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第5章 百合はまだ世界を知らない
#2 杏里と惨殺死体
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いかにも新築らしい、清潔感溢れる住宅だった。
1階は仕切りのない広い居間で、豪華なソファがテーブルを囲み、奥にはキッチンとカウンターが見えている。
玄関から中に上がった杏里たちを待ち受けていたのは、白衣姿の細身の女性だった。
「管内で起きた事件だっていうのに、ずいぶんごゆっくりだこと」
吹き抜けの2階への階段の手すり越しに身を乗り出して、七尾ヤチカがそう声をかけてきた。
ヤチカは科捜研の研究員。
よく鑑識と行動をともにして、事件現場にやってくる。
「しょうがねえだろ。いつもの伝で、電話しても、笹原がなかなか起きてこねえんだから」
韮崎に横目で睨まれ、杏里は赤くなった。
だって、こっちこそ、しょうがないじゃない。
あの時は、零の”お食事”の最中だったんだから。
月齢が低いこの時期、杏里の同居人の黒野零は、毎日のように血を欲しがる。
特に、苦手な冬は尚更だ。
だから杏里は、実のところ、今も若干貧血ぎみだった。
「で、どうなんだ? 仏さんの様子は?」
韮崎の問いに、
「先入観は禁物だから、まずは自分たちの眼で見てきて。その後で、あたしの感想、教えてあげるから。あ、でも、相当アレだから、ひょっとして、高山君は見ない方がいいかもね」
2階のほうを立てた親指で指し示し、ヤチカがクールな口調で答えた。
カーペットの敷かれた階段を2階に上がると、通路に面していくつか扉があった。
開いているのは左手の突き当りのドアである。
「ぐう」
高山が踏んづけられた蛙みたいな声を上げて口を押えたのは、今度こそ本当に血の匂いが漂ってきたからだ。
「足元に気をつけろ。カーペットに足跡が残されているかもしれん」
手袋を嵌めながら、韮崎が言う。
抜き足差し足で歩いていると、
「うわ、なんだ、これは」
一足先に入り口にたどりついた三上が、部屋の中をのぞくなり、低い唸り声を上げた。
「どうした?」
と韮崎。
「あう」
韮崎に続いて部屋に足を踏み入れた杏里は、そこで棒を呑んだように立ちすくんだ。
まず、視界に飛び込んできたのは、血まみれの床だ。
ベッドからしたたり落ちる鮮血が、床に大きな血の海をつくっている。
そして、新品同様のダブルベッドの上に、それが横たわっていた。
血にまみれた女性の裸体だった。
解剖された直後のように腹が裂け、そこからどぼどぼと血があふれ出している。
「死にたてのほやほやって感じだな」
一同、合掌を済ませると、韮崎が開口一番、そんな罰当たりな台詞を吐いた。
バタバタっと足音がしたのは、トイレを探して飛び出していった高山のものに違いない。
「うーん、ニラさん、これ、ふつうじゃないですよ。見てください」
三上の手招きに、韮崎の後から杏里も死体に近寄った。
「僕の気のせいならいいのですが…体の中に、内臓がひとつもない」
「馬鹿野郎。そんなわけ…」
韮崎の罵声が途中でフェイドアウトしたのは、三上の言葉の正しさを己の眼で確かめたからだろう。
「ええ、おっしゃる通りです」
まだ残って、指紋の検出に当たっていた鑑識課員が、ベッドの脇から顔を上げ、三上をフォローした。
「詳しくは司法解剖を待たねばなりませんが、腹腔内も胸腔内も空っぽです。肺も心臓も肝臓も腸もない」
「笹原、こりゃあ、いったい、どういうことだ?」
杏里を振り返って、韮崎が真顔でたずねてきた。
「また、誰かが持ち去ったとでもいうのか? 確かおまえ、こういうの、強かったよな?」
1階は仕切りのない広い居間で、豪華なソファがテーブルを囲み、奥にはキッチンとカウンターが見えている。
玄関から中に上がった杏里たちを待ち受けていたのは、白衣姿の細身の女性だった。
「管内で起きた事件だっていうのに、ずいぶんごゆっくりだこと」
吹き抜けの2階への階段の手すり越しに身を乗り出して、七尾ヤチカがそう声をかけてきた。
ヤチカは科捜研の研究員。
よく鑑識と行動をともにして、事件現場にやってくる。
「しょうがねえだろ。いつもの伝で、電話しても、笹原がなかなか起きてこねえんだから」
韮崎に横目で睨まれ、杏里は赤くなった。
だって、こっちこそ、しょうがないじゃない。
あの時は、零の”お食事”の最中だったんだから。
月齢が低いこの時期、杏里の同居人の黒野零は、毎日のように血を欲しがる。
特に、苦手な冬は尚更だ。
だから杏里は、実のところ、今も若干貧血ぎみだった。
「で、どうなんだ? 仏さんの様子は?」
韮崎の問いに、
「先入観は禁物だから、まずは自分たちの眼で見てきて。その後で、あたしの感想、教えてあげるから。あ、でも、相当アレだから、ひょっとして、高山君は見ない方がいいかもね」
2階のほうを立てた親指で指し示し、ヤチカがクールな口調で答えた。
カーペットの敷かれた階段を2階に上がると、通路に面していくつか扉があった。
開いているのは左手の突き当りのドアである。
「ぐう」
高山が踏んづけられた蛙みたいな声を上げて口を押えたのは、今度こそ本当に血の匂いが漂ってきたからだ。
「足元に気をつけろ。カーペットに足跡が残されているかもしれん」
手袋を嵌めながら、韮崎が言う。
抜き足差し足で歩いていると、
「うわ、なんだ、これは」
一足先に入り口にたどりついた三上が、部屋の中をのぞくなり、低い唸り声を上げた。
「どうした?」
と韮崎。
「あう」
韮崎に続いて部屋に足を踏み入れた杏里は、そこで棒を呑んだように立ちすくんだ。
まず、視界に飛び込んできたのは、血まみれの床だ。
ベッドからしたたり落ちる鮮血が、床に大きな血の海をつくっている。
そして、新品同様のダブルベッドの上に、それが横たわっていた。
血にまみれた女性の裸体だった。
解剖された直後のように腹が裂け、そこからどぼどぼと血があふれ出している。
「死にたてのほやほやって感じだな」
一同、合掌を済ませると、韮崎が開口一番、そんな罰当たりな台詞を吐いた。
バタバタっと足音がしたのは、トイレを探して飛び出していった高山のものに違いない。
「うーん、ニラさん、これ、ふつうじゃないですよ。見てください」
三上の手招きに、韮崎の後から杏里も死体に近寄った。
「僕の気のせいならいいのですが…体の中に、内臓がひとつもない」
「馬鹿野郎。そんなわけ…」
韮崎の罵声が途中でフェイドアウトしたのは、三上の言葉の正しさを己の眼で確かめたからだろう。
「ええ、おっしゃる通りです」
まだ残って、指紋の検出に当たっていた鑑識課員が、ベッドの脇から顔を上げ、三上をフォローした。
「詳しくは司法解剖を待たねばなりませんが、腹腔内も胸腔内も空っぽです。肺も心臓も肝臓も腸もない」
「笹原、こりゃあ、いったい、どういうことだ?」
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