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第461話 冥府の王⑫
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「あなたは、どうなの?」
鋭いまなざしで香澄を見つめたまま、少女がたずねた。
「死にたいの? 死にたくないの?」
ハスキーな、木枯らしが木々の間を吹き抜ける時立てる音みたいな、そんな声だった。
「死にたくない」
きっぱりと、首を振る香澄。
肩に力を込めて、負けじとばかりに少女をにらみ返している。
「そう。じゃ、手伝いなさい」
「あ、はい」
びっくりしたように、香澄がうなずいた。
「それで、私は、何をすればいいんですか?」
急にしおらしい口調になって、訊き返す。
「ふたりとも、こっちに来て」
少女が顎をしゃくった。
狭い通路を通り抜けて傍に行くと、少女はパソコンの画面をのぞき込んでいるところだった。
デスクトップタイプの、かなり旧式の機種である。
「これ、何かわかる?」
すこし身体をずらし、僕と香澄の場所をつくると、少女が訊いた。
「模様?」
画面いっぱいに映っているのは、茶色い粘土板みたいなものの表面に描かれた、何行にも渡る文様の列だ。
正方形の板が横に6枚、縦に6枚並んでいて、そこに波のような模様が連続して刻み込まれている。
どこかで見たようなデザインだった。
横に長く連なるそれは、波のようにも、蛇のようにも見える。
所々に鳥や動物の絵が挟まっている。
人間や、明らかに化け物とわかるものもある。
「これって、縄文土器の…?」
僕は作業台の上に並んだ土器とパソコンの画面を見比べながら、ふと思いついて、僕は言った。
「そう、ある種の縄文土器の文様にそっくりだよね、でも、これは土器のものじゃない」
「何なの?」
「8号古墳って知ってる?」
「ああ、川の下流の森の中にある、あの小山みたいなやつ?」
「意外と物知りね」
感心したように、少女が僕を見る。
「剛とは大違い」
どうやら褒められたらしく、僕は少しうれしくなった。
歴史はまだ学校では習い始めたばかりである。
でも、祖父の影響で、僕はそれ以前から歴史には多少の興味を持っていた。
もちろん、歴史漫画程度の知識だったけど、だいたいの時代区分や各時代の特色くらいは覚えている。
「これはあの8号古墳の玄室で見つかったの」
少女が言った。
「古墳の玄室で?」
「そう。一方の壁が、この文様で埋め尽くされていたんだって。これはその壁の画像なのよね」
「でも、縄文時代と古墳時代じゃ、ぜんぜん年代が違う」
うろ覚えの知識を総動員して、僕は言った。
「縄文時代は、紀元前5世紀頃終わってるし、古墳時代は紀元後4世紀くらいから始まるんじゃなかったっけ?」
「そうだよ、よく知ってるね」
「つまり、900年くらい、間が空いている」
「900年なんてあっという間だよ。この宇宙の時間の流れから見ればね」
およそ小学生らしくないことを、あっさりと口にする少女。
「まあ、そうだけど…」
地球ができたのが、45億年前だっけ?
宇宙の創成となると、それよりさらにずっと前だろう。
900年なんて、あっという間、
よくわかんないけど、言われてみればその通りのような気がする。
「で、この文様が、どうしたの?」
「館三郎は、これはメッセージなんだって言ってた。古代人が、子孫のために残した警告なんだって」
何かを思い出すような目をして、少女が言った。
「ヤカタ、サブロウ?」
「そう。館三郎は私の叔父。気鋭の考古学者だった。あ、ちなみに二郎は事務所に座ってた禿げのおじさんで、私の父。弟と違い、平々凡々なただの人」
「ふうん、じゃ、おじいさんがきっと一郎なんだね」
「あたり。祖父はこの資料館をつくった初代館長。うちは三代そろってこの地の歴史に関わってきたってわけ」
「君も入れれば、四代だね」
「まあね。って、樹君、学校じゃ空気みたいに影薄いけど、ちゃんと言葉しゃべれるんだ」
少女の指摘に、僕は耳の付け根まで赤くなった。
言われてみればその通りである。
由利亜は一見とっつき悪そうに見えるが、クラスの他の連中に比べると、ずいぶん話しやすい。
話題が僕の好きな歴史がらみだからだろうか。
「それで、これ、なんて書いてあるんですか?」
ふいに横から、香澄が口をはさんだ。
興味深そうに、じっとパソコンの画面を見つめている。
「うーん、これが縄文土器の文様と同じ種類のものだとすると、文字じゃないことになるな」
兄らしいところを見せようと、僕は言った。
「え? どうして?」
「その時代の日本には、まだ文字がなかったからだよ。半島から漢字が伝来したのって、弥生時代の終わりか、古墳時代に入ってからのことじゃなかったっけ? 仏教なんかと一緒に、渡来人が伝えたって習ったけど」
「ふうん。そうなんだ」
うなずく香澄。
が、由利亜の次の台詞は、相当に突拍子もないものだった。
「確かにね。でも、本当はその頃、すでに日本固有の文字があったとしたら? 一部でしか使われていなかった、特殊な神聖文字みたいなものが」
「え? じゃあ、縄文土器の縄目って、文字だっていうの?」
僕はぽかんと口を開けた。
「そう。名付けて、縄文文字」
真顔で由利亜が言う。
「縄文文字?」
「でね。さっきの質問の答えだけど」
由利亜が香澄に目を向けた。
