地獄極楽仕留屋稼業 ~聚楽第異聞~

戸影絵麻

文字の大きさ
20 / 36

#20 異国からの依頼②

しおりを挟む
 風もないのに蝋燭の炎が揺れ、暗闇の中に仏像たちの歪んだ貌が浮かび上がる。
 弥勒菩薩に似たのもあれば、阿修羅像そっくりのものもある。
 地獄極楽寺の本堂は、残暑厳しい9月だというのに、墓場のようにうそ寒い。
 この廃寺、いったい宗派は何なのか、その方面に疎い夜叉姫にはわからない。
 林立する仏像たちも、正面の壁一面に描かれた地獄絵図のような曼陀羅も、いつ見てもひたすら気味が悪いと思うだけだ。
「集まってもらったのはほかでもない、ゆうべ、依頼があった」
 板の間にうずくまる夜叉姫、犬丸、撫佐の三人を順繰りに見まわして、静かな声で梟和尚が告げた。
 半眼に見開いた大きな目は、相変わらず何を考えているかわからない。
 心の中を見透かされるような気がして夜叉姫が首をすくめた時、壁が燐光を発して映像を映し出した。
 ひげ面の、顎の長い老人が、こちらを覗き込んでいる。
 ゆうべ助けた、ボルヘスとかいう伴天連の顔である。
 -関白は、ネロです。聚楽第は、魔性の宮殿、ドムス・アウレアの再来ですー
 苦しげな口調で、ボルヘスがしゃべり出した。
 低いが、流れるように達者な日本語だった。
 -お願いです。われら裏イエズスの代わりに、関白を討ち、聚楽第を滅してくださいー
 何か投げ込まれたのだろう。
 ふいに井戸の水面が激しく揺れ、ボルヘスの顔が奇妙な形に歪んだ。
「仕留め料は大判三枚」
 金属音が響き、三人の前に黄金のきらめきがこぼれ出た。
 夜叉姫はその輝きに目を奪われ、一瞬、身を固くした。
 ボルヘスが投げ込んだのが、これなのだ。
 いや、正確には、犬丸が投げ込ませたというべきか。
「依頼人は、聞かずの井戸を抱きかかえるようにして、絶命していた。あの刀傷で、よくまあ、ここまで来られたものだと思う」
 梟和尚の眼が、犬丸に、そして夜叉姫へと向けられる。
 ゆうべ、犬丸が瀕死の伴天連を寺まで連れて来たことが、和尚にバレたのだろうか。
 夜叉姫はますます縮こまる。
 でも、と思い直す。
 あの伴天連がすでに死んでいるなら、依頼人に顏を見られたからといって、責められる筋合いもないはずだ。
「関白の怨霊が辻斬りの下手人だという噂、気になって首塚を調べてみた。やはり、首はなかった」
 片隅の暗がりから、ぼそぼそと撫佐が報告した。
「聚楽第の跡…あの呪われた地では、いったい全体、何が起こっているというのだ?」
「わからぬ。ただ、気になることは、他にもある」
 カラン。
 乾いた音とともに、和尚の手元から何かが転げ出た。
「依頼人が金子と一緒に投げ込んだのだろう。こんなものが、井戸に浮いていた」
「なんだ?」
 それまで沈黙を保っていた犬丸が、初めて口を開いた。
「絵馬?」
 身を乗り出して、夜叉姫は言った。
「うちには、どこかの神社の絵馬に見えるけど…?」


 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...