夜通しアンアン

戸影絵麻

文字の大きさ

大中小

40 / 249

第3章　阿修羅王

#1　アンアン、怒る

しおりを挟む

　パソコンの画面では、とんでもないシーンが展開されていた。

　場所はごく普通の家庭の台所。

　そこで、バストをむき出しにした若い母親が、下半身裸の自分の息子の息子をおいしそうに頬張っている。

　ヤラセだとわかってとはいても、高校生の僕には刺激が強すぎた。

　素直に反応し始めたわが息子に無意識理に手が伸びた時である。

「元気、あたしのブラジャー知らないか？」

　ふすまを勝手に開けて、ずかずかとアンアンが乱入してきた。
　
　うららかな日曜日の午後である。

　僕は慌ててモニター画面のスイッチをOFFにすると、背中でPCを庇うようにして後ろを振り向いた。

　きょうのアンアンは、白のタンクトップにジーンズ地のショートパンツ。

　夏らしいカジュアルな出で立ちだが、アンアンが着るとすべてがエロチックに見えてしまう。

　ショートパンツは小さすぎてなんだかビキニパンティみたいだし、だいたいあの胸はどうだ。

　なんでああもゆさゆさ揺れている？

「夕べ洗濯して物干しに干しといたんだが、一枚もないぞ。ひょっとしておまえ、持ってってないか？」

「なんで俺が」

　僕はむっとした。

　濡れ衣だ。

　確かに僕にも人並みに性欲はある。

　が、同居人の下着を盗むほどおちぶれてはいないつもりだ。

「大方、野良猫にでも取られたんだろう？」

　適当なことを言うと、さっそく切り返された。

「猫にブラジャーは用なしだと思うが」

「じゃあ、カラスとか。巣作りの材料に」

「ブラでつくったカラスの巣？　そんなものあるのか？」

「日本中探せばあるさ、ひとつくらい」

「まあいい。またイオンに行って買ってくることにしよう。ちょうど水着も欲しいと思っていた」

「水着？　スク水なら、この前買ったじゃないか」

「レジャー用に決まってる。もうすぐ夏休みだ。健全な恋人同士なら、海やプールに出かけるはずだろう？」

「誰が健全な恋人同士なんだ？」

「当然、あたしとおまえだ」

「俺たちの関係は、家主と同居人だ。勝手に決めつけるなよ」

　アンアンがやってきて、はや二週間。

　心が揺れ動かないと言ったら嘘になる。

　魔王の娘にしては、悪いやつじゃないことはわかっている。

　それどころか変にかわいいところもあるし、人間の女子たちと比べると、アンアンのほうが断然スレていない。

　ただ、彼女の背後には、三層構造の底知れぬ魔界と、残る4人の花婿候補、更には魔王まで控えているのだ。

　うっかり手など出そうものなら、僕の命など、それこそ風前の灯火に違いないのである。

「ふん、相変らずのツンデレだな」

　アンアンが鼻で笑った。

　そして何を思ったのか、僕を押しのけると、いきなりモニター画面のスイッチをONにした。

　瞬時にして映し出される、エロ動画。

　話は進み、今や母と息子は行為の真っ最中だ。

「それにしても、元気、これは何だ？」

　野生の猫のような眼で、アンアンがじろりとにらんできた。

「あ、いや、こいつは、その、一ノ瀬のやつが、面白いサイトがあるから見ろってうるさくって」

　僕はしどろもどろに言い訳した。

　嘘ではなかった。

　そもそもこの無料動画サイトは、おととい学校で、一ノ瀬が『いいもん見つけた』と教えてくれたものなのだ。

「ひとつ屋根の下に、あたしというものがありながら、なぜこんなものを見る？」

「だ、だって、それとこれとは話が…」

「こんな女よりあたしのほうがずっと若いし胸も大きいぞ。なのになぜだ？」

　切れ長の目が急角度につり上がっているところをみると、アンアンは、けっこうマジで怒っているようだ。

「わかったわかった」
　
　僕は降参した。

「二度と見ないから、勘弁してくれ。それより、ブラと水着買いにイオンに行こうぜ。腹も減ったし、アンアンの大好きなマック食べようじゃないか」

　

　

しおりを挟む