「これは、魔物退治の方法を描いたものじゃないかって、叔父さんは言ってたの」
鋭いまなざしで香澄を見つめたまま、少女がたずねた。
「死にたいの? 死にたくないの?」
ハスキーな、木枯らしが木々の間を吹き抜ける時立てる音みたいな、そんな声だった。
「死にたくない」
きっぱりと、首を振る香澄。
肩に力を込めて、負けじとばかりに少女をにらみ返している。
「そう。じゃ、手伝いなさい」
「あ、はい」
びっくりしたように、香澄がうなずいた。
「それで、私は、何をすればいいんですか?」
急にしおらしい口調になって、訊き返す。
「ふたりとも、こっちに来て」
少女が顎をしゃくった。
狭い通路を通り抜けて傍に行くと、少女はパソコンの画面をのぞき込んでいるところだった。
デスクトップタイプの、かなり旧式の機種である。
「これ、何かわかる?」
すこし身体をずらし、僕と香澄の場所をつくると、少女が訊いた。
「模様?」
画面いっぱいに映っているのは、茶色い粘土板みたいなものの表面に描かれた、何行にも渡る文様の列だ。
正方形の板が横に6枚、縦に6枚並んでいて、そこに波のような模様が連続して刻み込まれている。
どこかで見たようなデザインだった。
横に長く連なるそれは、波のようにも、蛇のようにも見える。
所々に鳥や動物の絵が挟まっている。
人間や、明らかに化け物とわかるものもある。
「これって、縄文土器の…?」
僕は作業台の上に並んだ土器とパソコンの画面を見比べながら、ふと思いついて、僕は言った。
「そう、ある種の縄文土器の文様にそっくりだよね、でも、これは土器のものじゃない」
「何なの?」
「8号古墳って知ってる?」
「ああ、川の下流の森の中にある、あの小山みたいなやつ?」
「意外と物知りね」
感心したように、少女が僕を見る。
「剛とは大違い」
どうやら褒められたらしく、僕は少しうれしくなった。
歴史はまだ学校では習い始めたばかりである。
でも、祖父の影響で、僕はそれ以前から歴史には多少の興味を持っていた。
もちろん、歴史漫画程度の知識だったけど、だいたいの時代区分や各時代の特色くらいは覚えている。
「これはあの8号古墳の玄室で見つかったの」
少女が言った。
「古墳の玄室で?」
「そう。一方の壁が、この文様で埋め尽くされていたんだって。これはその壁の画像なのよね」
「でも、縄文時代と古墳時代じゃ、ぜんぜん年代が違う」
うろ覚えの知識を総動員して、僕は言った。
「縄文時代は、紀元前5世紀頃終わってるし、古墳時代は紀元後4世紀くらいから始まるんじゃなかったっけ?」
「そうだよ、よく知ってるね」
「つまり、900年くらい、間が空いている」
「900年なんてあっという間だよ。この宇宙の時間の流れから見ればね」
およそ小学生らしくないことを、あっさりと口にする少女。
「まあ、そうだけど…」
地球ができたのが、45億年前だっけ?
宇宙の創成となると、それよりさらにずっと前だろう。
900年なんて、あっという間、
よくわかんないけど、言われてみればその通りのような気がする。
「で、この文様が、どうしたの?」
「館三郎は、これはメッセージなんだって言ってた。古代人が、子孫のために残した警告なんだって」
何かを思い出すような目をして、少女が言った。
「ヤカタ、サブロウ?」
「そう。館三郎は私の叔父。気鋭の考古学者だった。あ、ちなみに二郎は事務所に座ってた禿げのおじさんで、私の父。弟と違い、平々凡々なただの人」
「ふうん、じゃ、おじいさんがきっと一郎なんだね」
「あたり。祖父はこの資料館をつくった初代館長。うちは三代そろってこの地の歴史に関わってきたってわけ」
「君も入れれば、四代だね」
「まあね。って、樹君、学校じゃ空気みたいに影薄いけど、ちゃんと言葉しゃべれるんだ」
少女の指摘に、僕は耳の付け根まで赤くなった。
言われてみればその通りである。
由利亜は一見とっつき悪そうに見えるが、クラスの他の連中に比べると、ずいぶん話しやすい。
話題が僕の好きな歴史がらみだからだろうか。
「それで、これ、なんて書いてあるんですか?」
ふいに横から、香澄が口をはさんだ。
興味深そうに、じっとパソコンの画面を見つめている。
「うーん、これが縄文土器の文様と同じ種類のものだとすると、文字じゃないことになるな」
兄らしいところを見せようと、僕は言った。
「え? どうして?」
「その時代の日本には、まだ文字がなかったからだよ。半島から漢字が伝来したのって、弥生時代の終わりか、古墳時代に入ってからのことじゃなかったっけ? 仏教なんかと一緒に、渡来人が伝えたって習ったけど」
「ふうん。そうなんだ」
うなずく香澄。
が、由利亜の次の台詞は、相当に突拍子もないものだった。
「確かにね。でも、本当はその頃、すでに日本固有の文字があったとしたら? 一部でしか使われていなかった、特殊な神聖文字みたいなものが」
「え? じゃあ、縄文土器の縄目って、文字だっていうの?」
僕はぽかんと口を開けた。
「そう。名付けて、縄文文字」
真顔で由利亜が言う。
「縄文文字?」
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由利亜が香澄に目を向けた。
「これは、魔物退治の方法を描いたものじゃないかって、叔父さんは言ってたの」
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