の貝が入った携帯水槽を掲げてみせる。
「なんです?」
眼鏡を額に押し上げ、住職が裸眼で中を覗き込んだ。
「タニシですか? いや、細長いから、カワニナかな」
「新種だと思います。実はこれが今回の感染症の中間宿主じゃないかと、私は睨んでいます」
得意げに菜緒が言う。
「中間宿主? じゃあ、あの病気は、日本住血吸虫症みたいな、寄生虫によるものってことですか?」
「たぶん、です。これも、新種のミヤイリガイみたいなものではないかと」
「ミヤイリガイ…あの、絶滅したはずの?」
「正確に言えば」
ここで私は二人の会話に割り込んだ。
いよいよ推理を披露する時だ。
「新種ではなく、こっちのほうが先なんじゃないかと思います。この貝が、ミヤイリガイの祖先、というか」
「え?」
菜緒が眼鏡の奥で目をまん丸にして私を見た。
「なんでそんなことが言えるんですか?」
住職の顔に不信の表情が浮かんだ。
「餓鬼が、実在するというのですか?」
「ええ」
私はうなずいた。
「ただ、正確に言うと、餓鬼になりかけた人間、みたいな存在なのだと思います。まだ生きてますから」
ここはなんとしてでも納得してもらわなければいけない。
事態が手に負えなくなるまえに、理解者を増やすのだ。
「餓鬼になりかけた人間? 何です。それは」
「そのことなら、私も実は同様のこと、考えてました」
と、たいして驚くでもなく、菜緒がまた、横から口をはさんだ。
「今、この地域で流行ってる感染症。まだ公表されていませんが、G大医学部の友人に聞いたところによると、この病気にかかると、患者によっては、重篤の場合、体形の変化、知能の低下、慢性的な飢餓状態が生じるということです。確かにこれって、餓鬼の特徴に一致しますよね」
さっき菜緒が口にした”とんでもない仮説”というのは、そのことだったのだ。
奇しくも私の推測と一致していたというわけか。
「じゃ、じゃあ、感染症の患者を、罠にかけて捕獲しようと…?」
「ためらわれるのはわかります。人権侵害と言われても仕方のない行為ですからね。でも、早いうちに何が起きているのか世間に知らしめないと、このままでは大変なことになる」
私の脳裏に、昔見たゾンビ映画がフラッシュバックした。
あのゾンビたちが、全部餓鬼に置き換わったとしたら…。
「しかし、なぜうちなんですか?」
住職が泣きそうな顔になる。
「いくら施餓鬼会をやってるからって、うちの寺は本物の餓鬼を捕まえる算段なんて持ってないし、そんな義務もないはずですよ」
「むろん義務なんてそんなものはありませんが、ただ、満更無関係でもないのです」
「どういうことです?」
住職が色めき立った。
「野沢さん、その貝を住職に見せてあげて」
私は頭一つ分背の低い菜緒に言った。
「これですか?」
菜緒が例の貝が入った携帯水槽を掲げてみせる。
「なんです?」
眼鏡を額に押し上げ、住職が裸眼で中を覗き込んだ。
「タニシですか? いや、細長いから、カワニナかな」
「新種だと思います。実はこれが今回の感染症の中間宿主じゃないかと、私は睨んでいます」
得意げに菜緒が言う。
「中間宿主? じゃあ、あの病気は、日本住血吸虫症みたいな、寄生虫によるものってことですか?」
「たぶん、です。これも、新種のミヤイリガイみたいなものではないかと」
「ミヤイリガイ…あの、絶滅したはずの?」
「正確に言えば」
ここで私は二人の会話に割り込んだ。
いよいよ推理を披露する時だ。
「新種ではなく、こっちのほうが先なんじゃないかと思います。この貝が、ミヤイリガイの祖先、というか」
「え?」
菜緒が眼鏡の奥で目をまん丸にして私を見た。
「なんでそんなことが言えるんですか?」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる