超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

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第481話 冥府の王㉜

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 香澄は竜の化石を抱いた大岩の裏側に回り込んでいく。
 半信半疑で後に続くと、岩と岸壁の間に狭いすき間があった。
 幅は50センチほど。
 確かに風はここから吹いてくるようだ。
「わ、早くしろ。武器が消える」
 剛のわめく声にふと右手を見ると、僕の槍も同じだった。
 集中が切れたせいなのか、手のひらの中で急速に光が小さくなると、元の琥珀の塊に戻ってしまった。
「こっちこっち」
 香澄の声に誘われるようにして、岩の隙間に体をねじ込んだ。
 カニのように横ばいになれば、なんとか通れないことはない。
 僕に続いて、由里亜が入ってきた。
「ぎりぎりセーフだね。ここならハンザキも入ってこられない」
 岸壁にに張り付くような姿勢で、由里亜が言った。
「でも、どこに出るんだろう?」
「どこでもいいよ。ここに留まるよりは、どこに出てもましなはずだから」
「そうだね」
 同い年のはずなのに、由里亜はひどく落ち着いている。
 ある意味、年上の剛よりずっと頼りになるといっていい。
「ここ」
 と、その時、先を進んでいた香澄が声だけ残して、ふいに姿を消した。
「香澄!」
 急いで霞の消えた位置まで進むと、案の定、岩壁側にぽっかりと穴が開いていた。
 中をのぞくと、急角度で上のほうに向かう隧道が続いている。
「あった!」
 由里亜の手を借りて、洞穴のへりに這い上がる。
 手を伸ばして由里亜を引き上げていると、ようやく剛が隙間に入ってきた。
「くっそう! 狭いぜ! 腹がつぶれちまう!」
「少しはダイエットしなよ。中学生でおなか出てるなんて、最悪だよ」
 由里亜は容赦ない。
 剛が横穴に上がるのをふたりで手伝っていると、かなり上のほうから、また香澄の声が聞こえてきた。
「お外に出たよ。あれ? ここって」


 そこは、軽自動車ほどもある大きな石がごろごろ転がる、狭い河原だった。
 幸い、雨はすっかり上がっていて、西の空が茜色に染まっている。
「上流だね。砕石地から、1キロくらいかな。ほら、あそこにダムが見えるもの」
 右手のほうを指差して、由里亜が言った。
「助かったんだ」
 僕はへなへなとその場にしゃがみこんだ。
 空気は埃と降り止んだばかりの雨の匂いがした。
 それを胸いっぱい吸い込むと、ようやく生きて帰ってこられた幸運を実感できた。
「香澄ちゃんのおかげね」
 由里亜が香澄の頭に手を置いた。
 恥じらうように微笑む香澄。
「これからどうする?」
 警戒するように周囲を見回しながら、剛が言う。
「きょうはこれで解散」
 若干疲れた口調で、由里亜が答えた。
「明日、もう一度集まって、武器の使い方を研究しよう。めどがついたら、こっちからハンザキを狩りに行く」
「もがりの森か」
 剛がつぶやいた。
「あそこは禁足地だぞ。よほど慎重にやらないと」
「わかってる。でも、次にあいつがどこに現れるかわからない以上、こっちから仕掛けるしかない。そうでしょう?」
 きっぱりと言い切る由里亜。
 そんな由里亜を見上げて、香澄が言った。
「由里亜ちゃん、強いね」
 その言葉に、僕はひそかに傷ついた。
 香澄の言う通りだ。
 強いのは、兄の僕ではなく、由里亜のほうだ。
 それどころか、僕ときたら…。
 香澄に、なんてことをしてしまったのだろう…。
 ふと我に返ると、香澄が目の前に立っていた。
「いこ」
 手を握ってくる。
「あ。ああ」
 僕はぎこちなくうなずいた。
 香澄が、すべてを許すような瞳で、僕を見た。


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