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第6章 アンアン魔界行
#2 ここほれ、アンアン①
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一ノ瀬の用件は、犬の仔が産まれたからもらってほしい、というものだった。
アンアンに告げると、
「ワンちゃんか。いいな」
と、すこぶる興味を示したので、僕らは自転車で出かけることにした。
自転車をこぐのはもちろんアンアンで、僕は荷台に乗るほうだ。
当然のことながら、このほうがその逆よりずっと速い。
何にせよ、アンアンが僕以外に、というか、セックス以外のことに興味を示すのは喜ぶべき事態だった。
幸い、元は民宿であるだけに、うちには狭いなりにも庭がある。
だから、子犬の一匹くらいなら飼えないこともない。
一ノ瀬の家は、いつかサマエルが住民ゾンビ化事件を起こした街にある。
あの事件で住民の3分の1が命を落としたらしいのだが、聖なる鎮守の森のすぐ近くに位置していたため、古代神道の結界に守られたのか、一ノ瀬宅は無事だったのだという。
ふつうなら30分かかるところを、アンアンのおかげで10分でついた。
途中、時速80キロは出ていたのではないかと思う。
その証拠に、一ノ瀬宅の前に到着した時、ママチャリの両輪からはゴムの焦げる匂いと煙が立ちのぼっていたほどだ。
「あ、アンアンと元気。よく来てくれた」
兼業農家である一ノ瀬の家は、古き良き時代の農村の、典型的純日本風住宅である。
前庭が広く、家の周囲をキャベツ畑が取り囲んでいる。
一ノ瀬が出てきたのは、玄関からではなく、母屋の縁側のほうからだった。
Tシャツにハーフズボン、頭には麦わら帽子をかぶっている。
「あのさ、俺の記憶違いかもしれないけど」
道中、僕の心には、ある重大な疑惑が生まれていた。
それを正すべく、僕は挨拶もそこそこに、まずたずねてみることにした。
「おまえんちの犬、太郎だったっけ? 太郎って、名前からしてオスだろう? なのにどうして子どもが産めるんだ?」
「いやあ、よく気づいたな」
一ノ瀬が、いたずらを見つけられた悪ガキみたいに頭を掻いた。
「確かにうちの太郎は柴犬のオスさ。でも、産んじまったものは仕方がない。まさか、腹に戻せともいえないしね」
「マジでオスが子犬を産んだ? あくまでおまえはそう言い張るわけだな?」
この一ノ瀬というやつ、けっこういい加減だ。
この前も、近くの森で琥珀の結晶を拾ったから見せてやるというので、アンアンとふたりはるばるでかけてきたら、それは高価な琥珀などではなく、単なるセミの幼虫だったという苦いいきさつがある。
「ああ。この目で見たんだから、間違いない。今朝がた、6時ごろだったかな。太郎があんまり鳴くんで犬小屋見に行ったらさ、なんと太郎のアナルから、子犬の頭が出てたんだよ」
「犬の場合はアナルっていうな。肛門と呼べ」
いちいち言うことが下ネタなのも、こいつの悪い癖だ。
「そんなのどうだっていいだろ? とにかく、それであわてて獣医んとこ連れてったら、無事に産まれたというわけだ」
「あり得るのか? そんなこと?」
僕らが言い合っていると、タンクトップにショーパン姿のアンアンが、Hカップの胸ごと割り込んできて、ドスの効いた声で言った。
「あたしは子犬が見たい。ワンちゃんはどこにいるんだ? 案内しろ」
そして数十秒後。
僕らは太郎の犬小屋の前に居た。
出産がよほどつらかったらしく、太郎はぐったりと横になっていて、身動き一つしない。
念のために股間を視認してみると、ちゃんと持つべきものはそろっていた。
やっぱりこいつ、雄なのだ。
「確かここにいるはず」
一ノ瀬が太郎をどかすと、小屋の奥から小さな四つ足の生き物が現われた。
その姿を一目見て、僕は思わず次の台詞を口走っていた。
「おい、これ、ほんとに犬なのかよ?」
そのとたんである。
アンアンがうれしそうな顔で叫んだのは。
「おー、ベイビー! この子、むっちゃかわいいじゃん!」
アンアンに告げると、
「ワンちゃんか。いいな」
と、すこぶる興味を示したので、僕らは自転車で出かけることにした。
自転車をこぐのはもちろんアンアンで、僕は荷台に乗るほうだ。
当然のことながら、このほうがその逆よりずっと速い。
何にせよ、アンアンが僕以外に、というか、セックス以外のことに興味を示すのは喜ぶべき事態だった。
幸い、元は民宿であるだけに、うちには狭いなりにも庭がある。
だから、子犬の一匹くらいなら飼えないこともない。
一ノ瀬の家は、いつかサマエルが住民ゾンビ化事件を起こした街にある。
あの事件で住民の3分の1が命を落としたらしいのだが、聖なる鎮守の森のすぐ近くに位置していたため、古代神道の結界に守られたのか、一ノ瀬宅は無事だったのだという。
ふつうなら30分かかるところを、アンアンのおかげで10分でついた。
途中、時速80キロは出ていたのではないかと思う。
その証拠に、一ノ瀬宅の前に到着した時、ママチャリの両輪からはゴムの焦げる匂いと煙が立ちのぼっていたほどだ。
「あ、アンアンと元気。よく来てくれた」
兼業農家である一ノ瀬の家は、古き良き時代の農村の、典型的純日本風住宅である。
前庭が広く、家の周囲をキャベツ畑が取り囲んでいる。
一ノ瀬が出てきたのは、玄関からではなく、母屋の縁側のほうからだった。
Tシャツにハーフズボン、頭には麦わら帽子をかぶっている。
「あのさ、俺の記憶違いかもしれないけど」
道中、僕の心には、ある重大な疑惑が生まれていた。
それを正すべく、僕は挨拶もそこそこに、まずたずねてみることにした。
「おまえんちの犬、太郎だったっけ? 太郎って、名前からしてオスだろう? なのにどうして子どもが産めるんだ?」
「いやあ、よく気づいたな」
一ノ瀬が、いたずらを見つけられた悪ガキみたいに頭を掻いた。
「確かにうちの太郎は柴犬のオスさ。でも、産んじまったものは仕方がない。まさか、腹に戻せともいえないしね」
「マジでオスが子犬を産んだ? あくまでおまえはそう言い張るわけだな?」
この一ノ瀬というやつ、けっこういい加減だ。
この前も、近くの森で琥珀の結晶を拾ったから見せてやるというので、アンアンとふたりはるばるでかけてきたら、それは高価な琥珀などではなく、単なるセミの幼虫だったという苦いいきさつがある。
「ああ。この目で見たんだから、間違いない。今朝がた、6時ごろだったかな。太郎があんまり鳴くんで犬小屋見に行ったらさ、なんと太郎のアナルから、子犬の頭が出てたんだよ」
「犬の場合はアナルっていうな。肛門と呼べ」
いちいち言うことが下ネタなのも、こいつの悪い癖だ。
「そんなのどうだっていいだろ? とにかく、それであわてて獣医んとこ連れてったら、無事に産まれたというわけだ」
「あり得るのか? そんなこと?」
僕らが言い合っていると、タンクトップにショーパン姿のアンアンが、Hカップの胸ごと割り込んできて、ドスの効いた声で言った。
「あたしは子犬が見たい。ワンちゃんはどこにいるんだ? 案内しろ」
そして数十秒後。
僕らは太郎の犬小屋の前に居た。
出産がよほどつらかったらしく、太郎はぐったりと横になっていて、身動き一つしない。
念のために股間を視認してみると、ちゃんと持つべきものはそろっていた。
やっぱりこいつ、雄なのだ。
「確かここにいるはず」
一ノ瀬が太郎をどかすと、小屋の奥から小さな四つ足の生き物が現われた。
その姿を一目見て、僕は思わず次の台詞を口走っていた。
「おい、これ、ほんとに犬なのかよ?」
そのとたんである。
アンアンがうれしそうな顔で叫んだのは。
「おー、ベイビー! この子、むっちゃかわいいじゃん!」
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