超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

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第456話 冥府の王⑦

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 はたから見たら、僕らはずいぶん場違いに見えたに違いない。
 甘ったるいアイドルグループの歌声が流れる、くたびれた老人ばかりの喫茶店。
 その一角を占拠する、珍妙な取り合わせの3人。
 半グレのリーダーそうろうの大門剛。
 黒ずくめのクールな美少女、館由利亜。
 そしていかにも冴えないオタクふうの僕。
 店の中をいくら見回しても、若者は僕らだけだ。
 その僕らの間に漂うのは張り詰めた緊張感。
 剛も由利亜もイラついている。
 僕が優柔不断な態度を取り続けているせいだ。
 しかし、別の意味で僕も苛立っていた。
 早く解放されたい。
 そんな話につき合わされるのはごめんだ。
 故郷を捨て、城樹から高橋樹に変わってもう5年。
 今の僕には、ささやかながらばあちゃんとルリ姉との生活がある。
 高校にもようやく慣れ始めたところだ。
 香澄と会えないのはつらいが、これはもう仕方がない。
 半ば運命だとあきらめている。
 なのに今更ハンザキだって?
 確かにあの時剛は言った。
 またやつが現れるようなことがあったら、集まろう、と。
 あいつを倒せるのは、僕らしかいないのだから、と。
 でも、と思う。
 あの時、しょせん僕らは子供だったのだ。
 中学生は剛だけで、僕と由利亜は小学6年生。
 香澄ときたらまだ4年生だったのである。
 5年も前のそんな子供同士の約束に、いったいどんな拘束力があるというのだ?
 みんなそれぞれ別々の道を歩み始めているというのに、どうしてまた過去に引き戻されなきゃならない?
「いいか、いつき。よく聞け」
 剛がテーブルの上に巨体を乗り出した。
 上目遣いに僕をにらむと、諭すように言った。
「うちのばあちゃんに”刻印”が出た。覚えてるだろ? ハンザキの”スティグマ”だ」
「スティグマ…?」
 ニキビみたいな額の赤い印。
 5年前の夏、僕の一家の中でその刻印が現れたのは妹の香澄だった。
 あの夜、ハンザキは香澄を殺しに現れたのだ。
 それを祖父が身を挺して阻止したのである。
 剛の誘いに乗って、不本意な戦いに僕が身を投じたのも、実をいうとそのせいだった。
 ハンザキから香澄を守るため。
 そして、実際、ハンザキの封印に成功すると、香澄の額の刻印は消えたのだったが…。
「俺は別に正義の味方やヒーローを気取るつもりはない。ただばあちゃんを助けたいだけなんだ。今のおまえんちにも、老人がいるんだろう? ならわかるはずだ。老人は、どうせ老い先短い身なんだから、いつ死んだっていい、なんて笑うやつもいるが、それは違う。ばあちゃんたちの世代は、これまでずっと、俺たちガキどもを守ってきてくれた。ならば、今度は俺らがお返しをする番だ。あんな怪物に食われるために、うちのばあちゃんは80年も生きてきたわけじゃない。おまえんちのばあさまもだ。な、そうだろう?」
 僕は急に饒舌になったこの昔の友人をまじまじと見つめ返した。
 そうか、剛はまだ性懲りもなく、あの村に住んでいるというわけか。
 胸の底のしこりが溶けていくのがわかった。
 剛の祖母のことは思えている。
 孫とは対照的に、腰の低い優しいおばあさんだった。
 遊びに行くと、必ずスイカとゆでたとうもろこしを出してくれた。
 あの老人に、香澄と同じ刻印が…?
「剛はね、こう見えてもちゃんと家業の運送屋、継いだんだよ。車の二種免許も取ってさ」
 面白そうに、横から由利亜が口をはさんだ。
