超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

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第454話 冥府の王⑤

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 この駅には、JRだけでなく、複数の私鉄も乗り入れており、この地方最大の駅だけあって、地上には高層ビルが立ち並び、下には広大な地下街が広がっている。
 だから、平日の昼間といえども、人出は多かった。
 夏休み一日目ということもあり、中高生や大学生などの若者の姿が圧倒的に目立つ。
 デパート方面の階段から、一度地上に出ることにした。
 すでに映画など、どうでもよくなっていた。
 駅のホームで見かけた由利亜の姿が、脳裏から離れない。
 剛からの電話といい、偶然とはとても思えなかった。
 ふたりは僕を追っているのだ。
 それはまず間違いないだろう。
 つかまりたくなかった。
 面倒に巻き込まれるのはまっぴらなのだ。
 それに、彼らの狙いはおそらく僕だけではないはずだった。
 僕がつかまれば、害は必ず香澄にまで及んでしまう。
 それだけはどうしても避けたかった。
 でないと、僕のこの5年間が無駄になる。
 香澄にだけは幸せになってほしい。
 それだけを願いながら、身をひそめ続けてきたこの5年間が…。
 スクランブル交差点が青になり、間の抜けた歩行者信号のメロディーが流れ始めた。
 人混みに押されるようにして、歩き出す。
 イヤホンを耳に突っ込み、ウォークマンの音量を上げる。
 何も考えたくなかった。
 世界をすべて遮断してしまいたい。
 その思いが強い。
 が、どうやら僕の考えは甘すぎたようだった。
 だしぬけに、人の群れの間から、ひと際目立つ人影が現れた。
 このくそ暑いのに、膝まである黒いコートを着込んだ巨漢である。
 モヒカンみたいに借り上げた頭には、ひと房だけ、チョウチンアンコウのひげみたいに前髪が垂れている。
 その下の切れ長の眼が、獲物を見つけた猟犬よろしく僕を睨み据えている。
「剛…」
 酸素不足の金魚みたいに、僕は喘いだ。
 とっさに踵を返し、駅のほうに駆け戻ろうとした。
 と、その瞬間。
 構内から、スレンダーな女が姿を現した。
 上半身にフィットした黒のタンクトップ。
 しなやかな下半身を、これまた黒いぴっちりしたレギンスが包んでいる。
 長い髪を手で払いのけ、サングラスの奥の眼で僕を見つめてきたのは、ホームに置いてきたはずの由利亜である。
「待ちなって」
 立ちすくんでいると、がっしりした手で肩をつかまれた。
 振り向くと、大門剛が僕をじっと見下ろしていた。
「おまえのやることなんて、お見通しなんだよ」
 僕の耳からイヤホンを抜き取り、笑いの形に薄い唇をゆがめると、野太い声でそう言った。
「逃げるんじゃねえ。それより、あれはどこへいった?」
「な、なんのことか、わからない」
 僕は首を振った。
「俺にはもう、関係ないんだ」
 歩行者信号のメロディーが、危険を告げる単調なリズムに変わり始めていた。
「そうはいかねえんだよ」
 どんと剛が僕の肩を押した。
 たたらを踏んで歩道際まで押し戻された僕の前に、さっと音もなく由利亜が立つ。
 形のいい頭を振って長い髪を払うと、サングラスを取った。
 その下から野生の猫の眼が現れて、僕の視線を釘付けにする。
「いつき、お久しぶりね」
 ハスキーな声で、由利亜が言った。
「元気にしてる? 香澄ちゃん」
「お、おまえらには関係ないだろう?」
 たどたどしく僕は言い返した。
「でもないのよ」
 由利亜の眉がかすかに上がった。
「また必要になったのさ、あのタリスマンがな」
 すぐ後ろまで来ていた剛が、僕の両肩をつかんで言った。
「持ってるのは、香澄ちゃんね?」
 由利亜の瞳がすっと細くなる。
「し、知らない」
 必死でかぶりを振った。
「村を出てから、ずっと会ってないんだ」
「ふうん」
 由利亜はかすかに鼻を鳴らしたようだった。
「かわいそうな香澄ちゃん。大好きなお兄ちゃんにも見捨てられて」
「ち、ちがう」
 僕は歯噛みした。
「そ、そういうわけじゃない」
「それなら」
 由利亜が口角を吊り上げた。
「これからみんなで会いに行かなきゃね」
 由利亜は、どうやら笑ったつもりらしかった。
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