478 / 625
第454話 冥府の王⑤
しおりを挟む
この駅には、JRだけでなく、複数の私鉄も乗り入れており、この地方最大の駅だけあって、地上には高層ビルが立ち並び、下には広大な地下街が広がっている。
だから、平日の昼間といえども、人出は多かった。
夏休み一日目ということもあり、中高生や大学生などの若者の姿が圧倒的に目立つ。
デパート方面の階段から、一度地上に出ることにした。
すでに映画など、どうでもよくなっていた。
駅のホームで見かけた由利亜の姿が、脳裏から離れない。
剛からの電話といい、偶然とはとても思えなかった。
ふたりは僕を追っているのだ。
それはまず間違いないだろう。
つかまりたくなかった。
面倒に巻き込まれるのはまっぴらなのだ。
それに、彼らの狙いはおそらく僕だけではないはずだった。
僕がつかまれば、害は必ず香澄にまで及んでしまう。
それだけはどうしても避けたかった。
でないと、僕のこの5年間が無駄になる。
香澄にだけは幸せになってほしい。
それだけを願いながら、身をひそめ続けてきたこの5年間が…。
スクランブル交差点が青になり、間の抜けた歩行者信号のメロディーが流れ始めた。
人混みに押されるようにして、歩き出す。
イヤホンを耳に突っ込み、ウォークマンの音量を上げる。
何も考えたくなかった。
世界をすべて遮断してしまいたい。
その思いが強い。
が、どうやら僕の考えは甘すぎたようだった。
だしぬけに、人の群れの間から、ひと際目立つ人影が現れた。
このくそ暑いのに、膝まである黒いコートを着込んだ巨漢である。
モヒカンみたいに借り上げた頭には、ひと房だけ、チョウチンアンコウのひげみたいに前髪が垂れている。
その下の切れ長の眼が、獲物を見つけた猟犬よろしく僕を睨み据えている。
「剛…」
酸素不足の金魚みたいに、僕は喘いだ。
とっさに踵を返し、駅のほうに駆け戻ろうとした。
と、その瞬間。
構内から、スレンダーな女が姿を現した。
上半身にフィットした黒のタンクトップ。
しなやかな下半身を、これまた黒いぴっちりしたレギンスが包んでいる。
長い髪を手で払いのけ、サングラスの奥の眼で僕を見つめてきたのは、ホームに置いてきたはずの由利亜である。
「待ちなって」
立ちすくんでいると、がっしりした手で肩をつかまれた。
振り向くと、大門剛が僕をじっと見下ろしていた。
「おまえのやることなんて、お見通しなんだよ」
僕の耳からイヤホンを抜き取り、笑いの形に薄い唇をゆがめると、野太い声でそう言った。
「逃げるんじゃねえ。それより、あれはどこへいった?」
「な、なんのことか、わからない」
僕は首を振った。
「俺にはもう、関係ないんだ」
歩行者信号のメロディーが、危険を告げる単調なリズムに変わり始めていた。
「そうはいかねえんだよ」
どんと剛が僕の肩を押した。
たたらを踏んで歩道際まで押し戻された僕の前に、さっと音もなく由利亜が立つ。
形のいい頭を振って長い髪を払うと、サングラスを取った。
その下から野生の猫の眼が現れて、僕の視線を釘付けにする。
「いつき、お久しぶりね」
ハスキーな声で、由利亜が言った。
「元気にしてる? 香澄ちゃん」
「お、おまえらには関係ないだろう?」
たどたどしく僕は言い返した。
「でもないのよ」
由利亜の眉がかすかに上がった。
「また必要になったのさ、あのタリスマンがな」
すぐ後ろまで来ていた剛が、僕の両肩をつかんで言った。
「持ってるのは、香澄ちゃんね?」
由利亜の瞳がすっと細くなる。
「し、知らない」
必死でかぶりを振った。
「村を出てから、ずっと会ってないんだ」
「ふうん」
由利亜はかすかに鼻を鳴らしたようだった。
「かわいそうな香澄ちゃん。大好きなお兄ちゃんにも見捨てられて」
「ち、ちがう」
僕は歯噛みした。
「そ、そういうわけじゃない」
「それなら」
由利亜が口角を吊り上げた。
「これからみんなで会いに行かなきゃね」
