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#20 異国からの依頼②

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 風もないのに蝋燭の炎が揺れ、暗闇の中に仏像たちの歪んだ貌が浮かび上がる。
 弥勒菩薩に似たのもあれば、阿修羅像そっくりのものもある。
 地獄極楽寺の本堂は、残暑厳しい9月だというのに、墓場のようにうそ寒い。
 この廃寺、いったい宗派は何なのか、その方面に疎い夜叉姫にはわからない。
 林立する仏像たちも、正面の壁一面に描かれた地獄絵図のような曼陀羅も、いつ見てもひたすら気味が悪いと思うだけだ。
「集まってもらったのはほかでもない、ゆうべ、依頼があった」
 板の間にうずくまる夜叉姫、犬丸、撫佐の三人を順繰りに見まわして、静かな声で梟和尚が告げた。
 半眼に見開いた大きな目は、相変わらず何を考えているかわからない。
 心の中を見透かされるような気がして夜叉姫が首をすくめた時、壁が燐光を発して映像を映し出した。
 ひげ面の、顎の長い老人が、こちらを覗き込んでいる。
 ゆうべ助けた、ボルヘスとかいう伴天連の顔である。
 -関白は、ネロです。聚楽第は、魔性の宮殿、ドムス・アウレアの再来ですー
 苦しげな口調で、ボルヘスがしゃべり出した。
 低いが、流れるように達者な日本語だった。
 -お願いです。われら裏イエズスの代わりに、関白を討ち、聚楽第を滅してくださいー
 何か投げ込まれたのだろう。
 ふいに井戸の水面が激しく揺れ、ボルヘスの顔が奇妙な形に歪んだ。
「仕留め料は大判三枚」
 金属音が響き、三人の前に黄金のきらめきがこぼれ出た。
 夜叉姫はその輝きに目を奪われ、一瞬、身を固くした。
 ボルヘスが投げ込んだのが、これなのだ。
 いや、正確には、犬丸が投げ込ませたというべきか。
「依頼人は、聞かずの井戸を抱きかかえるようにして、絶命していた。あの刀傷で、よくまあ、ここまで来られたものだと思う」
 梟和尚の眼が、犬丸に、そして夜叉姫へと向けられる。
 ゆうべ、犬丸が瀕死の伴天連を寺まで連れて来たことが、和尚にバレたのだろうか。
 夜叉姫はますます縮こまる。
 でも、と思い直す。
 あの伴天連がすでに死んでいるなら、依頼人に顏を見られたからといって、責められる筋合いもないはずだ。
「関白の怨霊が辻斬りの下手人だという噂、気になって首塚を調べてみた。やはり、首はなかった」
 片隅の暗がりから、ぼそぼそと撫佐が報告した。
「聚楽第の跡…あの呪われた地では、いったい全体、何が起こっているというのだ?」
「わからぬ。ただ、気になることは、他にもある」
 カラン。
 乾いた音とともに、和尚の手元から何かが転げ出た。
「依頼人が金子と一緒に投げ込んだのだろう。こんなものが、井戸に浮いていた」
「なんだ?」
 それまで沈黙を保っていた犬丸が、初めて口を開いた。
「絵馬?」
 身を乗り出して、夜叉姫は言った。
「うちには、どこかの神社の絵馬に見えるけど…?」


 
 
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