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第4章 百合と外道と疾走するウロボロス
#9 杏里、説得する
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タクシーを飛ばして急ぎ照和署に駆けつけると、捜査一課のフロアには、韮崎と三上だけが顔をそろえていた。
「ったく、勝手に早退したかと思ったら、急に電話かけてよこしやがって、笹原、こりゃあいったい何のつもりだ?」
韮崎はかなりおかんむりのようだった。
署内は原則、喫煙室以外は禁煙なのに、煙突のように煙草を吹かしている。
「す、すみません。急に体調が悪くなっちゃったものですから。でも、もう大丈夫です」
息を切らせながら、杏里は詫びた。
とにかく時間がないのだ。
ここで韮崎の説教をくらっている暇はない。
「あ、あの、ところで、高山先輩たちは?」
「他のメンバーは、本部の刑事と組んで聞き込みの真っ最中だよ。俺と三上だけ、偶然手が空いたんで来てやったんだ。ありがたく思え」
ふたりで大丈夫だろうか。
杏里は少し心配になった。
でも、誰もいないよりははるかにマシ。
そう思い直すことにして、早速要件を切り出した。
「私、思いついちゃったんです。すごく重大なこと」
「重大なこと? また炬燵に食べられそうになったとか、そんなとんでもないこと言い出すんじゃないだろうな?」
茶々を入れてくる韮崎を、三上が制した。
「あ、でも、杏里ちゃんの意見って、案外貴重だと思いますよ。炬燵事件は実際その通りだったわけですし、彼女の勘はなかなかバカにならないと思うんですが」
「あ、ありがとうございます」
地獄に仏とはこのことだ。
杏里は危うく涙ぐみそうになって、頭を下げた。
零と出会ってなかったら、私、きっと今頃三上さんにほれてるな。
ふとそんな余計なことを考えた。
「まあいい。わかったから説明してみろ。なんだ、その大事な事ってのは」
面倒くさげに韮崎が言う。
杏里はホワイトボードの前に立つと、大きな楕円を描いてみせた。
「これが、地下鉄環状線です。そして、ここに、事件現場付近の駅名を書き入れてみます。第1の被害者、神崎美穂が、中区の上前津駅。第2の被害者、小山里美が、北区の大曽根駅。第3の被害者佐々木涼子が、照和区の八事駅。第4の被害者、森田美幸が、南区の新瑞橋駅。そうすると、こんな感じになります」
「それはもう今朝の会議で見たじゃねえか。確かにおまえの発見ってのは認めるが、まさか重大な事って、それじゃねえだろうな」
「違います。この続きです。いいですか。これは地下鉄環状線をベースにした、途方もなく大きな魔法陣だったんです。4人の妊婦と赤ちゃんは、魔法陣を創り出すための呪物なんです。強力な残留思念を発生させて、その上死体の間で乳房をリレーすることで、4つの点の間に霊的な流れをつくり出す。そして、中心部に第5の点を取り、そこと円周上の4点を霊的な流れで結べば、魔法陣が作動する。おそらくそういう仕組みになってるんだと思います」
「はああ?」
勢い込んで一気にしゃべったものの、韮崎の反応は芳しくなかった。
「魔法陣? 呪物? 残留思念? おまえ、何のこと言ってるんだ? 昼寝して悪い夢でもみたんじゃねえのか?」
「うーん、さすがの僕にもすぐにはついていけないが」
頼みの三上もかなり困惑しているようである。
無理もない。
杏里とて、零の受け売りをしゃべっているだけなのだ。
説得力がないのは、自分自身、この仮説に確信が持てていないせいに違いない。
残留思念云々というのは杏里の後付けだが、後は零の話してくれた内容をそのままなぞったにすぎなかった。
でも、と思う。
もしこれが正しいとしたら、大変なことになる。
何かはわからないが、とてもひどいことが起きそうな予感がする。
最低でも、あとひとり犠牲者が出る。