由利亜は、どうやら笑ったつもりらしかった。
だから、平日の昼間といえども、人出は多かった。
夏休み一日目ということもあり、中高生や大学生などの若者の姿が圧倒的に目立つ。
デパート方面の階段から、一度地上に出ることにした。
すでに映画など、どうでもよくなっていた。
駅のホームで見かけた由利亜の姿が、脳裏から離れない。
剛からの電話といい、偶然とはとても思えなかった。
ふたりは僕を追っているのだ。
それはまず間違いないだろう。
つかまりたくなかった。
面倒に巻き込まれるのはまっぴらなのだ。
それに、彼らの狙いはおそらく僕だけではないはずだった。
僕がつかまれば、害は必ず香澄にまで及んでしまう。
それだけはどうしても避けたかった。
でないと、僕のこの5年間が無駄になる。
香澄にだけは幸せになってほしい。
それだけを願いながら、身をひそめ続けてきたこの5年間が…。
スクランブル交差点が青になり、間の抜けた歩行者信号のメロディーが流れ始めた。
人混みに押されるようにして、歩き出す。
イヤホンを耳に突っ込み、ウォークマンの音量を上げる。
何も考えたくなかった。
世界をすべて遮断してしまいたい。
その思いが強い。
が、どうやら僕の考えは甘すぎたようだった。
だしぬけに、人の群れの間から、ひと際目立つ人影が現れた。
このくそ暑いのに、膝まである黒いコートを着込んだ巨漢である。
モヒカンみたいに借り上げた頭には、ひと房だけ、チョウチンアンコウのひげみたいに前髪が垂れている。
その下の切れ長の眼が、獲物を見つけた猟犬よろしく僕を睨み据えている。
「剛…」
酸素不足の金魚みたいに、僕は喘いだ。
とっさに踵を返し、駅のほうに駆け戻ろうとした。
と、その瞬間。
構内から、スレンダーな女が姿を現した。
上半身にフィットした黒のタンクトップ。
しなやかな下半身を、これまた黒いぴっちりしたレギンスが包んでいる。
長い髪を手で払いのけ、サングラスの奥の眼で僕を見つめてきたのは、ホームに置いてきたはずの由利亜である。
「待ちなって」
立ちすくんでいると、がっしりした手で肩をつかまれた。
振り向くと、大門剛が僕をじっと見下ろしていた。
「おまえのやることなんて、お見通しなんだよ」
僕の耳からイヤホンを抜き取り、笑いの形に薄い唇をゆがめると、野太い声でそう言った。
「逃げるんじゃねえ。それより、あれはどこへいった?」
「な、なんのことか、わからない」
僕は首を振った。
「俺にはもう、関係ないんだ」
歩行者信号のメロディーが、危険を告げる単調なリズムに変わり始めていた。
「そうはいかねえんだよ」
どんと剛が僕の肩を押した。
たたらを踏んで歩道際まで押し戻された僕の前に、さっと音もなく由利亜が立つ。
形のいい頭を振って長い髪を払うと、サングラスを取った。
その下から野生の猫の眼が現れて、僕の視線を釘付けにする。
「いつき、お久しぶりね」
ハスキーな声で、由利亜が言った。
「元気にしてる? 香澄ちゃん」
「お、おまえらには関係ないだろう?」
たどたどしく僕は言い返した。
「でもないのよ」
由利亜の眉がかすかに上がった。
「また必要になったのさ、あのタリスマンがな」
すぐ後ろまで来ていた剛が、僕の両肩をつかんで言った。
「持ってるのは、香澄ちゃんね?」
由利亜の瞳がすっと細くなる。
「し、知らない」
必死でかぶりを振った。
「村を出てから、ずっと会ってないんだ」
「ふうん」
由利亜はかすかに鼻を鳴らしたようだった。
「かわいそうな香澄ちゃん。大好きなお兄ちゃんにも見捨てられて」
「ち、ちがう」
僕は歯噛みした。
「そ、そういうわけじゃない」
「それなら」
由利亜が口角を吊り上げた。
「これからみんなで会いに行かなきゃね」
由利亜は、どうやら笑ったつもりらしかった。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる