サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第5章 百合はまだ世界を知らない

#40 対決⑥

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 零の鋭い叱責に、摩耶が雷に打たれたように凍りつく。
 零の着物に開いた無数の眼。
 この”百目”ににらまれた者は、一時的に神経がマヒしてしまう。
 ちょうど、今の摩耶がそうだった。
 彫像と化してしまったかのように、目を見開いて零を見つめている。
 杏里はその摩耶から、10メートルほど先の地面に視線を向けた。
 梢を揺らして落ちてきたものが、そこにうずくまっていた。
 暗くて細部まではよく見えない。
 だが、こんな生き物は初めてだ、と思った。
 本体は大人のこぶしほどの肉の塊である。
 4本の、足とも触手ともつかないものが、その肉塊から放射状に生えている。
 キキキキ。
 生き物の中央に、亀裂が走った。
 唇のようにめくれあがった皮膚の下から現れたのは、むき出しの歯茎と乱杭歯だ。
 鋭い牙ではなく、人間の歯とそっくりなところがいかにも不気味だった。
「こ、これは…何?」
 杏里はあえいだ。
 過呼吸に陥った時のように、息が苦しかった。
 この化け物が、宮原愛花の体内に寄生して、内臓を食い荒らした張本人だとでもいうのだろうか。
 零の言葉の意味が、少しずつわかってきた。
 摩耶は、愛花の内臓を喰いつくして体外に飛び出したこの化け物を、回収しに来たのだ。
 静香の時と同じように。
 でも、いったい、なぜ?
 キキキキ。
 歯ぎしりのような音を立てながら、化け物が動き始めた。
 歯茎をむき出しにした口の上に、細い糸みたいなスリットがふたつある。
 その奥でせわしなく動いているのは、ひょっとして眼球だろうか。
 と、麻痺が解けたのか、だしぬけに化け物が跳躍した。
 予想外の素早さだった。
 4本の触手で地面を蹴って、ジグザグに突進し始めたのだ。
「くっ!」
 零が横っ飛びによけながら、右手を大きく打ち振った。
 手から放たれた苦無が、たて続けに大地に突き刺さる。
 だが、化け物の敏捷さのほうが勝っていた。
 零の飛び道具をかいくぐり、気味の悪い口を開けて杏里に迫ってくるのだ。
 化け物の狙いは、零ではなく、明らかに杏里だった。
 草むらに尻もちをついたまま、杏里は呆然と迫りくる脅威を見上げた。
 時間の流れが急に遅くなり、すべてがスローモーション撮影に変わったかのようだった。
 ピンク色の歯茎の隙間に、血と肉片をこびりつかせた乱杭歯が、杏里を飲み込まんばかりに大きくなる。
「杏里!」
 その向こうで零が叫び、こちらに向けて右手を伸ばす。
 もうだめ!
 反射的に目をつぶりかけた、その瞬間だった。
 こっちに向けて開いた零の手のひらから、急激に何か黒いものが膨れ上がった。
 漆黒の靄の塊が、みるみるうちに空中で巨大な獣の頭部に変身する。
「モウ! 行け!」
 零が命じた。
 頭部だけの獣が動いた。
 今にも杏里に飛びかかろうとしていた化け物に接近すると、横ざまにその本体を噛み砕いたのだ!
 実体を取り戻したモウが、獲物を顎にくわえたまま、ふわりと音もなく地面に着地する。
 その瞬間、
「パパ!」
 摩耶が絶叫した。
 え。
 杏里は一瞬、己の耳を疑った。
 パパ…?
 失禁寸前の恐怖の中で、呆然とその台詞を反芻する。
 何なの? これ。
 いったい全体、何が、どうなってるの?
 

 
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