それだけは、なんとしてでも避けねばならないのだ。
「まあ、仮にそれが杏里ちゃんの言うように魔法陣だとしよう。胎児たちをジューサーで挽いてトイレに流したのは、怨念を強めるため、被害者たちの乳房を切り取ってリレーしたのは、4つの現場を霊的な流れとやらで関連づけて、一本の線で結ぶため、ということなんだよね。でも、その第5の点というのは何なんだい? まさかもう一つ、そこで同様の殺人事件が起きるとでも?」
「そうなんです。まさにその通りです!」
思わず杏里は叫んでいた。
さすが三上。
納得はしていないようだが、呑み込みは早い。
「おそらく犯人は、魔法陣を作動させるために、今日中にもう一つ、事件を起こすに違いありません。その場所もわかっています。だから、私たち3人で、なんとかしてそれを止めなければなりません。事は、急を要するんです」
「何だと? 場所もわかってる? どこなんだよ、それは」
韮崎がようやく話に食いついてきた。
「ここです。うちの管内の、地下鉄御所駅付近。他の例から考えて、たぶんこの駅から半径1キロ以内に次の被害者の住居があるものと思われます」
杏里は4つの点を結んだ線の交わる位置を指さした。
スマホで確かめたように、ここは東西南北の地下鉄の路線の交点でもある。
「霊的な流れの件はどうなんだい? 乳房のリレーは完結しているから、5つ目の点に運ぶ乳房はもう存在しないはずだよね? 君の説が正しければ、円周上の4点と中心を結ばなければ、魔法陣は作動しないんじゃないかな」
「そ、それは…」
杏里は言葉に詰まった。
三上は鋭かった。
そこまでは零に聞いていない。
ん~、どうなんだろう。
困ったことになっちゃった…。
と、その時だった。
「なあるほどねえ」
異様に艶っぽい声がガランとしたフロアに響いたかと思うと、入口脇の柱の陰からふらりと白衣の女性が姿を現した。
「ヤチカさん…」
目を丸くする杏里。
その杏里に、ヤチカが言った。
「今の仮説、聞かせてもらったわ。なかなか面白かった。ていうか、けっこう当たってると思う。なんなら、その最後のところ、あたしから説明してあげようか?」
「ったく、勝手に早退したかと思ったら、急に電話かけてよこしやがって、笹原、こりゃあいったい何のつもりだ?」
韮崎はかなりおかんむりのようだった。
署内は原則、喫煙室以外は禁煙なのに、煙突のように煙草を吹かしている。
「す、すみません。急に体調が悪くなっちゃったものですから。でも、もう大丈夫です」
息を切らせながら、杏里は詫びた。
とにかく時間がないのだ。
ここで韮崎の説教をくらっている暇はない。
「あ、あの、ところで、高山先輩たちは?」
「他のメンバーは、本部の刑事と組んで聞き込みの真っ最中だよ。俺と三上だけ、偶然手が空いたんで来てやったんだ。ありがたく思え」
ふたりで大丈夫だろうか。
杏里は少し心配になった。
でも、誰もいないよりははるかにマシ。
そう思い直すことにして、早速要件を切り出した。
「私、思いついちゃったんです。すごく重大なこと」
「重大なこと? また炬燵に食べられそうになったとか、そんなとんでもないこと言い出すんじゃないだろうな?」
茶々を入れてくる韮崎を、三上が制した。
「あ、でも、杏里ちゃんの意見って、案外貴重だと思いますよ。炬燵事件は実際その通りだったわけですし、彼女の勘はなかなかバカにならないと思うんですが」
「あ、ありがとうございます」
地獄に仏とはこのことだ。
杏里は危うく涙ぐみそうになって、頭を下げた。
零と出会ってなかったら、私、きっと今頃三上さんにほれてるな。
ふとそんな余計なことを考えた。
「まあいい。わかったから説明してみろ。なんだ、その大事な事ってのは」
面倒くさげに韮崎が言う。
杏里はホワイトボードの前に立つと、大きな楕円を描いてみせた。
