531 / 605
第507話 冥府の王(58)
しおりを挟む
「吐いちゃだめ。そう、ちゃんと飲むの。残らず全部、飲み干して」
僕の口を手のひらで押さえ、香澄が言う。
青臭い味のする生ぬるいゼリーのようなものが、喉を伝い下りていく。
なんとか飲み干して口を拭うと、手の甲が黒く汚れた。
信じられないことだった。
精液が、真っ黒に変色しているのだ。
まだ精通が来てまもないとはいえ、精液の本来の色ぐらい、僕も知っていた。
でんぷん糊に似た、半透明の液体。
夢精も含めてこれまで何度も射精したけど、少なくともこんなに黒かったことはない。
「平気だよ。飲むだけなら感染しないから」
僕が飲み干したのを確認して、満足そうに香澄が言った。
「さ、次はお母さんを寝室に運ばないと。その前に、躰を綺麗に拭いてあげなきゃね。あ、裸だからって、おかしなことしちゃ、だめだよ。お母さん、もうもとに戻ってるから、そんなことしたらショック受けちゃうよ」
どこからか香澄が調達してきた濡れタオルで母の裸体を拭き、いやらしい汁の痕跡をぬぐい取った。
が、その後が大変だった。
僕が両脇を抱え、香澄が脚を持ち、長い廊下を母の寝室まで運んだ。
すべてを終え、香澄とふたりひと息ついた頃には、外が白み始めていた。
「夏休みが始まっちゃうね」
明るくなる空を見つめながら、香澄が言った。
「その前に、あの化け物をなんとかしないと」
香澄のその大人びた横顔に向かって、僕はたずねた。
「香澄、おまえ、いったい何者なんだ? どうして…」
「人が知らないようなこと、いろいろ知ってるのかって?」
空を見上げたまま、香澄が訊き返す。
「あ、ああ。まるで、おまえまで、何かに乗っ取られたみたいに見えるけど…」
「香澄にいろんなこと、教えてくれるのは、死んだお父さん」
「え…?」
「たまにね、夢の中に出てきて、話してくれる。ハンザキが何者なのか、どうして人を半裂きにして、必ず躰の半分を持ち帰るのか…」
「なんだ、それ…?」
僕は怖くなった。
母が狂ったように、香澄も狂ってしまっているのだろうか。
あるいは、考えてみれば、小学生の分際で、妹や実の母と性交したこの僕も…。
朝のしじまを切り裂いて、電話が鳴ったのは、その時だ。
僕は恐怖のまなざしで、部屋の隅のカブトムシ型の電話機を凝視した。
「もしもし」
何のためらいもなく、あっさり受話器を取る香澄。
「あ、由里亜ちゃん。え。そうなんだ。わかった。お兄ちゃんにも伝えとく」
短く答えて、受話器を置き、僕のほうを振り向いた。
「外出禁止令が解除されたから、学校行けるって。でさ、授業後、剛君の家に集合しようって」
僕の口を手のひらで押さえ、香澄が言う。
青臭い味のする生ぬるいゼリーのようなものが、喉を伝い下りていく。
なんとか飲み干して口を拭うと、手の甲が黒く汚れた。
信じられないことだった。
精液が、真っ黒に変色しているのだ。
まだ精通が来てまもないとはいえ、精液の本来の色ぐらい、僕も知っていた。
でんぷん糊に似た、半透明の液体。
夢精も含めてこれまで何度も射精したけど、少なくともこんなに黒かったことはない。
「平気だよ。飲むだけなら感染しないから」
僕が飲み干したのを確認して、満足そうに香澄が言った。
「さ、次はお母さんを寝室に運ばないと。その前に、躰を綺麗に拭いてあげなきゃね。あ、裸だからって、おかしなことしちゃ、だめだよ。お母さん、もうもとに戻ってるから、そんなことしたらショック受けちゃうよ」
どこからか香澄が調達してきた濡れタオルで母の裸体を拭き、いやらしい汁の痕跡をぬぐい取った。
が、その後が大変だった。
僕が両脇を抱え、香澄が脚を持ち、長い廊下を母の寝室まで運んだ。
すべてを終え、香澄とふたりひと息ついた頃には、外が白み始めていた。
「夏休みが始まっちゃうね」
明るくなる空を見つめながら、香澄が言った。
「その前に、あの化け物をなんとかしないと」
香澄のその大人びた横顔に向かって、僕はたずねた。
「香澄、おまえ、いったい何者なんだ? どうして…」
「人が知らないようなこと、いろいろ知ってるのかって?」
空を見上げたまま、香澄が訊き返す。
「あ、ああ。まるで、おまえまで、何かに乗っ取られたみたいに見えるけど…」
「香澄にいろんなこと、教えてくれるのは、死んだお父さん」
「え…?」
「たまにね、夢の中に出てきて、話してくれる。ハンザキが何者なのか、どうして人を半裂きにして、必ず躰の半分を持ち帰るのか…」
「なんだ、それ…?」
僕は怖くなった。
母が狂ったように、香澄も狂ってしまっているのだろうか。
あるいは、考えてみれば、小学生の分際で、妹や実の母と性交したこの僕も…。
朝のしじまを切り裂いて、電話が鳴ったのは、その時だ。
僕は恐怖のまなざしで、部屋の隅のカブトムシ型の電話機を凝視した。
「もしもし」
何のためらいもなく、あっさり受話器を取る香澄。
「あ、由里亜ちゃん。え。そうなんだ。わかった。お兄ちゃんにも伝えとく」
短く答えて、受話器を置き、僕のほうを振り向いた。
「外出禁止令が解除されたから、学校行けるって。でさ、授業後、剛君の家に集合しようって」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる