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#26 捜索
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シンクの底には1センチほど、濁った水が溜まっていた。
何かの拍子で排水口にゴムのキャップがはまったせいで、水が完全に流れなくなっているのだ。
が、いくら目を凝らして見ても、無駄だった。
私の眼には、淀んだ黒い光なんて見えはしない。
だいたい、黒い光なんて、本当に存在するのだろうか。
ふと疑問を覚えた。
光が黒いなんて、概念自体が矛盾している気がするのだけれど。
「これでいい。後は、これと同じオーラをまとったやつを探せばいいだけだから」
よろよろと後ろ向きに通路から出て、健斗が言った。
「お兄ちゃんったら、まるで警察犬じゃね?」
今にも倒れそうな兄に肩を貸し、真帆が突っ込んだ。
「次に行くとしたら、人が集まる所かな。 たとえばスーパーや公園とか」
車に戻ると、瑠璃が提案した。
「案内するわ。健斗君は、通行人の様子もよく見てて」
「ああ、わかってる」
後部座席から、物憂げな健斗の声がした。
私の住むこの町は、さほど広くない。
ネットで調べてみると、約300世帯で人口はその倍ほどである。
国道と幹線道路、それと耕作地帯に挟まれたいびつな三角形をしている。
人の集まる商業施設はその2本の道路沿いに集中しているので、比較的楽に人間観察できそうだった。
町で一番大きなショッピングモールのの駐車場に車を停めて、中をつぶさに見て回った。
日曜日だけあって人出は多く、町の全住民が集まっていそうな賑わいだ。
が、ショッピングモールでは特に収穫もなく、いったん外に出て、幹線道路沿いに並ぶカラオケボックス、レストラン、映画館、喫茶店などを探索した。
2時間ほど歩いてみたけど、健斗の反応ははかばかしくなかった。
「グレーなのは何人かいたけど、あそこで見た残影とは違う」
車まで戻ると、憮然とした顔で説明した。
「じゃ、今度は国道のほう、行ってみるよ」
瑠璃が言い、車を出した。
なるべく路地をこまめに走ってもらい、国道に出る。
「おなか空いたあ」
真帆が悲鳴を上げたので、腕時計に目をやると、午後2時を過ぎていた。
「同感。よさげなお店あったら、人間観察も兼ねてお昼食べようか」
瑠璃の提案で、最初に見つけたレストランに入った。
八割ほど席は埋まっていたが、中をひと通り見回した健斗は、力なくかぶりを振った。
「いないな。あの暗黒のオーラは、遠くからでもすぐわかるんだけど」
食事を終え、探索の続きにかかった。
更に2時間歩き回ってみたものの、成果なし。
「やっぱり無理だったね」
レンタカーに戻ると、私は太いため息をついた。
「ごめんね。荒唐無稽な思いつきで、みんなを疲れさせちゃって」
「気にしなくてもいいよ、先生。真帆はそれなりに楽しかったし、久しぶりにお兄ちゃんにも会えたから」
真帆が取りなすように言うと、健斗もうなずいた。
「まあ、俺も、先生のおかげでちょうどいいリハビリができた気分だよ」
先生と呼ばれるのはくすぐったかったけど、ふたりの心遣いが私には何よりもうれしかった。
「じゃあ、きょうはこのへんで切り上げよう。あんまり遅くなると、真帆ちゃん、叱られちゃうだろうし」
瑠璃が言って、車を出した。
西の空が赤く染まり始めているので、それは妥当な判断だった。
「まず、安西さんをおうちまで送っていくね。その後真帆ちゃん、最後が健斗君で」
10分ほど走り、私のマンションが見えてきた頃である。
疲れて沈黙を保っていた健斗が、ふいに大声を出した。
「停めろ! 瑠璃!」
「どうしたの? 急に」
瑠璃が路肩に車を寄せて、バックミラーで後部座席を見た。
ミラーの中の健斗は、切れ長の眼を大きく見開いている。
「見つけた。あれだ」
そうしてゆっくり前方に手を伸ばし、ある一点を指さした。
何かの拍子で排水口にゴムのキャップがはまったせいで、水が完全に流れなくなっているのだ。
が、いくら目を凝らして見ても、無駄だった。
私の眼には、淀んだ黒い光なんて見えはしない。
だいたい、黒い光なんて、本当に存在するのだろうか。
ふと疑問を覚えた。
光が黒いなんて、概念自体が矛盾している気がするのだけれど。
「これでいい。後は、これと同じオーラをまとったやつを探せばいいだけだから」
よろよろと後ろ向きに通路から出て、健斗が言った。
「お兄ちゃんったら、まるで警察犬じゃね?」
今にも倒れそうな兄に肩を貸し、真帆が突っ込んだ。
「次に行くとしたら、人が集まる所かな。 たとえばスーパーや公園とか」
車に戻ると、瑠璃が提案した。
「案内するわ。健斗君は、通行人の様子もよく見てて」
「ああ、わかってる」
後部座席から、物憂げな健斗の声がした。
私の住むこの町は、さほど広くない。
ネットで調べてみると、約300世帯で人口はその倍ほどである。
国道と幹線道路、それと耕作地帯に挟まれたいびつな三角形をしている。
人の集まる商業施設はその2本の道路沿いに集中しているので、比較的楽に人間観察できそうだった。
町で一番大きなショッピングモールのの駐車場に車を停めて、中をつぶさに見て回った。
日曜日だけあって人出は多く、町の全住民が集まっていそうな賑わいだ。
が、ショッピングモールでは特に収穫もなく、いったん外に出て、幹線道路沿いに並ぶカラオケボックス、レストラン、映画館、喫茶店などを探索した。
2時間ほど歩いてみたけど、健斗の反応ははかばかしくなかった。
「グレーなのは何人かいたけど、あそこで見た残影とは違う」
車まで戻ると、憮然とした顔で説明した。
「じゃ、今度は国道のほう、行ってみるよ」
瑠璃が言い、車を出した。
なるべく路地をこまめに走ってもらい、国道に出る。
「おなか空いたあ」
真帆が悲鳴を上げたので、腕時計に目をやると、午後2時を過ぎていた。
「同感。よさげなお店あったら、人間観察も兼ねてお昼食べようか」
瑠璃の提案で、最初に見つけたレストランに入った。
八割ほど席は埋まっていたが、中をひと通り見回した健斗は、力なくかぶりを振った。
「いないな。あの暗黒のオーラは、遠くからでもすぐわかるんだけど」
食事を終え、探索の続きにかかった。
更に2時間歩き回ってみたものの、成果なし。
「やっぱり無理だったね」
レンタカーに戻ると、私は太いため息をついた。
「ごめんね。荒唐無稽な思いつきで、みんなを疲れさせちゃって」
「気にしなくてもいいよ、先生。真帆はそれなりに楽しかったし、久しぶりにお兄ちゃんにも会えたから」
真帆が取りなすように言うと、健斗もうなずいた。
「まあ、俺も、先生のおかげでちょうどいいリハビリができた気分だよ」
先生と呼ばれるのはくすぐったかったけど、ふたりの心遣いが私には何よりもうれしかった。
「じゃあ、きょうはこのへんで切り上げよう。あんまり遅くなると、真帆ちゃん、叱られちゃうだろうし」
瑠璃が言って、車を出した。
西の空が赤く染まり始めているので、それは妥当な判断だった。
「まず、安西さんをおうちまで送っていくね。その後真帆ちゃん、最後が健斗君で」
10分ほど走り、私のマンションが見えてきた頃である。
疲れて沈黙を保っていた健斗が、ふいに大声を出した。
「停めろ! 瑠璃!」
「どうしたの? 急に」
瑠璃が路肩に車を寄せて、バックミラーで後部座席を見た。
ミラーの中の健斗は、切れ長の眼を大きく見開いている。
「見つけた。あれだ」
そうしてゆっくり前方に手を伸ばし、ある一点を指さした。
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