超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

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第460話 冥府の王⑪

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 母に外出することを告げ、警官たちの目を逃れて、家を出た。
 いまだに茫然自失気味の母は、僕らにろくに注意を払うでもなく、ただぼんやりと縁側に座り込んでいた。
 裏の竹林を抜け、河原に出ると、上流のほうに向かって、剛は川沿いの道をてくてく歩き出した。
 僕はその後を、香澄の手を引いて続いた。
 河原の巨石のすき間を縫うようにして続く砂利道を無言で歩いていると、たちまち目に汗がにじんできた。
「ね、どこまで行くの?」
 たまらず背中に声をかけると、
「あそこだ」
 歩みをゆるめもせず、剛が前方の土手の先を指さしてみせた。
 サイコロをふたつ重ねたような白亜の建物が、土手に生えた雑草の向こうに見え隠れしている。
 あれは、たしか…。
 僕は記憶を呼び起こした。
 郷土資料館。
 小学生には縁のない場所だから、これまで学校の社会見学で一度訪れたきりである。
「由利亜はあそこに住んでるんだ」
 剛が言った。
「館由利亜。知ってるだろ? 同じ小学校なんだから」
「由利亜って、あのゆりあ?」
 僕が訊き返したのは、ほかでもない。
 同じ学年に、なるほど由利亜なる名前の生徒は居る。
 隣のクラスの子だからこれまで一度も話したことはないけれど、顔くらいは知っている。
 なんとなく近寄りがたい感じの、大人びた少女だったと記憶している。
 そのヤカタユリアも、ハンザキの犠牲者の遺族なのか。
 同じ小学校なのに、全然知らなかった。
 もっとも、5年前といえば僕はまだ小学1年生で、自分のこと以外に目を向ける余裕なんてなかったのだけど。
 建物の下にたどり着くと、土手を上った。
 我慢強い香澄は、かなり暑くてバテているはずなのに、泣き言ひとつ口にしなかった。
 自分の胸に刻まれた”刻印”の話を、彼女なりに深刻にとらえている証拠なのかもしれなかった。
 建物の外観同様、真四角の玄関口を入ると、冷気が肌のほてりを冷ましてくれた。
 中はがらんとしていて、誰もいなかった。
 当然と言えば当然である。
 ここには、この地域の歴史を記録した資料が集められているだけで、面白いものなどなにもないのだ。
 剛が無言で事務所のガラス窓を開けると、
「もう、閉館だよ」
 見事に頭の禿げあがった眼鏡のおじさんが顔を上げて、迷惑そうに言った。
「由利亜、いる?」
 ぶっきらぼうに、剛が訊く。
「ああ、剛か。由利亜なら倉庫だが、また勉強教えてもらいに来たのか?」
「まあね」
 剛が苦笑いした。
「夏休みの宿題、うざくてさ」
「少しは自分でやれよ。小学生に宿題やってもらう中学生なんて、聞いたことがないぞ」
「実際、ここに居るんだから、しょうがねえだろ」
 親しげなやり取りからして、どうやらこの人が由利亜の父親らしい。
 とすると、由利亜がここに住んでいるというのは、あながち比喩ではないということか。
 挨拶を終えると、勝手知った家といったふうに、剛はすたすたと階段を降りていく。
 階段の下は狭い廊下で、突き当りにさびた鉄の扉がひとつ。
「入るぞ」
 剛が言って、重そうに扉を引き開けた。
「勝手に入れば」
 少しかすれた少女の声。
 一歩足を踏み出すと、かび臭い空気が鼻をついた。
「連れてきた」
 僕と香澄を前に押し出して、剛が言った。
 両側に並んだスチール棚。
 あちこちに置かれた木の台。
 そのどれもに、土器や土偶のようなものが所狭しと乗っている。
 剛の声に、土器の向こうから少女が目を上げた。
 大人びた雰囲気のストレートヘア。
 銀縁眼鏡のよく似合う、聡明そうな顔立ちをしている。
「由利亜、こいつが樹だ。城樹。それから妹の、香澄」
 名前を呼ばれて、香澄が律儀に頭を下げた。
 由利亜と呼ばれた少女は、僕ではなく、じっと香澄に視線を注いでいる。
「気づいたか」
 剛が言った。
「スティグマ」
 短く由利亜が答えた。
「急がないと」
「それで、何かわかったのか」
「今晩、やってみる。閉館後、父が部屋にこもったら」
「俺、あんまり遅くまでは、居られないぜ。こいつらがいるし」
「あと1時間もすれば、取りかかれるよ」
「OK。じゃ、それまで、俺は寝てる。最近、夜暑くて睡眠不足気味なんだ」
 左手のドアを開け、剛は奥へ入っていってしまった。
 剛の姿が見えなくなると、それまでひと言もしゃべらなかった香澄が、ふいに口を開いた。
「あの、香澄、死ぬんですか?」
 由利亜の眼が、すうっと細くなった。


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