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第518話 冥府の王(69)
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外はあんなに晴れていたのに、森の中は薄暗く、奥に進むにつれ、その暗さは次第に増していくようだった。
しかも、真夏だというのに妙に気温が低く、むき出しの二の腕には鳥肌が立つほどだ。
空気は青ざめ、木々の間を時折白い影や漆黒の靄みたいなものが通り過ぎていく。
それは改めて目を凝らすと見えなくなるが、でもそこに確かに存在しているようで、僕らの歩みに合わせてつかず離れず移動しているような感じすらした。
それが視界の隅にちらつくたびに、僕は母の体内から現れたあの黒い球体を思い出し、ぞっとなった。
この森はふつうではない。
その思いがどんどん強くなっていく。
何か、邪悪なもので満ち溢れている。
見てはならない、触れてはならない異界のものどもに…。
そんななか、地図を片手に黙々と歩を進める由利亜。
あるかないかの獣道は蛇行を繰り返し、次第に高度を下げていくようだ。
スニーカーの裏が、固くそれでいてもろい何かを踏みつけてじゃりじゃり鳴った。
「おい、この白いの、骨じゃねえか?」
僕のすぐ前を歩いていた剛が、気味悪そうに片足を持ち上げて言う。
「気持ち悪いこと、言わないでよ」
そう抗議してみたものの、剛の言う通りだった。
腐葉土の中に埋まっている白い貝殻のようなもの…。
それはどうやら、無数の骨のかけらみたいなのだ。
明らかにまだ人の指の形をしたものもある。
「こわいね」
香澄の手に力がこもった。
その手のひらは、じっとりと汗ばんでしまっている。
「もがりの儀式が終わって、用なしになった死体は、このへんに打ち捨てられたんでしょうね。どうりで変な気配がすると思った」
その言葉からすると、由利亜も木々の間のあの異形たちに気づいていたということか。
「気を抜くな。憑りつかれたらおしまいだ」
剛は光の戦斧を油断なく両手に構えている。
突然甲高い笑い声が響き、
「きゃ」
ふいに香澄が悲鳴を上げ、僕の右腕にしがみついてきた。
ばさばさっと羽ばたきの音がして、頭上を黒い影が飛びすぎる。
カラスだろうか。
でも、こんな暗いところ、鳥が飛べるとは思えない。
それに今のは、確かに笑い声だった。
断じて鳥の鳴き声なんかじゃない。
「武器を構えてろ。それがあれば大丈夫だから」
香澄の背中をさすり、そう言ってやる。
「なんだ、あの声は?」
更に10分ほど歩いた頃だった。
歩を緩めて、剛がひとりごちた。
気になって耳を澄ませてみると、なるほど、どこからかか細い泣き声が聞こえてくる。
仔猫の鳴き声か、赤ん坊の泣き声にそっくりだ。
「こんなところに、赤ちゃんが?」
不思議そうに香澄が言った。
「無視して」
すぐさま、由利亜の厳しい声が飛んできた。
「どうせ罠に決まってるから。それに、ほら、あれが”もがりの宮”。下のほうに見えてるでしょう?」
僕らは樹木の少ないすり鉢状の地形の端に立っていた。
由利亜の指さすほうに目をやると、すり鉢の底に”それ”が見えた。
巨大な一枚岩を屋根にした、むき出しの古墳のような建造物である。
「石舞台古墳に似てるわね。ほら、社会の教科書にあった、奈良県の」
「蘇我馬子の墓だったっけ」
「そういわれてみるとそうだな。そいつは俺もなんとなく覚えてる」
「横穴式の石室が露出してる。あそこが入口なんでしょうね」
古墳の横腹に口を開いた黒々とした穴。
それを指し示して、由利亜が言う。
「いよいよか」
剛が太いため息をついた。
「いいか、みんな、俺たちは必ず生きて帰る。だから、危ないと思ったら、逃げてもいい。それだけは忘れるな」
しかも、真夏だというのに妙に気温が低く、むき出しの二の腕には鳥肌が立つほどだ。
空気は青ざめ、木々の間を時折白い影や漆黒の靄みたいなものが通り過ぎていく。
それは改めて目を凝らすと見えなくなるが、でもそこに確かに存在しているようで、僕らの歩みに合わせてつかず離れず移動しているような感じすらした。
それが視界の隅にちらつくたびに、僕は母の体内から現れたあの黒い球体を思い出し、ぞっとなった。
この森はふつうではない。
その思いがどんどん強くなっていく。
何か、邪悪なもので満ち溢れている。
見てはならない、触れてはならない異界のものどもに…。
そんななか、地図を片手に黙々と歩を進める由利亜。
あるかないかの獣道は蛇行を繰り返し、次第に高度を下げていくようだ。
スニーカーの裏が、固くそれでいてもろい何かを踏みつけてじゃりじゃり鳴った。
「おい、この白いの、骨じゃねえか?」
僕のすぐ前を歩いていた剛が、気味悪そうに片足を持ち上げて言う。
「気持ち悪いこと、言わないでよ」
そう抗議してみたものの、剛の言う通りだった。
腐葉土の中に埋まっている白い貝殻のようなもの…。
それはどうやら、無数の骨のかけらみたいなのだ。
明らかにまだ人の指の形をしたものもある。
「こわいね」
香澄の手に力がこもった。
その手のひらは、じっとりと汗ばんでしまっている。
「もがりの儀式が終わって、用なしになった死体は、このへんに打ち捨てられたんでしょうね。どうりで変な気配がすると思った」
その言葉からすると、由利亜も木々の間のあの異形たちに気づいていたということか。
「気を抜くな。憑りつかれたらおしまいだ」
剛は光の戦斧を油断なく両手に構えている。
突然甲高い笑い声が響き、
「きゃ」
ふいに香澄が悲鳴を上げ、僕の右腕にしがみついてきた。
ばさばさっと羽ばたきの音がして、頭上を黒い影が飛びすぎる。
カラスだろうか。
でも、こんな暗いところ、鳥が飛べるとは思えない。
それに今のは、確かに笑い声だった。
断じて鳥の鳴き声なんかじゃない。
「武器を構えてろ。それがあれば大丈夫だから」
香澄の背中をさすり、そう言ってやる。
「なんだ、あの声は?」
更に10分ほど歩いた頃だった。
歩を緩めて、剛がひとりごちた。
気になって耳を澄ませてみると、なるほど、どこからかか細い泣き声が聞こえてくる。
仔猫の鳴き声か、赤ん坊の泣き声にそっくりだ。
「こんなところに、赤ちゃんが?」
不思議そうに香澄が言った。
「無視して」
すぐさま、由利亜の厳しい声が飛んできた。
「どうせ罠に決まってるから。それに、ほら、あれが”もがりの宮”。下のほうに見えてるでしょう?」
僕らは樹木の少ないすり鉢状の地形の端に立っていた。
由利亜の指さすほうに目をやると、すり鉢の底に”それ”が見えた。
巨大な一枚岩を屋根にした、むき出しの古墳のような建造物である。
「石舞台古墳に似てるわね。ほら、社会の教科書にあった、奈良県の」
「蘇我馬子の墓だったっけ」
「そういわれてみるとそうだな。そいつは俺もなんとなく覚えてる」
「横穴式の石室が露出してる。あそこが入口なんでしょうね」
古墳の横腹に口を開いた黒々とした穴。
それを指し示して、由利亜が言う。
「いよいよか」
剛が太いため息をついた。
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