サイコパスハンター零

戸影絵麻

文字の大きさ
97 / 157
第5章 百合はまだ世界を知らない

#10 杏里と死体安置室①

しおりを挟む
 往来に出て、もう一度タクシーを拾い、署に戻った。

「また、おかしな事件が起こったんだってね」

 1階の交通安全課の窓口から顔をのぞかせたのは、杏里の同期、斎藤曜子巡査である。

 体育会系女子の典型といった雰囲気の曜子は、ちょうど帰るところなのか、コートを着こんで首にマフラーを巻いていた。

「うん」

 杏里は、疲れた顔に強張った笑みを浮かべた。

 さすがにこの時間になると、眠気が押し寄せてくる。

 でも、刑事たるもの、そうは言っていられない。

 いったん事件が起こってしまった以上、これからが本番なのだ。

「きょうはオールなの?」

 杏里が手に提げた旅行バッグを目に留めて、曜子が言った。

「たぶんね。猟奇的な事件だから、明日にでもここに帳場が立つ可能性、高いもの」

「うわ。じゃ、あの権田も来るんだ」

 露骨に不快そうな顔をする曜子。

 権田は県警の警部で、女性職員たちに蛇蝎の如く嫌われている。

 元警視総監の親の威信をかさに着る、パワハラ、セクハラの権化みたいな男だからだ。

「どうかな」

 杏里は小さく肩をすくめた。

 これが連続殺人事件に発展して、県警が主導権を握るとなれば当然表に出てくるだろうが、まだ死体がひとつでは微妙なところである。

「頑張ってね。身体、壊さないようにね。杏里は、私たち照和署女子の誇りなんだから」

 曜子が励ますように微笑んだ。

 誇りとは大げさだが、杏里が県下でも希少な女性刑事だということは確かである。

 しかも、県内でただひとりの囮捜査官だから、手柄の有無にかかわらず、職員たちの話題には上りやすい。

「事件が片づいたら、また女子会開こうよ」

「ありがと」

 片手を挙げて別れの挨拶を返し、薄暗い階段を2階に上がる。

 『刑事課』のプレートのかかったドアを開けると、捜査一課のフロアでは、韮崎がPCとにらめっこしていた。

「おう、やっと来たか」

 振り向きもせず、韮崎が言った。

「県警本部から連絡があった。明日朝8時から、ここで捜査会議だそうだ。それまでに帳場立てる準備をしておけだとよ」

「県警本部じゃなくって、やっぱりうちですか?」

「まあ、まだガイシャがひとりなんでな。他の署の応援が来るわけでもなし、うちの会議室で十分ということなんだろう」

「三上さんたちから連絡は?」

「いくつか来てる。そこにメモしといたから、さっそく報告書作りにかかってくれ。あと2時間もすれば全員帰って来るとは思うが、それまでにできるだけ作業を進めておくんだ」

「垂れ幕はどうします?」

「今回は山田巡査長に書いてもらう。あの顔で書道師範の腕前なんだ」

 杏里は、韮崎と同い年の山田刑事の顔を思い浮かべた。

 寿司屋の主人以外には考えられないおにぎり頭だが、そんな特技があったとは。

「ニラさんは、今何を?」

 コートをハンガーにかけ、自分の席に座ると、PCが立ち上がるのを待ちながら、杏里は韮崎に声をかけた。

「あの宗教団体を調べてる。智慧の蛇教団」

「何かわかりましたか?」

「いや、たいして。教団のHPには、きれいごとしか書いてないし、零細企業だからか、つぶやきの類いもほとんどない」

「零細企業、ですか?」

「信者の数だ。200人ほどしかいない。新興宗教の団体にしては、ささやかだ」

「へーえ、そうなんだ」

「それから、面白いことがひとつ」

 PCの画面から、韮崎が顔を上げた。

「この教団の教祖、とっくの昔に死んでるぞ。栗栖重人って言うんだが」 






しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...