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エピローグ
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終業のチャイムが鳴った。
ガタガタと椅子の鳴る音。
カバンに教科書とノートを詰めていると、机の間を縫って大柄な少女が近づいてきた。
「ね、エレナ、帰りに何か食べに行かない?」
クラスメイトの山田美咲だった。
ここのところ、ずっと息をひそめるようにして、ひたすら地味に暮らしてきた。
そのせいか、エレナにも友だちと呼べるものができつつあった。
美咲はそのひとりなのだが、彼女の場合、エレナの躰に興味を持っているのは一目瞭然だった。
好色そうな美咲の視線を感じつつ、エレナは黙々と作業を続け、かぶりを振った。
「いや、やめとく。用事があるから」
「そっかあ、残念」
美咲は大げさにため息をつくと、エレナの胸を制服の上から指でつついた。
「でもさあ、最近エレナって、また胸が大きくなったんじゃない? もしかして、豊胸手術でも受けてたりして」
「やめてよ」
乳首の疼きを気取られた気がして、エレナは乱暴に美咲の手を払いのけた。
この子、いい勘してる、と思った。
でも、もちろんこれは、手術なんかじゃない。
単なる生理現象なのだ。
家に帰る途中の道に、野良猫が死んでいた。
耳から血を流し、ぼろクズのように溝に捨てられていた。
拾い上げると、異様に軽かった。
脳がないせいだと、すぐにわかった。
「ただいま。ばあちゃん、帰ったよ」
建付けの悪い引き戸を開け、薄暗い中に呼びかける。
返事はない。
腰までの高さの木戸を押し、庭に入った。
案の定、祖母は濡れ縁に腰かけ、美鈴をあやしていた。
「こら、美鈴」
腰をかがめ、老婆の膝の上で歌を歌っている幼女の顔を覗き込む。
「猫を食べちゃいけないって、あれほど言っただろ」
「おっぱい」
美鈴がもみじのような両手のひらを広げて、せがんできた。
その声に、エレナの乳房が反応し、乳首の疼きが激しくなる。
美鈴は、エレナと鈴の間にできた子だ。
あの戦いの合い間に、エレナは受胎していた。
黒い羊の繁殖方法は、何も性行為に留まらない。
血液成分が混ざり合うだけでも、妊娠することがある。
「美鈴は本当にいい子だねえ」
はだけた乳房に吸いつき、無心で乳を飲み出した幼女を慈愛に満ちたまなざしで眺めながら、祖母が言った。
「顔もエレナにそっくりだし、きっと美人になるよ」
半分ぼけた祖母には、美鈴の異常性がわからない。
美鈴は、妊娠から一夜明けずに産まれて、わずか1か月で2歳児の姿まで成長したのだ。
黒い羊同士のDNAを持った彼女は、おそらくはエレナたち親の世代よりも更に上位の生命体なのだろう。
「私はおまえと食い合いをしたくないんだ」
美鈴をあやしながら、エレナはつぶやいた。
「だから、頼むから、黒い羊は封印しててくれないか」
それがどれほど勝手な願いかということぐらい、十分すぎるほど、わかっている。
人間と交わることで、自分に生まれた弱さの証だということも。
それでも、エレナは願わずにはいられないのだ。
祖母と美鈴と3人だけの、平穏で満ち足りた生活を・・・。
ガタガタと椅子の鳴る音。
カバンに教科書とノートを詰めていると、机の間を縫って大柄な少女が近づいてきた。
「ね、エレナ、帰りに何か食べに行かない?」
クラスメイトの山田美咲だった。
ここのところ、ずっと息をひそめるようにして、ひたすら地味に暮らしてきた。
そのせいか、エレナにも友だちと呼べるものができつつあった。
美咲はそのひとりなのだが、彼女の場合、エレナの躰に興味を持っているのは一目瞭然だった。
好色そうな美咲の視線を感じつつ、エレナは黙々と作業を続け、かぶりを振った。
「いや、やめとく。用事があるから」
「そっかあ、残念」
美咲は大げさにため息をつくと、エレナの胸を制服の上から指でつついた。
「でもさあ、最近エレナって、また胸が大きくなったんじゃない? もしかして、豊胸手術でも受けてたりして」
「やめてよ」
乳首の疼きを気取られた気がして、エレナは乱暴に美咲の手を払いのけた。
この子、いい勘してる、と思った。
でも、もちろんこれは、手術なんかじゃない。
単なる生理現象なのだ。
家に帰る途中の道に、野良猫が死んでいた。
耳から血を流し、ぼろクズのように溝に捨てられていた。
拾い上げると、異様に軽かった。
脳がないせいだと、すぐにわかった。
「ただいま。ばあちゃん、帰ったよ」
建付けの悪い引き戸を開け、薄暗い中に呼びかける。
返事はない。
腰までの高さの木戸を押し、庭に入った。
案の定、祖母は濡れ縁に腰かけ、美鈴をあやしていた。
「こら、美鈴」
腰をかがめ、老婆の膝の上で歌を歌っている幼女の顔を覗き込む。
「猫を食べちゃいけないって、あれほど言っただろ」
「おっぱい」
美鈴がもみじのような両手のひらを広げて、せがんできた。
その声に、エレナの乳房が反応し、乳首の疼きが激しくなる。
美鈴は、エレナと鈴の間にできた子だ。
あの戦いの合い間に、エレナは受胎していた。
黒い羊の繁殖方法は、何も性行為に留まらない。
血液成分が混ざり合うだけでも、妊娠することがある。
「美鈴は本当にいい子だねえ」
はだけた乳房に吸いつき、無心で乳を飲み出した幼女を慈愛に満ちたまなざしで眺めながら、祖母が言った。
「顔もエレナにそっくりだし、きっと美人になるよ」
半分ぼけた祖母には、美鈴の異常性がわからない。
美鈴は、妊娠から一夜明けずに産まれて、わずか1か月で2歳児の姿まで成長したのだ。
黒い羊同士のDNAを持った彼女は、おそらくはエレナたち親の世代よりも更に上位の生命体なのだろう。
「私はおまえと食い合いをしたくないんだ」
美鈴をあやしながら、エレナはつぶやいた。
「だから、頼むから、黒い羊は封印しててくれないか」
それがどれほど勝手な願いかということぐらい、十分すぎるほど、わかっている。
人間と交わることで、自分に生まれた弱さの証だということも。
それでも、エレナは願わずにはいられないのだ。
祖母と美鈴と3人だけの、平穏で満ち足りた生活を・・・。
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