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第5章 百合はまだ世界を知らない
#7 杏里と魔犬①
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「ありゃ、シロだな」
死体が搬送され、倉田慎吾も救急隊員たちによって病院に連れて行かれると、1階のソファにふんぞり返って、韮崎が言った。
「私もそう思います。奥さんの死体がまだひとつ屋根の下にあるのに、その割には、ずいぶんと落ち着いてるようにも見えましたけど…でも、夫が妻を殺すのに、あんな殺し方する必要、ありませんから」
韮崎が煙草をくわえたのを見て取ると、杏里はコートのポケットから携帯灰皿を取り出した。
周囲にはまだ家の中を調べている鑑識課員たちが残っている。
さすがに他人の家の中で煙草はまずいと思うが、たしなめて素直に聞く韮崎ではない。
これはいわば、窮余の策だった。
もちろん、杏里自身は喫煙者ではないから、これはこのわからず屋の上司のためのものなのである。
韮崎とのつきあいも2年となると、いくらのんびり屋の杏里でも色々気を使えるようになるものなのだ。
「確かにな。仮にやつが殺したとしても、内臓消失の謎は残る。トイレにでも流したか、生ごみにでも出したなら話は別だが…」
杏里がテーブルに置いた灰皿を早速使いながら、うまそうに紫煙を吐き出す韮崎。
「おあいにくさま」
そこに現れたのは、白衣姿のヤチカだった。
「なんだ、おまえ、まだ居たのか」
とたんに韮崎が、苦虫を噛み潰したような渋い表情をする。
杏里は、ヤチカの上司が、韮崎の離婚した元妻だということを思い出した。
その事実が裏にあるため、韮崎はこの娘のような年齢の才女が大の苦手なのだ。
「おじさんの考えそうなことなんて、とうに捜査済みよ。トイレには血痕なんて残っていなかったし、ごみ置き場には内臓の詰まったポリ袋もなかったわ」
韮崎の対面に腰かけると、ストッキングに包まれた綺麗な脚を高々と組んで、ヤチカが言った。
韮崎の邪険な態度など、どこ吹く風である。
「ただ、気になるのは、奥さんの部屋から玄関まで、少量の血痕が続いてること。犯人が切り取った内臓を持ち去ったのは、まず間違いないわね」
「玄関から先は? もしかして、向かいの公園へ?」
杏里は背筋が寒くなるのを感じた。
もしそうなら、韮崎の指摘した通り、杏里が目撃したあの人影が犯人である可能性が極めて高い。
「そうね。道路を横断して、公園の入口に続いてるっぽい。さっき三上君が警察犬呼んでくれたから、その到着を待ってるところなの」
ほら見ろ、とでも言いたげに、韮崎が横目で杏里をにらむ。
「よし、じゃ、俺はいったん署に戻る。何かわかったらすぐに連絡してくれ」
携帯灰皿の中に煙草をにじり潰して、韮崎が立ち上がった。
「はいはい。わかりました。もしこれが連続殺人に発展したら、どうせおじさんとこに帳場が立つでしょうからね」
「連続殺人だと? 馬鹿野郎、縁起でもないこというな」
ヤチカの冷やかしに、韮崎が憮然とした表情になった。
「あの、ニラさん、私は…?」
携帯灰皿をコートのポケットに戻しながら、杏里はたずねた。
韮崎と一緒に署に戻って電話係を務めるのが筋といえば筋だが、できるなら一度、家に戻りたいと思う。
宿泊の準備を取ってきたいし、何よりも零に会いたい。
「家に帰らせろっていうんだろ? 顔にそう書いてある」
面白くなさそうに、韮崎が言った。
「まあ、いい。零って言ったか? ついでにあの姉ちゃんの知恵を借りて来い。なんなら明日、ここへ連れてきてもいい。県警の連中が本腰入れて動き出す前にな」
死体が搬送され、倉田慎吾も救急隊員たちによって病院に連れて行かれると、1階のソファにふんぞり返って、韮崎が言った。
「私もそう思います。奥さんの死体がまだひとつ屋根の下にあるのに、その割には、ずいぶんと落ち着いてるようにも見えましたけど…でも、夫が妻を殺すのに、あんな殺し方する必要、ありませんから」
韮崎が煙草をくわえたのを見て取ると、杏里はコートのポケットから携帯灰皿を取り出した。
周囲にはまだ家の中を調べている鑑識課員たちが残っている。
さすがに他人の家の中で煙草はまずいと思うが、たしなめて素直に聞く韮崎ではない。
これはいわば、窮余の策だった。
もちろん、杏里自身は喫煙者ではないから、これはこのわからず屋の上司のためのものなのである。
韮崎とのつきあいも2年となると、いくらのんびり屋の杏里でも色々気を使えるようになるものなのだ。
「確かにな。仮にやつが殺したとしても、内臓消失の謎は残る。トイレにでも流したか、生ごみにでも出したなら話は別だが…」
杏里がテーブルに置いた灰皿を早速使いながら、うまそうに紫煙を吐き出す韮崎。
「おあいにくさま」
そこに現れたのは、白衣姿のヤチカだった。
「なんだ、おまえ、まだ居たのか」
とたんに韮崎が、苦虫を噛み潰したような渋い表情をする。
杏里は、ヤチカの上司が、韮崎の離婚した元妻だということを思い出した。
その事実が裏にあるため、韮崎はこの娘のような年齢の才女が大の苦手なのだ。
「おじさんの考えそうなことなんて、とうに捜査済みよ。トイレには血痕なんて残っていなかったし、ごみ置き場には内臓の詰まったポリ袋もなかったわ」
韮崎の対面に腰かけると、ストッキングに包まれた綺麗な脚を高々と組んで、ヤチカが言った。
韮崎の邪険な態度など、どこ吹く風である。
「ただ、気になるのは、奥さんの部屋から玄関まで、少量の血痕が続いてること。犯人が切り取った内臓を持ち去ったのは、まず間違いないわね」
「玄関から先は? もしかして、向かいの公園へ?」
杏里は背筋が寒くなるのを感じた。
もしそうなら、韮崎の指摘した通り、杏里が目撃したあの人影が犯人である可能性が極めて高い。
「そうね。道路を横断して、公園の入口に続いてるっぽい。さっき三上君が警察犬呼んでくれたから、その到着を待ってるところなの」
ほら見ろ、とでも言いたげに、韮崎が横目で杏里をにらむ。
「よし、じゃ、俺はいったん署に戻る。何かわかったらすぐに連絡してくれ」
携帯灰皿の中に煙草をにじり潰して、韮崎が立ち上がった。
「はいはい。わかりました。もしこれが連続殺人に発展したら、どうせおじさんとこに帳場が立つでしょうからね」
「連続殺人だと? 馬鹿野郎、縁起でもないこというな」
ヤチカの冷やかしに、韮崎が憮然とした表情になった。
「あの、ニラさん、私は…?」
携帯灰皿をコートのポケットに戻しながら、杏里はたずねた。
韮崎と一緒に署に戻って電話係を務めるのが筋といえば筋だが、できるなら一度、家に戻りたいと思う。
宿泊の準備を取ってきたいし、何よりも零に会いたい。
「家に帰らせろっていうんだろ? 顔にそう書いてある」
面白くなさそうに、韮崎が言った。
「まあ、いい。零って言ったか? ついでにあの姉ちゃんの知恵を借りて来い。なんなら明日、ここへ連れてきてもいい。県警の連中が本腰入れて動き出す前にな」
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