99 / 157
第5章 百合はまだ世界を知らない
#12 杏里と死体安置室③
しおりを挟む
みんなが撮ってきた写真をパソコンに取り込んで、サイズを調整しながら資料の必要な個所に貼り、体裁を整え、人数分コピーする。それだけで意外に時間を取られてしまい、すべて終わったのは朝の5時近くだった。
「後はやっとくから、杏里ちゃん、少し寝なよ」
「ありがとうございます」
三上の優しい言葉につい甘んじて、仮眠室のベッドに身体を投げ出すと、すぐに泥のような眠りが杏里を暗闇に引きずり込んだ。
次に目覚めたのは、捜査会議の30分前だった。
「うひゃあ、寝過ぎちゃった。まずい!」
杏里は手探りで鳴り続けるスマホのアラームを止めると、旅行バッグから着替えを取り出した。
本当ならシャワーも浴びたいところだったが、さすがにその時間はなかった。
寒さに身を縮めながら手早く裸になり、下着もブラウスもスカートも、すべて新品を身につけ直す。
スマホケースの鏡片手に手早く化粧を直し、急いで廊下に出た。階段を駆け下り、通路を奥に急ぐ。
突き当りが会議室で、近づくにつれ、中のざわめきが大きくなった。
開いた扉からのぞくと、30人収容できる会議室は、むさくるしい男たちで、すでに3分の2ほど席が埋まっていた。それも半分以上が杏里の知らない顔である。ホワイトボードには、被害者と夫の写真が貼られ、三上の几帳面な字で説明が加えられていた。
「また寝坊かよ」
入り口近くの席の韮崎が苦々しげに言い、そして杏里をひと目見るなり、ぽかんと口を開けた。
「笹原、お、おまえ…」
なぜか目が点になってしまっている。
「早くせんか」
そこに、前のほうの席から、叱責の声が上がった。
やばっ。こ、この声?
思わず首をすくめる杏里。
見ると、案の定、あの郷田警部が、よせばいいのに一番前の席に陣取って、こちらをにらんでいた。
「は、はい。ただいま」
きょうは、杏里が説明係だ。高山刑事と山田巡査長は、人前で話すにはあまりにも口下手である。野崎は礼儀を知らない。だから、こういう状況では、必然的に三上と杏里が交替で前に出ることになる。
「照和署の、笹原です。えと、では、始めさせていただきます」
横から飛び出し、ぺこりと頭を下げ、再び顔を上げた時である。
異様なざわめきが、さざ波のように一気に室内に広がった。
どうしてか、高山がしきりに顔の前で手を振っている。
何かの合図のようだ。
「ちょっと、キミ。笹原君」
コホンと咳払いが聞こえ、小首をかしげて振り向いた杏里に、あの郷田警部が声をかけてきた。
「それは、何の冗談なのかね?」
「え?」
その時になって、杏里は恐ろしい過ちに気づき、耳たぶまで赤くなった。
やだ。
わたしったら…うそ。
どうりで、胸が苦しいと思ったら…。
そんな杏里をいやらしい目つきでねめ回しながら、獲物をいたぶるような口調で郷田が言った。
「それとも、キミはその、ブラジャーをブラウスの上からつける主義なのかな?」
「後はやっとくから、杏里ちゃん、少し寝なよ」
「ありがとうございます」
三上の優しい言葉につい甘んじて、仮眠室のベッドに身体を投げ出すと、すぐに泥のような眠りが杏里を暗闇に引きずり込んだ。
次に目覚めたのは、捜査会議の30分前だった。
「うひゃあ、寝過ぎちゃった。まずい!」
杏里は手探りで鳴り続けるスマホのアラームを止めると、旅行バッグから着替えを取り出した。
本当ならシャワーも浴びたいところだったが、さすがにその時間はなかった。
寒さに身を縮めながら手早く裸になり、下着もブラウスもスカートも、すべて新品を身につけ直す。
スマホケースの鏡片手に手早く化粧を直し、急いで廊下に出た。階段を駆け下り、通路を奥に急ぐ。
突き当りが会議室で、近づくにつれ、中のざわめきが大きくなった。
開いた扉からのぞくと、30人収容できる会議室は、むさくるしい男たちで、すでに3分の2ほど席が埋まっていた。それも半分以上が杏里の知らない顔である。ホワイトボードには、被害者と夫の写真が貼られ、三上の几帳面な字で説明が加えられていた。
「また寝坊かよ」
入り口近くの席の韮崎が苦々しげに言い、そして杏里をひと目見るなり、ぽかんと口を開けた。
「笹原、お、おまえ…」
なぜか目が点になってしまっている。
「早くせんか」
そこに、前のほうの席から、叱責の声が上がった。
やばっ。こ、この声?
思わず首をすくめる杏里。
見ると、案の定、あの郷田警部が、よせばいいのに一番前の席に陣取って、こちらをにらんでいた。
「は、はい。ただいま」
きょうは、杏里が説明係だ。高山刑事と山田巡査長は、人前で話すにはあまりにも口下手である。野崎は礼儀を知らない。だから、こういう状況では、必然的に三上と杏里が交替で前に出ることになる。
「照和署の、笹原です。えと、では、始めさせていただきます」
横から飛び出し、ぺこりと頭を下げ、再び顔を上げた時である。
異様なざわめきが、さざ波のように一気に室内に広がった。
どうしてか、高山がしきりに顔の前で手を振っている。
何かの合図のようだ。
「ちょっと、キミ。笹原君」
コホンと咳払いが聞こえ、小首をかしげて振り向いた杏里に、あの郷田警部が声をかけてきた。
「それは、何の冗談なのかね?」
「え?」
その時になって、杏里は恐ろしい過ちに気づき、耳たぶまで赤くなった。
やだ。
わたしったら…うそ。
どうりで、胸が苦しいと思ったら…。
そんな杏里をいやらしい目つきでねめ回しながら、獲物をいたぶるような口調で郷田が言った。
「それとも、キミはその、ブラジャーをブラウスの上からつける主義なのかな?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる