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#361話 施餓鬼会㉖
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離れの入口は母屋の玄関の広い土間に直接面している。
例の臭いはどうやらそこから来るようだ。
一瞬、亜季の誘うような目が脳裏をかすめ、怯んでしまった私だったが、思い切って引き戸を引いた。
正面の居間はがらんとして誰もいない。
向かって左手の襖は開いていて、和室の中が見えていた。
普段、妹が使っている部屋である。
「素子、いるか?」
外から妹の名を呼び、少し待っても返事がないのでのぞいてみた。
が、やはり妹の姿も、勇樹が臥せってから妹と一緒に居るはずの亜季の姿もない。
残るは向かって右手の、襖が閉じた勇樹の部屋だった。
「臭い、この部屋から漏れてきてるような…」
言いかけた菜緒が、はっと息を呑むような音を立てた。
「どうした?」
「これ、見てください。手の跡がついてます」
言われてみると、襖の腰の高さあたりに、赤茶色の絵の具を乱暴になすりつけたような跡がある。
人間のものにしては異様に長い、節くれ立った三本指の形をしている。
「血、じゃないですか」
声を潜めて菜緒が言った。
「そう考えれば、この臭いも…」
確かに。
私も同感だった。
この生臭さの中に金錆のような匂いが混じったこれは、さっき牛舎で嗅いだのと同じ、濃厚な血の臭気である。
「気をつけろ」
部屋の隅にあった箒を手に取ると、武器のように胸の前で構えて、私は襖に手をかけた。
「勇樹がまだ中に潜んでいるかもしれない。開けるから、天井も注意して」
昨夜の父の部屋での出来事を思い出す。
あの影は、異常なほど身が軽かった。
逃げる時、蜘蛛のそれのような長い脚を巧みに操って、天井を這っていったのだ。
私たちの気配を感じ取った勇樹が、天井に貼りついていたとしても不思議はない。
「は、はい…」
菜緒がリュックをプロテクター代わりに胸に抱えたのを見て取って、私はそろそろと襖を引き始めた。
5センチ、10センチと隙間が開いていくが、何も起こらない。
ただ、血の匂いだけは、耐え難いほど濃くなっていく。
開け放った途端、
「うひゃあ」
菜緒が素っ頓狂な声を上げ、がばっと私の腰に抱きついてきた。
目の前に現れたのは、たっぷり血を吸って赤く染まった敷布団。
そこに勇樹の姿はなく、代わりに正体不明の肉片のようなものがあちこちに散乱している。
「やられたか…」
私は歯噛みせずにはいられなかった。
犠牲になったのは誰かわからない。
だが、家族の誰かが餓鬼と化した勇樹に食われてしまったのだ。
「ち、畜生」
うめいた時、
「あ、ああ、でも」
私の背中に隠れていた菜緒がおずおずと首を伸ばしてくると、指で眼鏡を押し上げ、ぽつりと言った。
「絶望するのは、早計かと思われます」
例の臭いはどうやらそこから来るようだ。
一瞬、亜季の誘うような目が脳裏をかすめ、怯んでしまった私だったが、思い切って引き戸を引いた。
正面の居間はがらんとして誰もいない。
向かって左手の襖は開いていて、和室の中が見えていた。
普段、妹が使っている部屋である。
「素子、いるか?」
外から妹の名を呼び、少し待っても返事がないのでのぞいてみた。
が、やはり妹の姿も、勇樹が臥せってから妹と一緒に居るはずの亜季の姿もない。
残るは向かって右手の、襖が閉じた勇樹の部屋だった。
「臭い、この部屋から漏れてきてるような…」
言いかけた菜緒が、はっと息を呑むような音を立てた。
「どうした?」
「これ、見てください。手の跡がついてます」
言われてみると、襖の腰の高さあたりに、赤茶色の絵の具を乱暴になすりつけたような跡がある。
人間のものにしては異様に長い、節くれ立った三本指の形をしている。
「血、じゃないですか」
声を潜めて菜緒が言った。
「そう考えれば、この臭いも…」
確かに。
私も同感だった。
この生臭さの中に金錆のような匂いが混じったこれは、さっき牛舎で嗅いだのと同じ、濃厚な血の臭気である。
「気をつけろ」
部屋の隅にあった箒を手に取ると、武器のように胸の前で構えて、私は襖に手をかけた。
「勇樹がまだ中に潜んでいるかもしれない。開けるから、天井も注意して」
昨夜の父の部屋での出来事を思い出す。
あの影は、異常なほど身が軽かった。
逃げる時、蜘蛛のそれのような長い脚を巧みに操って、天井を這っていったのだ。
私たちの気配を感じ取った勇樹が、天井に貼りついていたとしても不思議はない。
「は、はい…」
菜緒がリュックをプロテクター代わりに胸に抱えたのを見て取って、私はそろそろと襖を引き始めた。
5センチ、10センチと隙間が開いていくが、何も起こらない。
ただ、血の匂いだけは、耐え難いほど濃くなっていく。
開け放った途端、
「うひゃあ」
菜緒が素っ頓狂な声を上げ、がばっと私の腰に抱きついてきた。
目の前に現れたのは、たっぷり血を吸って赤く染まった敷布団。
そこに勇樹の姿はなく、代わりに正体不明の肉片のようなものがあちこちに散乱している。
「やられたか…」
私は歯噛みせずにはいられなかった。
犠牲になったのは誰かわからない。
だが、家族の誰かが餓鬼と化した勇樹に食われてしまったのだ。
「ち、畜生」
うめいた時、
「あ、ああ、でも」
私の背中に隠れていた菜緒がおずおずと首を伸ばしてくると、指で眼鏡を押し上げ、ぽつりと言った。
「絶望するのは、早計かと思われます」
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