「これが、地下鉄環状線です。そして、ここに、事件現場付近の駅名を書き入れてみます。第1の被害者、神崎美穂が、中区の上前津駅。第2の被害者、小山里美が、北区の大曽根駅。第3の被害者佐々木涼子が、照和区の八事駅。第4の被害者、森田美幸が、南区の新瑞橋駅。そうすると、こんな感じになります」
「それはもう今朝の会議で見たじゃねえか。確かにおまえの発見ってのは認めるが、まさか重大な事って、それじゃねえだろうな」
「違います。この続きです。いいですか。これは地下鉄環状線をベースにした、途方もなく大きな魔法陣だったんです。4人の妊婦と赤ちゃんは、魔法陣を創り出すための呪物なんです。強力な残留思念を発生させて、その上死体の間で乳房をリレーすることで、4つの点の間に霊的な流れをつくり出す。そして、中心部に第5の点を取り、そこと円周上の4点を霊的な流れで結べば、魔法陣が作動する。おそらくそういう仕組みになってるんだと思います」
「はああ?」
勢い込んで一気にしゃべったものの、韮崎の反応は芳しくなかった。
「魔法陣? 呪物? 残留思念? おまえ、何のこと言ってるんだ? 昼寝して悪い夢でもみたんじゃねえのか?」
「うーん、さすがの僕にもすぐにはついていけないが」
頼みの三上もかなり困惑しているようである。
無理もない。
杏里とて、零の受け売りをしゃべっているだけなのだ。
説得力がないのは、自分自身、この仮説に確信が持てていないせいに違いない。
残留思念云々というのは杏里の後付けだが、後は零の話してくれた内容をそのままなぞったにすぎなかった。
でも、と思う。
もしこれが正しいとしたら、大変なことになる。
何かはわからないが、とてもひどいことが起きそうな予感がする。
最低でも、あとひとり犠牲者が出る。
それだけは、なんとしてでも避けねばならないのだ。
「まあ、仮にそれが杏里ちゃんの言うように魔法陣だとしよう。胎児たちをジューサーで挽いてトイレに流したのは、怨念を強めるため、被害者たちの乳房を切り取ってリレーしたのは、4つの現場を霊的な流れとやらで関連づけて、一本の線で結ぶため、ということなんだよね。でも、その第5の点というのは何なんだい? まさかもう一つ、そこで同様の殺人事件が起きるとでも?」
「そうなんです。まさにその通りです!」
思わず杏里は叫んでいた。
さすが三上。
納得はしていないようだが、呑み込みは早い。
「おそらく犯人は、魔法陣を作動させるために、今日中にもう一つ、事件を起こすに違いありません。その場所もわかっています。だから、私たち3人で、なんとかしてそれを止めなければなりません。事は、急を要するんです」
「何だと? 場所もわかってる? どこなんだよ、それは」
韮崎がようやく話に食いついてきた。
「ここです。うちの管内の、地下鉄御所駅付近。他の例から考えて、たぶんこの駅から半径1キロ以内に次の被害者の住居があるものと思われます」
杏里は4つの点を結んだ線の交わる位置を指さした。
スマホで確かめたように、ここは東西南北の地下鉄の路線の交点でもある。
「霊的な流れの件はどうなんだい? 乳房のリレーは完結しているから、5つ目の点に運ぶ乳房はもう存在しないはずだよね? 君の説が正しければ、円周上の4点と中心を結ばなければ、魔法陣は作動しないんじゃないかな」
「そ、それは…」
杏里は言葉に詰まった。
三上は鋭かった。
そこまでは零に聞いていない。
ん~、どうなんだろう。
困ったことになっちゃった…。
と、その時だった。
「なあるほどねえ」
異様に艶っぽい声がガランとしたフロアに響いたかと思うと、入口脇の柱の陰からふらりと白衣の女性が姿を現した。
「ヤチカさん…」
目を丸くする杏里。
その杏里に、ヤチカが言った。
「今の仮説、聞かせてもらったわ。なかなか面白かった。ていうか、けっこう当たってると思う。なんなら、その最後のところ、あたしから説明してあげようか?」
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