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第463話 冥府の王⑭
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「イザナミっていうのはね、古事記や日本書紀に登場する、女の神様」
僕が黙っていると、由利亜が説明を始めた。
「もともと、この日本って国はね、イザナギとイザナミっていう、夫婦の神様がつくったといわれているの」
「古事記って、あれだよね? イナバの白うさぎとか、ヤマタノオロチとかが出てくる、日本昔話みたいなの」
ふと思い出して、僕は口をはさんだ。
「そう、それ。その一番初めにね、この国生みのエピソードが出てくるんだけど、ふたりは協力し合って、日本列島や、いろんな神様を生んだわけ。ところが、火の神様を産んだ時のやけどがもとで、イザナミのほうは死んでしまうんだ」
「神様でも、死んじゃうの?」
不思議そうに言ったのは、それまで黙って僕らの会話を聞いていた香澄である。
「そうだね。死んじゃうみたいだね。だって、ハンザキみたいな悪い神様が、永遠に生きてたら困るでしょう?」
「ハンザキも、神様なのかな?」
「どうだかね。でも、人間よりは神に近い存在なんじゃないかと、私は思ってるよ。ずいぶん長生きだもの」
香澄に答える由利亜の口調は優しかった。
クールで大人びて見えるが、この少女、根はいいやつなのだろう、と僕は確信した。
「それで、そのイザナミとハンザキと、どういう関係があるんだい?」
先を知りたくて、僕は由利亜を促した。
「死んで死者の国、これが黄泉の国なんだけど、そこへ行ってしまったイザナミに、残された夫のイザナギは、どうしても会いたくてたまらなくなるの。それでなんとか地下に降りて、黄泉の国の扉の前までたどり着くわけ。ところが、扉越しに声をかけると、イザナミは、自分はもう黄泉の国の食べ物を食べてしまったから、地上に戻れないと言う。それでも顔だけ見たいからとお願いすると、今度は、じゃあ、黄泉の国の王に頼んでみるから、その間、扉は開けないで、という返事が返ってきた。でも、待ちきれないイザナギは、妻との約束を破って、扉の向こうをのぞいてしまうわけ。そうすると、そこに見えたのは、腐ってウジのたかった妻の変わり果てた姿だった」
「うわ。それ、こわいね」
僕は思わず顔をしかめた。
「まるでホラーじゃん」
「続きはもっとホラーなんだけど」
香澄は真っ青になって耳をふさいでいるのに、由利亜は顔色ひとつ変えていない。
「うーん、あんまり気が進まないけど、一応最後まで聞かせてくれる?」
ため息をひとつついて、僕は更に先を促した。
「夫の裏切りに怒ったイザナミは、その醜い姿のまま、たくさんの悪霊をおともにイザナをギ追いかけてくるの。黄泉平坂って地上への道をイザナギは必死で逃げるんだけど、その途中で櫛を投げたり剣をふるったり、なんとか悪霊どもを退けようとするわけ。それで最後に出口付近で追いつかれそうになった時、彼は一本の桃の木を見つけるんだ。桃はね、昔から霊力があると言われてるんだって。だから彼は、その実を3つ取って、悪霊に向かって投げつけたの。そしたら悪霊は、桃の霊力にひるんで退散していった。こうしてイザナギは無事地上に戻り、妻イザナミの呪いの言葉を跳ねのけたの」
「つまり、君が言いたいのは」
話し終えた由利亜に向かって、僕は言った。
「この絵の中の人々が投げようとしてるのも、その桃の実だってこと?」
「桃かどうかはわからない。それはたぶん、この中に書いてあると思う。でも、きっと、イザナギの時と同じようなことが起こったに違いない。叔父はそう言ってたわ」
この中に書いてある…?
