上 下
3 / 230
ACT1 邂逅

#3 リコ①

しおりを挟む
「はーい、いいよいいよ! じゃ、リコちゃん、次はこっちでM字開脚行こうか」
 カメラマンの言葉に、リコは面倒くさげにソファから身を起こした。
 ゆうべから始まった撮影は、日をまたいでまだ続いている。
 途中、短い休憩はあったものの、そのハードスケジュールにリコはかなり機嫌が悪い。
 1年前の自分だったら、こんなやつら、ぶっ飛ばしてるのに、と思う。
 でも、あの頃とは立場が違うのだ。
 何の資格も学歴もない自分には、もうこの道しか残されていない。
 かろうじて高校を卒業できることになった時、これからはまっとうに生きる。
 そう、ばあちゃんと約束した。
 そのばあちゃんは死んじゃったけど、約束はまだ生きている。
 これでも一応社会人一年目なのだ。
 大人になるんだよ、リコ。
 ばあちゃんの口癖が耳の奥によみがえる。
 わかってるって。
 長い髪を指でかき上げ、気を取り直す。
「もう少しだから、がんばって」
 そこへ耳打ちしてきたのは、アフロヘアの荒巻である。
 荒巻卓は、リコの事務所のマネージャーだ。
 年齢不詳、身長はリコの肩あたりまで。
 ちびでデブだが、オカマなので細かいところに気が利くし、余分な気を使う必要がない。
 だから外見を別にすれば、ばあちゃん亡き後、気難しいリコと唯一意思疎通が可能な人間であるといえた。
「いー加減、腹減っちゃってるんだよね」
 むすっとした表情で、リコは言った。
 立ち上がったリコは、部屋の中の誰よりも背が高い。
 身長が180センチ近くあり、脚がとてつもなく長いためだ。
 しなやかなストレートヘアに縁どられたアーモンド形の顔。
 切れ長の目に、通った鼻筋。
 ほっそりした首に続く胸は釣り鐘型に突き出し、腰は驚くほど細くくびれている。
 口さえ開かなければ、リコはまさに地上に降りた女神の化身だった。
 黄金比に支配された完璧なボディは、同業のライバルたちの誰と比べても遜色のない美しさだ。
 ただ、その割に売れていないのは、スタッフ受けしないその剣呑な性格のせいだった。
 元レディースだけに、喧嘩っ早くて気が強い。
 しかも人見知りで若干コミュ障の気があるため、仕事の依頼がなかなか来ないのである。
「リコちゃん、いい? このグラビアが人気を呼べば、ハワイでのDVD撮影も夢じゃないのよ? あなたもいつまでも、お尻だけとか、パンチラだけの撮影はいやでしょ? 堂々とその美しい顔を世間にさらして売れたいでしょ?」
 荒巻は痛いところをついてくる。
 そうなのだ。
 今のところ、リコの仕事のメインは、フェチ雑誌の特集記事を飾る下半身アイドル。
 あるいは顔の映らない下着モデルが専門だ。
 彫りが深く、日本人離れした顔立ちのリコは、客観的に見るとかなりの美女である。
 なのに顔があまり外に出ないのは、『目つきがキツすぎる』というクライアントからのクレームのせいだった。
 最初に雑誌のグラビアを飾った時、
 いくら身体が極上でも、あの目で睨まれると萎えてしまう。
 そんな批判がネット上に踊ったのが、雑誌社のグラビア担当の目にとまってしまったのだ。
 勝手にしろ、とリコは思う。
 この目つきは生まれつきなのだ。
 そのくらいで萎えるもやしチンポなんて、こっちから願下げだっつーの!
「準備はいいかな? さ、ベッドに上がっちゃって! ヘアはハミ出てないよね? あ、リコちゃんはもともとパイパンだから、言うまでもなかったか」
 好色そうに笑うカメラマンに促され、しぶしぶキングサイズのベッドに這い上がる。
 リコが今身に着けているのは、紐一本でできているような、極めて露出度の高い水着である。
 股をくぐった紐はへそのあたりで二股に分かれ、それぞれが乳首の上を通った後、いったん首の後ろで合流し、そのまま一筋の流れに戻ってまっすぐ背中を伝い下り、尻の割れ目に食い込んでいる。
 こんなもの、いったいどこに売っているのかと疑いたくなるほどの露出度の高さだった。
 これでM字開脚でもさせられた日には、確実に恥丘の一部が見えてしまうに違いない。
 陰毛がはみ出るより、リコにとってはそのほうがよっぽど嫌だった。
「クッションを腰の後ろに敷いて、そう、いいよ、いい感じ」
 ポーズをとるリコをファインダーに収めようと、カメラマンがベッドによじ登ってくる。
 思わず脚で蹴り落としたくなったが、なんとかぐっと我慢した。
 このカメラマンと仕事をするのは、これで確か二度目だった。
 撮影の後、必ずセクハラまがいのことを仕掛けてくるいやな中年男である。
「うん、じゃあ、今度はバックから撮ろうか。ベッドサイドにつかまって、犬みたいにお尻を高く持ち上げて」
 何度となくシャッターを切った後、カメラマンがまたしても別のポーズを要求してきた。
 それ、さっき窓のとこでやったじゃん。
 脚を元のように組み直し、リコがあからさまにむっとした表情をした時である。
『リコ、大変です』
 前頭葉あたりで、ふいに声がした。
『あ、イオ』
 リコの瞳が真ん中に寄る。
『怪獣反応を検知しました。ここから南東におよそ3キロメートル。栄町の中心部と推測されます』
「栄町?」
 つい、声に出してしまっていた。
「もろ繫華街じゃん、そりゃヤバい」
「え? 何がヤバいの? ひょっとして、水着があそこに食い込みすぎて、濡れてきちゃったとか?」
 ファインダーから顔を上げ、どスケベカメラマンが相好を崩す。
「ばーか、そんなんじゃねえよ」
 吐き捨てるように言うと、リコは軽い身のこなしでさっとベッドから飛び降りた。
「おっさん、わりい。ちょっくら用事、思い出した。うち、帰るから、あとは卓と話詰めといて」
 ハンガーから男物のトレンチコートをはずし、水着の上からひっかける。
「な、なんだと」
 青くなるカメラマン。
「お、おい、まだ撮影、終わってないんだぞ」
「もう何千枚と撮ったじゃねえか」
 三白眼で睨むリコ。
「そんなかから、てきとーに選べばいいんだよ。じゃ、またな」
 片手を上げ、ピンヒールを履き、廊下に出た。
 久々の怪獣退治か。
 わくわくしてきた。
 こっちのが、グラビア撮影よりずっと性に合っている。
 心の底から、つくづくそう思ったのだ。







しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:48,948pt お気に入り:1,771

愛する人に裏切られたようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35,031pt お気に入り:622

ドスケベ淫夢痴漢トレイン

BL / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:162

俺の愛娘(悪役令嬢)を陥れる者共に制裁を!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:31,824pt お気に入り:4,290

ノンケなのにアナニー好きな俺が恋をしたら

BL / 完結 24h.ポイント:198pt お気に入り:2,594

ばぶばぶ保育園 連載版

BL / 連載中 24h.ポイント:427pt お気に入り:64

処理中です...