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#1 ミッション
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「ちょっと、美咲、頼みたいことがあるんだけど」
ボロアパートの玄関を上がると、台所から母が言った。
きょうは仕事が休みらしく、珍しくエプロンをつけている。
「はあん? なあに?」
テーブルの上のミニトマトを口に放り込み、私は気のない返事をした。
どうせスーパーに行って卵を買ってこいだの、そんなことだろう。
この時間に行けば、黄色い札の張られた半額商品が見つかりやすいからだ。
私の名は山田美咲。
とある私立高校の2年生である。
正直言って、顔もスタイルも抜群だ。
言い寄ってくる男子を蹴散らすのがうざいほど。
でも、天は二物を与えずとはよく言ったもので、問題点は2つある。
ひとつは頭が超悪いこと。
中学校の時、
「女なんて、勉強していい大学行ってもしょうがないんじゃね? この国じゃ社会に出てもどうせ差別されるだけなんだからさ」
そうクラスの学級委員長に言われて以来、勉強する気が失せてしまったのだ。
勉強するより美貌とスタイルの維持に時間を使ったほうがいい。
中学2年生にして、早くもそう気づいたってわけ。
もう一つの問題点は、うちが母子家庭でド貧乏だということ。
酒乱でDVの父親は数年前、肝臓癌で無事死亡。
それ以来、私は母とこのキッチンのほかはふた間しかない築50年の安アパートで慎ましやかに暮らしている。
母は一応介護福祉士の職に就いているけど、福祉関係の仕事は激務の割に給料が安く、生活はかなりきつい。
だから私には、クラスのやつらみたいに高い服や化粧品を買うお金なんてまるでない。
まあ、もとがいいから、百円ショップのお化粧セットと横町の古着屋の服で十分間に合うんだけどさ。
友達はバイトしろとうるさく言うけど、去年の夏、コンビニでバイトした時、危うく店長に犯されそうになって懲りてしまった。
何か特殊なフェロモンでも出ているのか、ふつうにしていても私はよくセクハラ行為のターゲットになる。
その意味で、満員の地下鉄やバスは私にとって鬼門なのだ。
「でさ、何買ってくればいいんだよ」
ふたつめのミニトマトに手を伸ばした時、まな板の上でキャベツを切りながら母が答えた。
「買い物じゃないわよ。美咲にとってもちょっといい話。従兄の邦彦君って覚えてる? ほら、美咲のひとつ上の」
「クニヒコ…? ああ、あの教授の息子」
私はうなずいた。
早瀬邦彦といえは、確か母の兄のひとり息子の名前である。
小学校の頃、よく家に遊びに行った覚えがある。
気が小さくてガキ臭かったけど、私と違って頭脳は超優秀だった。
父親がどっかの大学の教授だから、まあ、当たり前と言えば、これはある意味当たり前の話なんだけど。
「あいつ、中学から東京の私立行ったんじゃなかったっけ? 偏差値70以上ある、超進学校」
「うん。それが向こうで色々あってね。去年からこっちに戻ってきてるらしいのよ」
「はあ? 戻ってきてるって、学校は?」
「高校部に進学してすぐ、やめちゃったんだって。つまり…彼は今…」
「なんだ、引きこもりかよ。しょーがねえな。邦彦のやつ」
言いにくそうな母に代わって、私は単刀直入に言った。
ざまあ見ろ。
そんな気持ちになったのも否定できない。
なんたって向こうは上流階級のおぼっちゃまなのだ。
しかも、私の通っている底辺高校は、偏差値で言えば、邦彦の通っていた学校の3分の一である。
けど、こうなると、はっきり言って、私の勝ち。
うははは、いい気味!
と思う反面、可哀想だな、と同情する優しい私もいた。
人を疑うことを知らない、邦彦のつぶらな瞳を思い出す。
あの頃、いじめっ子から、よく守ってやったものだ。
DV酒乱親父に鍛えられ、当時から私は喧嘩が強かったから。
「それでね、和夫兄さんが泣きついてきたの。美咲に定期的に家に来てもらって、邦彦の相手をしてやってくれないかって」
「和夫ってあの教授? 芥川龍之介激似のおっさん?」
すなわち、邦彦の父親というわけだ。
昔、何度か会ったけど、怖い外見の割に優しかった気がする。
「和夫兄さん、独り身でしょう? だからとても邦彦君の面倒見切れないんだって。ね、いいでしょ?」
「よくねーって」
私は呆れた。
「こうみえてもあたし、無茶忙しいし。青春真っただ中だし」
「嘘おっしゃい。部活もバイトもやめて、暇でしょうがないくせに。それに彼氏とも先週別れたんでしょ」
ぐさ。
さすが母上。観察が半端ない。
別れた彼氏というのは、ひとつ年上の他校の生徒である。
スポーツマンでかっこよかったんだけど、慣れてくると「セックスさせろ」の一点張りで、すぐ嫌になった。
ド派手に見えるが、実のところ、私の性経験はそれほどでもない。
バージンではないものの、セックスして気持ちいいと思ったことなんて、これまで一度もないのだ。
「そんなん関係ないだろ? それに、そいつのどこがいい話なんだよ?」
私はむくれた。
母のことはもちろん大好きだし、感謝もしてるけど、それとこれとは話が別だ。
「お小遣いくれるって」
私の眼を覗き込むようにして、母が言った。
「週1回で月10万円」
「まじ?」
私は固まった。
月10万?
週1回で?
えっと、待ってよ。
頭の中で苦手な計算をする必要もなかった。
これって、コンビニのバイトより、全然いいんじゃね?
その事実に気づいたのだ。
ボロアパートの玄関を上がると、台所から母が言った。
きょうは仕事が休みらしく、珍しくエプロンをつけている。
「はあん? なあに?」
テーブルの上のミニトマトを口に放り込み、私は気のない返事をした。
どうせスーパーに行って卵を買ってこいだの、そんなことだろう。
この時間に行けば、黄色い札の張られた半額商品が見つかりやすいからだ。
私の名は山田美咲。
とある私立高校の2年生である。
正直言って、顔もスタイルも抜群だ。
言い寄ってくる男子を蹴散らすのがうざいほど。
でも、天は二物を与えずとはよく言ったもので、問題点は2つある。
ひとつは頭が超悪いこと。
中学校の時、
「女なんて、勉強していい大学行ってもしょうがないんじゃね? この国じゃ社会に出てもどうせ差別されるだけなんだからさ」
そうクラスの学級委員長に言われて以来、勉強する気が失せてしまったのだ。
勉強するより美貌とスタイルの維持に時間を使ったほうがいい。
中学2年生にして、早くもそう気づいたってわけ。
もう一つの問題点は、うちが母子家庭でド貧乏だということ。
酒乱でDVの父親は数年前、肝臓癌で無事死亡。
それ以来、私は母とこのキッチンのほかはふた間しかない築50年の安アパートで慎ましやかに暮らしている。
母は一応介護福祉士の職に就いているけど、福祉関係の仕事は激務の割に給料が安く、生活はかなりきつい。
だから私には、クラスのやつらみたいに高い服や化粧品を買うお金なんてまるでない。
まあ、もとがいいから、百円ショップのお化粧セットと横町の古着屋の服で十分間に合うんだけどさ。
友達はバイトしろとうるさく言うけど、去年の夏、コンビニでバイトした時、危うく店長に犯されそうになって懲りてしまった。
何か特殊なフェロモンでも出ているのか、ふつうにしていても私はよくセクハラ行為のターゲットになる。
その意味で、満員の地下鉄やバスは私にとって鬼門なのだ。
「でさ、何買ってくればいいんだよ」
ふたつめのミニトマトに手を伸ばした時、まな板の上でキャベツを切りながら母が答えた。
「買い物じゃないわよ。美咲にとってもちょっといい話。従兄の邦彦君って覚えてる? ほら、美咲のひとつ上の」
「クニヒコ…? ああ、あの教授の息子」
私はうなずいた。
早瀬邦彦といえは、確か母の兄のひとり息子の名前である。
小学校の頃、よく家に遊びに行った覚えがある。
気が小さくてガキ臭かったけど、私と違って頭脳は超優秀だった。
父親がどっかの大学の教授だから、まあ、当たり前と言えば、これはある意味当たり前の話なんだけど。
「あいつ、中学から東京の私立行ったんじゃなかったっけ? 偏差値70以上ある、超進学校」
「うん。それが向こうで色々あってね。去年からこっちに戻ってきてるらしいのよ」
「はあ? 戻ってきてるって、学校は?」
「高校部に進学してすぐ、やめちゃったんだって。つまり…彼は今…」
「なんだ、引きこもりかよ。しょーがねえな。邦彦のやつ」
言いにくそうな母に代わって、私は単刀直入に言った。
ざまあ見ろ。
そんな気持ちになったのも否定できない。
なんたって向こうは上流階級のおぼっちゃまなのだ。
しかも、私の通っている底辺高校は、偏差値で言えば、邦彦の通っていた学校の3分の一である。
けど、こうなると、はっきり言って、私の勝ち。
うははは、いい気味!
と思う反面、可哀想だな、と同情する優しい私もいた。
人を疑うことを知らない、邦彦のつぶらな瞳を思い出す。
あの頃、いじめっ子から、よく守ってやったものだ。
DV酒乱親父に鍛えられ、当時から私は喧嘩が強かったから。
「それでね、和夫兄さんが泣きついてきたの。美咲に定期的に家に来てもらって、邦彦の相手をしてやってくれないかって」
「和夫ってあの教授? 芥川龍之介激似のおっさん?」
すなわち、邦彦の父親というわけだ。
昔、何度か会ったけど、怖い外見の割に優しかった気がする。
「和夫兄さん、独り身でしょう? だからとても邦彦君の面倒見切れないんだって。ね、いいでしょ?」
「よくねーって」
私は呆れた。
「こうみえてもあたし、無茶忙しいし。青春真っただ中だし」
「嘘おっしゃい。部活もバイトもやめて、暇でしょうがないくせに。それに彼氏とも先週別れたんでしょ」
ぐさ。
さすが母上。観察が半端ない。
別れた彼氏というのは、ひとつ年上の他校の生徒である。
スポーツマンでかっこよかったんだけど、慣れてくると「セックスさせろ」の一点張りで、すぐ嫌になった。
ド派手に見えるが、実のところ、私の性経験はそれほどでもない。
バージンではないものの、セックスして気持ちいいと思ったことなんて、これまで一度もないのだ。
「そんなん関係ないだろ? それに、そいつのどこがいい話なんだよ?」
私はむくれた。
母のことはもちろん大好きだし、感謝もしてるけど、それとこれとは話が別だ。
「お小遣いくれるって」
私の眼を覗き込むようにして、母が言った。
「週1回で月10万円」
「まじ?」
私は固まった。
月10万?
週1回で?
えっと、待ってよ。
頭の中で苦手な計算をする必要もなかった。
これって、コンビニのバイトより、全然いいんじゃね?
その事実に気づいたのだ。
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