僕はもう一度、改めてPCの画面を見つめた。
なるほど確かに粘土板と粘土板をつなぐ波のような模様は、文字に見えないこともない。
ハングル文字に似ていると言えばそうだし、じゃあ、とにかくこれを解読すればいいわけか。
「で、解読はできたの? この縄文文字のさ」
「叔父のつくった対応表は、このPCの中にある。でも、ただひとつ問題があってね」
由利亜が憂いを含んだまなざしを画面に向けた。
「この粘土板、順番が間違ってるみたいなんだ」
「え?」
「つまりね、これはパズルになってるの。パズルを解かないと、正しい文章が現れない。そういうわけ」
僕が黙っていると、由利亜が説明を始めた。
「もともと、この日本って国はね、イザナギとイザナミっていう、夫婦の神様がつくったといわれているの」
「古事記って、あれだよね? イナバの白うさぎとか、ヤマタノオロチとかが出てくる、日本昔話みたいなの」
ふと思い出して、僕は口をはさんだ。
「そう、それ。その一番初めにね、この国生みのエピソードが出てくるんだけど、ふたりは協力し合って、日本列島や、いろんな神様を生んだわけ。ところが、火の神様を産んだ時のやけどがもとで、イザナミのほうは死んでしまうんだ」
「神様でも、死んじゃうの?」
不思議そうに言ったのは、それまで黙って僕らの会話を聞いていた香澄である。
「そうだね。死んじゃうみたいだね。だって、ハンザキみたいな悪い神様が、永遠に生きてたら困るでしょう?」
「ハンザキも、神様なのかな?」
「どうだかね。でも、人間よりは神に近い存在なんじゃないかと、私は思ってるよ。ずいぶん長生きだもの」
香澄に答える由利亜の口調は優しかった。
クールで大人びて見えるが、この少女、根はいいやつなのだろう、と僕は確信した。
「それで、そのイザナミとハンザキと、どういう関係があるんだい?」
先を知りたくて、僕は由利亜を促した。
「死んで死者の国、これが黄泉の国なんだけど、そこへ行ってしまったイザナミに、残された夫のイザナギは、どうしても会いたくてたまらなくなるの。それでなんとか地下に降りて、黄泉の国の扉の前までたどり着くわけ。ところが、扉越しに声をかけると、イザナミは、自分はもう黄泉の国の食べ物を食べてしまったから、地上に戻れないと言う。それでも顔だけ見たいからとお願いすると、今度は、じゃあ、黄泉の国の王に頼んでみるから、その間、扉は開けないで、という返事が返ってきた。でも、待ちきれないイザナギは、妻との約束を破って、扉の向こうをのぞいてしまうわけ。そうすると、そこに見えたのは、腐ってウジのたかった妻の変わり果てた姿だった」
「うわ。それ、こわいね」
僕は思わず顔をしかめた。
「まるでホラーじゃん」
「続きはもっとホラーなんだけど」
香澄は真っ青になって耳をふさいでいるのに、由利亜は顔色ひとつ変えていない。
「うーん、あんまり気が進まないけど、一応最後まで聞かせてくれる?」
ため息をひとつついて、僕は更に先を促した。
「夫の裏切りに怒ったイザナミは、その醜い姿のまま、たくさんの悪霊をおともにイザナをギ追いかけてくるの。黄泉平坂って地上への道をイザナギは必死で逃げるんだけど、その途中で櫛を投げたり剣をふるったり、なんとか悪霊どもを退けようとするわけ。それで最後に出口付近で追いつかれそうになった時、彼は一本の桃の木を見つけるんだ。桃はね、昔から霊力があると言われてるんだって。だから彼は、その実を3つ取って、悪霊に向かって投げつけたの。そしたら悪霊は、桃の霊力にひるんで退散していった。こうしてイザナギは無事地上に戻り、妻イザナミの呪いの言葉を跳ねのけたの」
「つまり、君が言いたいのは」
話し終えた由利亜に向かって、僕は言った。
「この絵の中の人々が投げようとしてるのも、その桃の実だってこと?」
「桃かどうかはわからない。それはたぶん、この中に書いてあると思う。でも、きっと、イザナギの時と同じようなことが起こったに違いない。叔父はそう言ってたわ」
この中に書いてある…?
僕はもう一度、改めてPCの画面を見つめた。
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「で、解読はできたの? この縄文文字のさ」
「叔父のつくった対応表は、このPCの中にある。でも、ただひとつ問題があってね」
由利亜が憂いを含んだまなざしを画面に向けた。
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