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第458話 冥府の王⑨
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僕の故郷は、A県の外れにある。
羽生村。
元はと言えば、人口1000人ほどの、小さな村だ。
が、隣村と合併して、今は町になっている。
そのおかげで人口は2000人を超えるほどになり、近くにコンビニやスーパーマーケットもできた。
すぐ隣が豊橋市で、少し足を伸ばせば風光明媚な伊良湖岬にたどり着く。
県境にあるから、静岡県の浜松市にも近い。
地場産業は、温暖な気候を活かしたメロンや菊、チューリップなどの栽培だ。
むろん、三大都市圏のひとつ、名古屋市にも比較的近いので、近郊農業のキャベツ栽培なども盛んだった。
そののどかな田舎の村に暗雲が垂れ込めたのは、5年前の7月。
梅雨がそろそろ開けるかと思われた、学校が夏休みの入る直前のことだった。
季節外れの大型台風の到来とともに目覚めた魔物が、突如として、村人を襲い始めたのである。
僕が、”ハンザキ”の名を再び耳にしたのは、祖父の葬式が終わり、焼き場から家へ帰ってきたその日のことだ。
梅雨明け宣言がニュースで流れたばかりの、よく晴れた午後だった。
事件から3日経っていたが、母屋にはまだ警察官や刑事、鑑識課員などが頻繁に出入りしていて、僕と香澄は自然、庭の隅に追いやられる形になっていた。
「おじいちゃん、煙になっちゃったね」
壊れかけたブランコをゆっくり漕ぎながら、香澄がつぶやいた。
当時、香澄は小学4年生、僕が小学6年生。
香澄は人見知りの激しい内気な少女だ。
だが、意外に芯が強く、声を上げて泣くことはめったになかった。
「天国に行けるといいね」
赤く腫れた大きな目で、香澄が僕を見た。
「行けるに決まってるだろ」
僕はぶっきらぼうに答えた。
「じいちゃん、なんにもに悪いこと、してないんだからさ」
「そうだよね」
喪服代わりの黒いワンピースを着たままの香澄は、全身から悲しみを発散させているようだった。
「でも、ひどいよね。おじいちゃん、痛かっただろうね」
3日前のあの夜。
泣き叫ぶ母。
その声に駆けつけてくる近所の人たち。
豪雨に打たれながら、僕はただ茫然と庭に横たわる祖父の亡骸を見つめていた。
そして、ふと気がつくと、いつのまにか香澄が起きてきていて、僕の右手を固く握っていた。
香澄も、あの夜、祖父の世にも無残な死体を見てしまったのだ。
ブランコを漕ぐのをやめ、香澄が黙り込んだ時である。
裏木戸が開いて、黒づくめの人影が庭に入ってくるのが見えた。
学生服を着た、見慣れぬ中学生だった。
ひと目で危ないやつとわかる、独特の雰囲気を醸し出している。
着崩した上着、だぼだぼのズボン。
ほとんど坊主頭に近いのだが、長い前髪が、ひと房だけ触角みたいに額の上に垂れ下がっている。
誰だろう?
狭い村だから、子どもたちは小学生も中学生も、たいていが顔見知りである。
が、この剣呑な雰囲気の少年は、初めて見る顔だった。
「じいいちゃん、気の毒だったな」
ぶらぶら近づいてくると、腰をかがめ、僕らの顔をのぞき込むようにして、少年が言った。
「やられたんだってな、ハンザキのやつに」
僕はむっとした。
怖かったが、祖父の無残な死を笑う者は許せなかった。
祖父は、僕ら家族を守るために犠牲になったのだ。
あの夜聞こえてきた母と祖父の会話からも、それは明らかだった。
が、さすがに言い返す度胸はなく、僕は香澄の小さな肩を抱きしめた。
兄妹で固く抱き合っていると、少年がまた声をかけてきた。
「なあ、おまえ、名前、なんていう?」
あれほどかしましかったセミの声が聞こえなくなっている。
束の間生まれた耳に痛いほどの静寂の中に、変声期を迎えたばかりの少年のかすれ声だけが、不気味に響く。
「俺は、大門剛。岬中学の3年生だ」
岬中学?
