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第459話 冥府の王⑩
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大門剛が、ぽかんと口を開けた。
しばらく香澄の顔を眺めた後、感心したように言った。
「ほほう。おまえ、ちっこいのに、兄貴よりずいぶん骨があるな」
僕は傷ついた。
よく言われることだ。
優柔不断な僕に比べて、妹の香澄は人見知りするくせに、気が強くて頑固なところがある。
決断が早く、いったんこうと決めたら自分の考えを曲げないのだ。
「今から5年前にも、あの化け物が現れたって、そう言うの?」
返事をする代わりに、僕はたずねた。
これが優柔不断な僕の常套手段である。
質問で時間を稼ぎ、その間に考える。
そうでもしないと、怖くて物事を決められないのだ。
「あ、ああ。知らないのか? 村の言い伝えでは、ハンザキは何年かに一度蘇っては人を食う。名前の通り、まっぷたつに引き裂いて、その半分だけを持ち去るんだ。犠牲者は年によって違うけど、5年前は3人だった。俺のおふくろ、由利亜んとこのの叔父さん、それからあと、猟師のじいさんがひとり。早く止めないと、やつはまた…」
そこまで言った時である。
剛が突然大きく目を見開いた。
「おい、おまえ、その首んとこの傷、それ、どうした?」
剛がまじまじと凝視しているのは、香澄の胸元だった。
前かがみになったそのワンピースの襟元から、香澄の丸みを帯びた首のつけ根の辺りが覗いている。
剛の言う通り、そこに赤い筋ができていた。
喉の下から鎖骨にかけて、うっすらと赤いミミズ腫れのようなものが伸び、服の中に消えているのだ。
「わかんない」
襟元をかき寄せて、香澄が答えた。
「知らないうちに、できてたの。でも、大丈夫だよ。ぜんぜん、痛くないし」
「そうか。そうだったのか」
剛がうめいた。
なにやらひとりで納得しているようだ。
「それは、スティグマだ。ハンザキは、じいさんじゃなくって、おまえを狙ってたんだ。じいさんは、それを知ってて、わが身を犠牲にして孫を守ったというわけだ」
「スティグマって?」
聞きなれない言葉だった。
「刻印だって、由利亜が言ってた。ハンザキは、あらかじめ、狙った相手に目印をつけておくんだって。たぶん、切り取り線みたいなもんじゃないかと思う。その赤い線に沿って、まっぷたつにするための」
「切り取り線?」
僕は慄然となった。
じゃあ、香澄はどうなるのだ?
このままではまたやつが現れて、今度は香澄を…?
「やるよ。僕も」
ふと気がつくと、僕は香澄の肩に回した手に力を籠め、そう口走っていた。
「どうしたらいい? ぼ、僕、こいつを守るためだったら、何でもするから」
「よく言った」
剛がにやりと笑った。
「それでこそ兄貴だ。じゃ、さっそく俺と一緒に来るか。もうひとりの仲間を紹介しよう」
しばらく香澄の顔を眺めた後、感心したように言った。
「ほほう。おまえ、ちっこいのに、兄貴よりずいぶん骨があるな」
僕は傷ついた。
よく言われることだ。
優柔不断な僕に比べて、妹の香澄は人見知りするくせに、気が強くて頑固なところがある。
決断が早く、いったんこうと決めたら自分の考えを曲げないのだ。
「今から5年前にも、あの化け物が現れたって、そう言うの?」
返事をする代わりに、僕はたずねた。
これが優柔不断な僕の常套手段である。
質問で時間を稼ぎ、その間に考える。
そうでもしないと、怖くて物事を決められないのだ。
「あ、ああ。知らないのか? 村の言い伝えでは、ハンザキは何年かに一度蘇っては人を食う。名前の通り、まっぷたつに引き裂いて、その半分だけを持ち去るんだ。犠牲者は年によって違うけど、5年前は3人だった。俺のおふくろ、由利亜んとこのの叔父さん、それからあと、猟師のじいさんがひとり。早く止めないと、やつはまた…」
そこまで言った時である。
剛が突然大きく目を見開いた。
「おい、おまえ、その首んとこの傷、それ、どうした?」
剛がまじまじと凝視しているのは、香澄の胸元だった。
前かがみになったそのワンピースの襟元から、香澄の丸みを帯びた首のつけ根の辺りが覗いている。
剛の言う通り、そこに赤い筋ができていた。
喉の下から鎖骨にかけて、うっすらと赤いミミズ腫れのようなものが伸び、服の中に消えているのだ。
「わかんない」
襟元をかき寄せて、香澄が答えた。
「知らないうちに、できてたの。でも、大丈夫だよ。ぜんぜん、痛くないし」
「そうか。そうだったのか」
剛がうめいた。
なにやらひとりで納得しているようだ。
「それは、スティグマだ。ハンザキは、じいさんじゃなくって、おまえを狙ってたんだ。じいさんは、それを知ってて、わが身を犠牲にして孫を守ったというわけだ」
「スティグマって?」
聞きなれない言葉だった。
「刻印だって、由利亜が言ってた。ハンザキは、あらかじめ、狙った相手に目印をつけておくんだって。たぶん、切り取り線みたいなもんじゃないかと思う。その赤い線に沿って、まっぷたつにするための」
「切り取り線?」
僕は慄然となった。
じゃあ、香澄はどうなるのだ?
このままではまたやつが現れて、今度は香澄を…?
「やるよ。僕も」
ふと気がつくと、僕は香澄の肩に回した手に力を籠め、そう口走っていた。
「どうしたらいい? ぼ、僕、こいつを守るためだったら、何でもするから」
「よく言った」
剛がにやりと笑った。
「それでこそ兄貴だ。じゃ、さっそく俺と一緒に来るか。もうひとりの仲間を紹介しよう」
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