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#26
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流伽の言う通りだった。
バラックの建物と車の中から、よろめきながら人影が這い出てきていた。
全員、両腕を前に突き出し、足をひきずる典型的なゾンビウォークである。
人数は8人。
みんなSATの制服を着ているのが、悪い冗談みたいだ。
「あのひとたち、全員ゾンビになっちゃったんだね」
少し悲しそうに、翔ちゃんがつぶやいた。
「きのうまでは、あんなに元気だったのに」
「敵はゾンビ犬やゾンビではなく、新種の寄生虫なのです。蛞蝓だけでなく、ほかの生物にも潜伏していた可能性もあります。こんなところにキャンプを張って寝泊まりしていれば、いつか感染するに決まっています」
「ほかの生き物…」
私はいつか天草君に聞いた光るゴキブリの話を思い出した。
ゴキブリなんて、そこらじゅうにいる。
もし、そのコキたちも、新種ロイコに感染していたとしたら…。
大変だ。
なんとかしないと、この町だけじゃなく、世界中の人間がゾンビになってしまう。
それにはまず、私たちがこの危地を切り抜ける必要がある。
なんとか生き延びて、この緊急事態を世界に発信しなくてはならないのだ。
でも、いったいどうやって…。
「さて、どうしますか」
顎に手をやり、考え込む流伽。
その間も、ゾンビたちはじりじりと迫ってくる。
「気をつけろ。やつら、動きは鈍いけど、力はめっちゃ強い。いったん捕まったら、おしまいだぞ」
私たちの中で、唯一ゾンビと格闘したことのある由羅が言う。
「森だ」
聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいたのは、虎一郎氏だった。
「やっぱり、そう思います?」
流伽が目を輝かせて、芥川似の中年准教授を見た。
「あの匂い、きっとそうですよね?」
またしても謎めいた会話。
このふたり、何に気づいたというのだろう?
「さっき通った森まで行けば、たぶん大丈夫だ。やつらはそこから先は追ってこない」
「どうして?」
バットを構えた翔ちゃんが振り向いた。
「どうしてそんなことがいえるわけ?」
「これがあるからですよ」
流伽が、ついさっき拾った小石みたいなものを、一番近くに来ていたゾンビめがけて放り投げた。
山なりの軌道を描いて、黒い物体がゾンビの足元に落ちた。
と、気のせいか、ゾンビがほんの少し、怯んだように見えた。
目の前の物体を避けるように、方向を変え始めたのだ。
「ほら、やっぱり」
流伽が勝ち誇ったように言った。
「ならば話は早いです。ここは強行突破しかありません。広場を突っ切って、一気に森へ逃げ込むのです」
そうして彼女が雨合羽のポケットから取り出したのは、茶色い液体の入った霧吹きだ。
「私にはこのニコチンスプレーがあります。翔ちゃんと由羅は格闘系、絵麻も飛び道具を用意してきたはずですよね」
「飛び道具っていうほどのものじゃないんだけど…」
私はリュックから例の『お子様花火セット』を取り出した。
「それを教授と運転手君にも分けてあげてください。そうすれば、一応全員武装したことになります」
「こんな子供だましで、本当にうまくいくと思う?」
「うまくいかなければ、ここで全員死ぬだけです。まあ、誰かひとりが助かればいいってことで」
この生物部部長、ただのオタクかと思ってたけど、ずいぶん肝が据わっているようだ。
「私と由羅で道をつくるわ。ばらばらになるとかえって危ないから、みんな後をついてきて」
翔ちゃんは、今にも駆けださんばかりの勢いだ。
それに合わせて、ファイティング・ポーズを取った由羅が、軽やかにステップを踏む。
「おうとも、そうこなくっちゃ。翔子、いいか? 相手はゾンビだ。人間だと思うな。とにかく頭を狙え。脳を潰さない限り、ゾンビの動きを止められないからな」
「だね。スイカ割りだと思って頑張るよ」
意外にこのふたり、気が合いそうである。
「くれぐれも無茶するな。危なくなったら、逃げるんだ。その間に私は警察に通報しておく。助けが来るまで、なんとか持ちこたえよう」
グワアアアッ!
虎一郎氏がスマホを耳に当てた時、最初の一団が襲いかかってきた。
バラックの建物と車の中から、よろめきながら人影が這い出てきていた。
全員、両腕を前に突き出し、足をひきずる典型的なゾンビウォークである。
人数は8人。
みんなSATの制服を着ているのが、悪い冗談みたいだ。
「あのひとたち、全員ゾンビになっちゃったんだね」
少し悲しそうに、翔ちゃんがつぶやいた。
「きのうまでは、あんなに元気だったのに」
「敵はゾンビ犬やゾンビではなく、新種の寄生虫なのです。蛞蝓だけでなく、ほかの生物にも潜伏していた可能性もあります。こんなところにキャンプを張って寝泊まりしていれば、いつか感染するに決まっています」
「ほかの生き物…」
私はいつか天草君に聞いた光るゴキブリの話を思い出した。
ゴキブリなんて、そこらじゅうにいる。
もし、そのコキたちも、新種ロイコに感染していたとしたら…。
大変だ。
なんとかしないと、この町だけじゃなく、世界中の人間がゾンビになってしまう。
それにはまず、私たちがこの危地を切り抜ける必要がある。
なんとか生き延びて、この緊急事態を世界に発信しなくてはならないのだ。
でも、いったいどうやって…。
「さて、どうしますか」
顎に手をやり、考え込む流伽。
その間も、ゾンビたちはじりじりと迫ってくる。
「気をつけろ。やつら、動きは鈍いけど、力はめっちゃ強い。いったん捕まったら、おしまいだぞ」
私たちの中で、唯一ゾンビと格闘したことのある由羅が言う。
「森だ」
聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいたのは、虎一郎氏だった。
「やっぱり、そう思います?」
流伽が目を輝かせて、芥川似の中年准教授を見た。
「あの匂い、きっとそうですよね?」
またしても謎めいた会話。
このふたり、何に気づいたというのだろう?
「さっき通った森まで行けば、たぶん大丈夫だ。やつらはそこから先は追ってこない」
「どうして?」
バットを構えた翔ちゃんが振り向いた。
「どうしてそんなことがいえるわけ?」
「これがあるからですよ」
流伽が、ついさっき拾った小石みたいなものを、一番近くに来ていたゾンビめがけて放り投げた。
山なりの軌道を描いて、黒い物体がゾンビの足元に落ちた。
と、気のせいか、ゾンビがほんの少し、怯んだように見えた。
目の前の物体を避けるように、方向を変え始めたのだ。
「ほら、やっぱり」
流伽が勝ち誇ったように言った。
「ならば話は早いです。ここは強行突破しかありません。広場を突っ切って、一気に森へ逃げ込むのです」
そうして彼女が雨合羽のポケットから取り出したのは、茶色い液体の入った霧吹きだ。
「私にはこのニコチンスプレーがあります。翔ちゃんと由羅は格闘系、絵麻も飛び道具を用意してきたはずですよね」
「飛び道具っていうほどのものじゃないんだけど…」
私はリュックから例の『お子様花火セット』を取り出した。
「それを教授と運転手君にも分けてあげてください。そうすれば、一応全員武装したことになります」
「こんな子供だましで、本当にうまくいくと思う?」
「うまくいかなければ、ここで全員死ぬだけです。まあ、誰かひとりが助かればいいってことで」
この生物部部長、ただのオタクかと思ってたけど、ずいぶん肝が据わっているようだ。
「私と由羅で道をつくるわ。ばらばらになるとかえって危ないから、みんな後をついてきて」
翔ちゃんは、今にも駆けださんばかりの勢いだ。
それに合わせて、ファイティング・ポーズを取った由羅が、軽やかにステップを踏む。
「おうとも、そうこなくっちゃ。翔子、いいか? 相手はゾンビだ。人間だと思うな。とにかく頭を狙え。脳を潰さない限り、ゾンビの動きを止められないからな」
「だね。スイカ割りだと思って頑張るよ」
意外にこのふたり、気が合いそうである。
「くれぐれも無茶するな。危なくなったら、逃げるんだ。その間に私は警察に通報しておく。助けが来るまで、なんとか持ちこたえよう」
グワアアアッ!
虎一郎氏がスマホを耳に当てた時、最初の一団が襲いかかってきた。
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