「見た目はこの通り、まだおっかないけどね」
「ゆ、由利亜は、どうしてるの?」
 ついそう話をそらしてしまったのは、剛の話に心が大きく揺れ動いたからだった。
「あたしは今、O市。いつきと同じ高校生ってやつ。でも学校つまんないから、さぼってばかりなんだけど」
 由利亜が口にしたのは、東大合格率ナンバーワンの、県下有数の進学校だった。
 由利亜は、小学生の頃から才色兼備の規格外少女だったのである。
「両親が気味悪がってね、あれからすぐ引っ越したんだけど、ハンザキのことはずっと気になってた。そしたらきのうのニュースでしょ。居ても立ってもいられなくなって剛に連絡してみたら、いきなりおばあちゃんが危ないっていうじゃない。だから、ふたりであんたのとこに押しかけることにしたってわけ」
「香澄の居場所がどうしてもわからなくてな。仕方なくまず、おまえから、と思ったのさ」
 5年前のあの夏、僕らはかろうじてハンザキを封印することに成功した。
 だが、その代償は大きかった。
 僕の家では、祖父の死後、ずっと精神を病んでいた母が自害した。
 もともと父は僕らが幼い頃病気で死んでいたし、祖母も数年前に他界していたため、僕と香澄は天涯孤独の身になった。
 あわや施設送りとなりかけた僕らを引き取ってくれたのは、2組の遠い親戚だ。
 僕は祖母の縁で高橋家へ。
 香澄は母の叔父の縁で羽生家へ。
 ふたり一度は経済的に難しい、ということで、別々の家に引き取られることになったのである。
「香澄は去年、また引っ越してるからな。なんでも養父母が離婚したらしくて」
 昨年のクリスマスの夜を思い出して、僕は言った。
 ダッフルコートに首をうずめた、寂しそうな香澄。
 一緒に暮らそう。
 何度その言葉を呑み込んだことだろう。
「じゃ、おまえはあいつの居場所を知ってるわけだ」
「まあね」
 僕はうなずいた。
 不思議とこれ以上剛に逆らう気はなくなっていた。
 僕らはヒーローなんかじゃない。
 世界を救わなければならない義理もない。
 でも、守りたい人がいるなら話は別だ。
 その剛の言葉には、説得力があった。
「香澄には僕から話す」
 意を決して、僕は言った。
「だから少し時間をくれないか」
「なるべく早く頼む。おまえも知ってるように、ハンザキの活動期間はこの2ヶ月だ。急がないとその間に犠牲者が続出する。うちのばあちゃんも含めてな」
 剛が焦りのにじむ口調で言う。
「努力してみるよ。できれば、香澄を巻き込みたくはないんだが…。でも、なんであいつがタリスマンを? 5年前のあの最後の瞬間、タリスマンは僕らの身体から消えたんじゃなかったっけ?」
 僕が覚えているのは、閃光。
 そして岩盤が崩れる音。
 気がつくと、僕は全身傷だらけで草原に投げ出されていた。
「あたし、見ちゃったのよね」
 その時ふいに、由利亜が言った。
「草原に散らばったあたしたちのタリスマンを、香澄ちゃんが拾い集めてるのをさ」
「香澄が…? でも、どうして?」
「知らないわ。いつきもそうだったと思うけど、あの時はあたし自身、とにかく終わったってすごい脱力感でもう何も考えられなくなってて…。でさ、最近思い出したのよね。あの時の香澄ちゃんの様子。ああ、あれは、みんなのタリスマン、拾ってたんだなって」
 遠くを見るような目をして、由利亜が紫煙を吐き出した。
 香澄が、タリスマンを?
 だとしたら、こうしてはいられない。
「今から行ってくる」
 僕は腰を上げた。
「明日連絡するから、待っててくれ」
「どういう風の吹き回しだ?」
 剛が目を丸くした。
「香澄もニュースを見てるかもしれない」
 ポケットの小銭を探りながら、僕は言った。
「だったら急がないと面倒なことになる」

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