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モンスター・クライアント⑤
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コンパクトは、丸い蓋の内側が小さな鏡になっている。
それを両手でつかみ、もどかしげに顔の前に持っていく骸骨男。
と、次の瞬間、掛布団に包まれたその痩せた身体が、ぎくりと硬直した。
異様に鉢の開いた禿げ頭の下で、くぼんだ眼窩からぎょろりとした眼球が徐々にせり出してくる。
由井颯太は、鏡を見つめたまま、凍りついていた。
「ああああーああああああーああああああああー」
その時になって初めて、乙都は、颯太が可聴域ぎりぎりのか細い悲鳴を上げていることに気づいた。
「由井さん、大丈夫ですか?」
我に返ると、急いでコンパクトを取り上げようとした。
が、颯太は蜘蛛の肢みたいに節くれ立った両手の指でプラスチックの小物をつかんだまま、いっこうに離そうとしない。
それどころか、指を引き剥がそうとしても、意外に力が強く、乙都の手には負えそうにない始末だった。
「こ、これが・・・ボク? 信じられない…これじゃ、まるで、化け物だ…」
泣きそうな声で、颯太がひとりごちた。
土気色をした薄い唇が、わなわな震えている。
ピンポン玉のような眼球は限界までせり上がり、今にも布団の上にこぼれ落ちそうだ。
「そんなはずない。そんな…。これは何かの間違いだ…いや、陰謀だ…そうだ、そうに決まってる…」
「現実を見てください」
コンパクトを取り上げるのを断念して、乙都は諭すような口調で語りかけた。
「間違いでも、陰謀でもありません。それが現在のあなたの姿なんですよ。なぜって、私にもその鏡に映る通りの姿で、由井さんが見えているのですから」
氷見子は、本当のことを知らせるべきだと言ったのだ。
ならば、今こそその時かもしれない。
乙都は、そう判断したのだった。
だが、その判断は、少し早急過ぎたのかもしれない。
颯太の手からぽとりとコンパクトが落ちた。
「ぐぐぐぐぐぐ・・・」
血走った目を見開いたまま、颯太がかぎ状に曲げた両手の指で、あばらの浮き出た胸を掻き毟り始めた。
「ぐはっ、ぐぶっ、あぐっ」
胎児のように丸くなり、颯太が激しく咳き込んだ。
「しっかりしてください!」
懸命に背中をさする乙都。
カテーテルで尿パットを連結し、紙オムツを穿いた颯太は、汗とアンモニアの混ざった匂いがする。
そのうちに、顔色がどんどん蒼ざめていき、やがて口から泡を吹き始めた。
ベッドサイドのモニター画面が赤く点滅を始め、アラームが鳴り出した。
まずい。
乙都は真っ青になった。
発作が収まらない。
昼食の時にと思って、薬はまだ持ってきていなかった。
由井颯太は心筋梗塞を起こしたばかりである。
ここでまた冠動脈を詰まらせたりしたら、間違いなく、今度こそおしまいだ。
指先が冷たくなってきた。
貧血を起こした時みたいに、視界が狭くなっている。
ナースコールを握りしめ、狂ったようにボタンを押すと、乙は金切り声で叫んだ。
「すみません! どなたか、早く、泰良先生を呼んできてくださいませんか!」
それを両手でつかみ、もどかしげに顔の前に持っていく骸骨男。
と、次の瞬間、掛布団に包まれたその痩せた身体が、ぎくりと硬直した。
異様に鉢の開いた禿げ頭の下で、くぼんだ眼窩からぎょろりとした眼球が徐々にせり出してくる。
由井颯太は、鏡を見つめたまま、凍りついていた。
「ああああーああああああーああああああああー」
その時になって初めて、乙都は、颯太が可聴域ぎりぎりのか細い悲鳴を上げていることに気づいた。
「由井さん、大丈夫ですか?」
我に返ると、急いでコンパクトを取り上げようとした。
が、颯太は蜘蛛の肢みたいに節くれ立った両手の指でプラスチックの小物をつかんだまま、いっこうに離そうとしない。
それどころか、指を引き剥がそうとしても、意外に力が強く、乙都の手には負えそうにない始末だった。
「こ、これが・・・ボク? 信じられない…これじゃ、まるで、化け物だ…」
泣きそうな声で、颯太がひとりごちた。
土気色をした薄い唇が、わなわな震えている。
ピンポン玉のような眼球は限界までせり上がり、今にも布団の上にこぼれ落ちそうだ。
「そんなはずない。そんな…。これは何かの間違いだ…いや、陰謀だ…そうだ、そうに決まってる…」
「現実を見てください」
コンパクトを取り上げるのを断念して、乙都は諭すような口調で語りかけた。
「間違いでも、陰謀でもありません。それが現在のあなたの姿なんですよ。なぜって、私にもその鏡に映る通りの姿で、由井さんが見えているのですから」
氷見子は、本当のことを知らせるべきだと言ったのだ。
ならば、今こそその時かもしれない。
乙都は、そう判断したのだった。
だが、その判断は、少し早急過ぎたのかもしれない。
颯太の手からぽとりとコンパクトが落ちた。
「ぐぐぐぐぐぐ・・・」
血走った目を見開いたまま、颯太がかぎ状に曲げた両手の指で、あばらの浮き出た胸を掻き毟り始めた。
「ぐはっ、ぐぶっ、あぐっ」
胎児のように丸くなり、颯太が激しく咳き込んだ。
「しっかりしてください!」
懸命に背中をさする乙都。
カテーテルで尿パットを連結し、紙オムツを穿いた颯太は、汗とアンモニアの混ざった匂いがする。
そのうちに、顔色がどんどん蒼ざめていき、やがて口から泡を吹き始めた。
ベッドサイドのモニター画面が赤く点滅を始め、アラームが鳴り出した。
まずい。
乙都は真っ青になった。
発作が収まらない。
昼食の時にと思って、薬はまだ持ってきていなかった。
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ここでまた冠動脈を詰まらせたりしたら、間違いなく、今度こそおしまいだ。
指先が冷たくなってきた。
貧血を起こした時みたいに、視界が狭くなっている。
ナースコールを握りしめ、狂ったようにボタンを押すと、乙は金切り声で叫んだ。
「すみません! どなたか、早く、泰良先生を呼んできてくださいませんか!」
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