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#447話 修羅場
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「本当の修羅場ってのは、こういうのを言うんですかね。いや、それにしても、ひどい」
口と鼻をハンカチで押さえながら、半ば呆れ気味に部下が言った。
「まったくだ。しかし、いったいどうやったら、こんなことになるっていうんだ?」
俺としてもそうぼやくしかない。
ここはラブホテルの一室。
目の前のダブルベッドの上は血の海だ。
丸一日経っても客が出てこないことを不審に思い、ホテルの従業員が鍵を開けてみたらこのザマだったという。
ベッドの上で血まみれになっているのは、20代くらいの全裸の男女である。
ふたりとも死んでいるのは、遠目にもすぐわかった。
実際、腹上死、どころの騒ぎではなかった。
猛毒でも注射されたのか、女のほうは顔も体も紫色に膨れ上がり、半開きの口から吐瀉物を垂れ流している。
”注射”とわかるのは、ベッドの下に文字通り注射器が落ちているからだ。
男のほうはといえば、こちらは更に悲惨だった。
ヒグマにでも襲われたかのように顔面の肉が食いちぎられたようになくなっており、血と脂肪でドロドロなのだ。
男の顔面を喰ったのが相手の女であることは、吐瀉物に生々しい肉片が混じっていることからも明らかだった。
「行為の後、何かの拍子に殺し合いでも始めたんでしょうかね?」
「確かに…。これじゃまるで、セックスというより、戦いの跡みたいに見える」
どっちが先に死んだのか。
男に毒物を注射された女が、怒り狂って男の顔面を食い千切った。
ここはやはり、そう考えるのが妥当だろう。
けれど、それならばなぜ、男は性交中のパートナーに毒物を注射したりしたのだろうか。
部下とふたり、茫然と立ちすくんでいると、開いたままのドアから白衣の女が鑑識課員を連れて入ってきた。
ストレートの黒髪にぱっつんとそろえた前髪の美女。
科捜研の魔女と名高い黒野零女史である。
「ああ、またこのパターンなの?」
もつれ合った血まみれの死体を一瞥するなり、うんざりしたような口調でそう言った。
「女は毒殺、男は人体損壊。最近増えてるのよね、こういうの」
「何か知ってるのか?」
驚いて俺は尋ねた。
この修羅場を前に平然としているこの女のほうが怖かった。
「あんた」
その、死神のような美女が氷のような視線を俺に向けた。
「ヒョウモンダコって知ってる?」
「な、なんだって?」
絶句する俺。
こいつは馬鹿なのか。
どうして殺人事件に蛸が出てくるんだ?
「ヒョウモンダコは、交尾の前にオスがメスに触手で神経毒を注入し、メスを動けなくしてから行為に及ぶの。どうしてか、わかるかな?」
「はあ? そんなこと、し、知るか! 「おまえ、何が言いたい?」
「それはね」
死神魔女の口角がかすかに上がった。
どうやら微笑んだつもりらしい。
「最近の人間も同じだってこと」
「なにい?」
俺は目をむいた。
ヒョウモンダコとやらとZ世代の若いカップルが、同じだと?
「男が女に毒物を注射して身動きできなくしてから性交する。特に、若いカップルによく見られる傾向だね」
「はあ? タコも人間も、なんでそんなことをしなきゃならないんだよ?」
「刑事さんちもそうでしょ? 簡単に言うと、メスのが強いから」
魔女があっさりと言い放つ。
「ヒョウモンダコのオスが、セックス前にメスに神経毒を注入する理由。それは、そうしないと、行為の最中、メスに頭からむしゃむしゃ食べられてしまうから。メスは栄養補給を第一とするからね」
「わかる気がします」
それまで黙って俺たちの会話を聴いていた部下が、突然横から口をはさんできた。
「最近の若い女の子って、肉食系、多いんですよ」
口と鼻をハンカチで押さえながら、半ば呆れ気味に部下が言った。
「まったくだ。しかし、いったいどうやったら、こんなことになるっていうんだ?」
俺としてもそうぼやくしかない。
ここはラブホテルの一室。
目の前のダブルベッドの上は血の海だ。
丸一日経っても客が出てこないことを不審に思い、ホテルの従業員が鍵を開けてみたらこのザマだったという。
ベッドの上で血まみれになっているのは、20代くらいの全裸の男女である。
ふたりとも死んでいるのは、遠目にもすぐわかった。
実際、腹上死、どころの騒ぎではなかった。
猛毒でも注射されたのか、女のほうは顔も体も紫色に膨れ上がり、半開きの口から吐瀉物を垂れ流している。
”注射”とわかるのは、ベッドの下に文字通り注射器が落ちているからだ。
男のほうはといえば、こちらは更に悲惨だった。
ヒグマにでも襲われたかのように顔面の肉が食いちぎられたようになくなっており、血と脂肪でドロドロなのだ。
男の顔面を喰ったのが相手の女であることは、吐瀉物に生々しい肉片が混じっていることからも明らかだった。
「行為の後、何かの拍子に殺し合いでも始めたんでしょうかね?」
「確かに…。これじゃまるで、セックスというより、戦いの跡みたいに見える」
どっちが先に死んだのか。
男に毒物を注射された女が、怒り狂って男の顔面を食い千切った。
ここはやはり、そう考えるのが妥当だろう。
けれど、それならばなぜ、男は性交中のパートナーに毒物を注射したりしたのだろうか。
部下とふたり、茫然と立ちすくんでいると、開いたままのドアから白衣の女が鑑識課員を連れて入ってきた。
ストレートの黒髪にぱっつんとそろえた前髪の美女。
科捜研の魔女と名高い黒野零女史である。
「ああ、またこのパターンなの?」
もつれ合った血まみれの死体を一瞥するなり、うんざりしたような口調でそう言った。
「女は毒殺、男は人体損壊。最近増えてるのよね、こういうの」
「何か知ってるのか?」
驚いて俺は尋ねた。
この修羅場を前に平然としているこの女のほうが怖かった。
「あんた」
その、死神のような美女が氷のような視線を俺に向けた。
「ヒョウモンダコって知ってる?」
「な、なんだって?」
絶句する俺。
こいつは馬鹿なのか。
どうして殺人事件に蛸が出てくるんだ?
「ヒョウモンダコは、交尾の前にオスがメスに触手で神経毒を注入し、メスを動けなくしてから行為に及ぶの。どうしてか、わかるかな?」
「はあ? そんなこと、し、知るか! 「おまえ、何が言いたい?」
「それはね」
死神魔女の口角がかすかに上がった。
どうやら微笑んだつもりらしい。
「最近の人間も同じだってこと」
「なにい?」
俺は目をむいた。
ヒョウモンダコとやらとZ世代の若いカップルが、同じだと?
「男が女に毒物を注射して身動きできなくしてから性交する。特に、若いカップルによく見られる傾向だね」
「はあ? タコも人間も、なんでそんなことをしなきゃならないんだよ?」
「刑事さんちもそうでしょ? 簡単に言うと、メスのが強いから」
魔女があっさりと言い放つ。
「ヒョウモンダコのオスが、セックス前にメスに神経毒を注入する理由。それは、そうしないと、行為の最中、メスに頭からむしゃむしゃ食べられてしまうから。メスは栄養補給を第一とするからね」
「わかる気がします」
それまで黙って俺たちの会話を聴いていた部下が、突然横から口をはさんできた。
「最近の若い女の子って、肉食系、多いんですよ」
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