なるほど、見かけない顔のはずだった。
その中学なら、ここよりずっと伊良湖岬寄りの村にある。
「城、樹」
声を震わせて、僕は答えた。
香澄が強く抱きついてくるのがわかった。
「ジョウイツキ? 変わった名前だな」
少年が鼻を鳴らした。
「なんか、芸能人みたいだ」
別に絡んでくるつもりはないようだ。
ただ、素直に感心しているような口調である。
「な、なんの、用?」
意外に少年の様子が穏やかなので、思い切って僕は口を開いた。
「ああ、それなんだけどよ」
少年が僕らの前にしゃがみこんだ。
そして、おもむろに、重大な秘密を打ち明けるような口調で、言った。
「なあ、じいちゃんの仇、取りたいと思わないか? 俺たちと一緒にさ」
「じいちゃんの、仇?」
僕は顔を上げた。
香澄も僕の腕の中から目だけをのぞかせている。
「今から5年前のことだ。俺たちも、あいつに大事な人を殺された。そしたら、またやつが現れたっていうじゃねえか。だったら、今度こそ仇を取ってやる。そう決めたのさ。それには、仲間が必要だ。だから、おまえに声をかけることにした。驚かせて悪かったとは思うけど、ハンザキが目覚めたからには、事は一刻を争うからな。どうだ、じいちゃんを殺されて、悔しくないはずがないだろう」」
突然のことに、言葉が出なかった。
と、僕が口を開くより早く、香澄が言った。
「いいよ。やろうよ、お兄ちゃん」
羽生村。
元はと言えば、人口1000人ほどの、小さな村だ。
が、隣村と合併して、今は町になっている。
そのおかげで人口は2000人を超えるほどになり、近くにコンビニやスーパーマーケットもできた。
すぐ隣が豊橋市で、少し足を伸ばせば風光明媚な伊良湖岬にたどり着く。
県境にあるから、静岡県の浜松市にも近い。
地場産業は、温暖な気候を活かしたメロンや菊、チューリップなどの栽培だ。
むろん、三大都市圏のひとつ、名古屋市にも比較的近いので、近郊農業のキャベツ栽培なども盛んだった。
そののどかな田舎の村に暗雲が垂れ込めたのは、5年前の7月。
梅雨がそろそろ開けるかと思われた、学校が夏休みの入る直前のことだった。
季節外れの大型台風の到来とともに目覚めた魔物が、突如として、村人を襲い始めたのである。
僕が、”ハンザキ”の名を再び耳にしたのは、祖父の葬式が終わり、焼き場から家へ帰ってきたその日のことだ。
梅雨明け宣言がニュースで流れたばかりの、よく晴れた午後だった。
事件から3日経っていたが、母屋にはまだ警察官や刑事、鑑識課員などが頻繁に出入りしていて、僕と香澄は自然、庭の隅に追いやられる形になっていた。
「おじいちゃん、煙になっちゃったね」
壊れかけたブランコをゆっくり漕ぎながら、香澄がつぶやいた。
当時、香澄は小学4年生、僕が小学6年生。
香澄は人見知りの激しい内気な少女だ。
だが、意外に芯が強く、声を上げて泣くことはめったになかった。
「天国に行けるといいね」
赤く腫れた大きな目で、香澄が僕を見た。
「行けるに決まってるだろ」
僕はぶっきらぼうに答えた。
「じいちゃん、なんにもに悪いこと、してないんだからさ」
「そうだよね」
喪服代わりの黒いワンピースを着たままの香澄は、全身から悲しみを発散させているようだった。
「でも、ひどいよね。おじいちゃん、痛かっただろうね」
3日前のあの夜。
泣き叫ぶ母。
その声に駆けつけてくる近所の人たち。
豪雨に打たれながら、僕はただ茫然と庭に横たわる祖父の亡骸を見つめていた。
そして、ふと気がつくと、いつのまにか香澄が起きてきていて、僕の右手を固く握っていた。
香澄も、あの夜、祖父の世にも無残な死体を見てしまったのだ。
ブランコを漕ぐのをやめ、香澄が黙り込んだ時である。
裏木戸が開いて、黒づくめの人影が庭に入ってくるのが見えた。
学生服を着た、見慣れぬ中学生だった。
ひと目で危ないやつとわかる、独特の雰囲気を醸し出している。
着崩した上着、だぼだぼのズボン。
ほとんど坊主頭に近いのだが、長い前髪が、ひと房だけ触角みたいに額の上に垂れ下がっている。
誰だろう?
狭い村だから、子どもたちは小学生も中学生も、たいていが顔見知りである。
が、この剣呑な雰囲気の少年は、初めて見る顔だった。
「じいいちゃん、気の毒だったな」
ぶらぶら近づいてくると、腰をかがめ、僕らの顔をのぞき込むようにして、少年が言った。
「やられたんだってな、ハンザキのやつに」
僕はむっとした。
怖かったが、祖父の無残な死を笑う者は許せなかった。
祖父は、僕ら家族を守るために犠牲になったのだ。
あの夜聞こえてきた母と祖父の会話からも、それは明らかだった。
が、さすがに言い返す度胸はなく、僕は香澄の小さな肩を抱きしめた。
兄妹で固く抱き合っていると、少年がまた声をかけてきた。
「なあ、おまえ、名前、なんていう?」
あれほどかしましかったセミの声が聞こえなくなっている。
束の間生まれた耳に痛いほどの静寂の中に、変声期を迎えたばかりの少年のかすれ声だけが、不気味に響く。
「俺は、大門剛。岬中学の3年生だ」
岬中学?
なるほど、見かけない顔のはずだった。
その中学なら、ここよりずっと伊良湖岬寄りの村にある。
「城、樹」
声を震わせて、僕は答えた。
香澄が強く抱きついてくるのがわかった。
「ジョウイツキ? 変わった名前だな」
少年が鼻を鳴らした。
「なんか、芸能人みたいだ」
別に絡んでくるつもりはないようだ。
ただ、素直に感心しているような口調である。
「な、なんの、用?」
意外に少年の様子が穏やかなので、思い切って僕は口を開いた。
「ああ、それなんだけどよ」
少年が僕らの前にしゃがみこんだ。
そして、おもむろに、重大な秘密を打ち明けるような口調で、言った。
「なあ、じいちゃんの仇、取りたいと思わないか? 俺たちと一緒にさ」
「じいちゃんの、仇?」
僕は顔を上げた。
香澄も僕の腕の中から目だけをのぞかせている。
「今から5年前のことだ。俺たちも、あいつに大事な人を殺された。そしたら、またやつが現れたっていうじゃねえか。だったら、今度こそ仇を取ってやる。そう決めたのさ。それには、仲間が必要だ。だから、おまえに声をかけることにした。驚かせて悪かったとは思うけど、ハンザキが目覚めたからには、事は一刻を争うからな。どうだ、じいちゃんを殺されて、悔しくないはずがないだろう」」
突然のことに、言葉が出なかった。
と、僕が口を開くより早く、香澄が言った。
「いいよ。やろうよ、お兄ちゃん」
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