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第5章 百合はまだ世界を知らない
#20 杏里と教団③
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丘を切り開いた宅地造成地の1画に、その建物は建っていた。
てっぺんが玉ねぎのような形をした、その異国風のシルエットは、インドのタージ・マハールにそっくりだ。
ただ、全体的に色彩が派手で、安っぽい印象は否めない。
周囲は高い塀で囲まれていたが、門扉の横のインターホンを押し、監視カメラに警察手帳をかざすと、しごくあっさりと入場を認められた。
案内に出てきた作務衣姿の若者について、蛇行する車寄せを歩く。
正面玄関の木彫りの扉はすでに両側に開いていて、お香の匂いが中から漂ってきていた。
「法主は奥の院です」
迎えに出た年配の男が、韮崎と杏里に向かって、合掌するようなしぐさをした。
ほかにも数名信徒らしき者が迎えに出てきていたが、誰もが坊主頭で質素な作務衣を着ている。
来客用のスリッパに履き替え、緋色のカーペットの上を進む。
案内役は年配の男にバトンタッチしているが、杏里の先を行く男の足は裸足だった。
これも修行のうちなのだろうか。
この寒いのに、ご苦労様。
冬が苦手で、ストッキングの上から毛糸の靴下を二枚重ねしている杏里は、その赤らんだ足の裏を見てそっと肩をすくませた。
延々と続く廊下はいくつもの部屋に面していて、どの部屋にも扉に類するものがないので、中の様子が丸わかりだった。
十数人信徒たちがただ座禅を組んでいる部屋。
カセットデッキから流れるムード音楽みたいなのに合わせて、女性の信徒たちがヨガの練習を行っている部屋。
男女混合で車座に座り、何やら体験談のようなものをお互いに発表し合っている部屋。
宗教施設ではどれも目新しい風景ではなかったが、ひとつ杏里の目を引いたのは、どの部屋にも奇妙な十字架が祀られていることだった。
それはただの十字架というにはあまりに冒涜的なデザインで、杏里はわけもなく寒気を覚えないではいられなかった。
銀色の柄を持つ十字剣のような形状の十字架に、真紅の鱗に覆われた蛇が絡みついている。
蛇の目にはめ込まれた宝石が、開け放した窓から差し込む冬の午後の陽射しにきらめいていた。
十字架と蛇って、なんだか水と油って気がするんだけど…。
そう、首をかしげないではいられない。
「こちらです。この扉の向こうで、ご法主さまがお待ちです」
年配の男が頭を下げ、
「いらっしゃいました」
低い声で部屋の中に呼びかけた。
建物の中で唯一扉があるその部屋は、廊下の突き当りに位置しており、一見したところ、中学校か高校の校長室みたいに見える。
ただ番うのは、表面を磨き上げられた木製の扉に、例の十字架が浮き彫りにされている点である。
「開いてますよ。どうぞお入りください」
扉の向こうから聞こえてきた快活な男の声に誘われるようにして、韮崎が扉を押した。
「お邪魔します」
無言でずかずか入っていく上司に続き、杏里も足を踏み入れた。
長テーブルを囲んでそこそこ高級そうなソファ。
左右の壁にはさまざまな写真が飾られている。
正面だけ壁がへこんでおり、その中にあの異様な十字架が屹立していた。
「そろそろおいでになる頃だと思ってましたよ」
テ-ブルの向こうから立ち上がったのは、妙にきらびやかな着物を着た丸眼鏡の中年男性だ。
売れないお笑い芸人みたい。
陽気そうな男の顔を見て、ついそんなことを思った。
男のイントネーションに関西弁に近いものを感じ取ったからかもしれない。
「照和署の韮崎です。こっちのボインちゃんは、笹原巡査」
改めて手帳を取り出し、ぶっきらぼうな口調で韮崎が言った。
ボインちゃんは余分でしょ。
いつものことながら、憮然とする杏里。
「おお、確かに立派なお胸をしておられる」
杏里のスーツの胸元から覗くブラウスに目をやり、男が好色そうに相好を崩す。
「そ、そんなことより、あなたが陣内秀英さんですか」
話が妙な方向へ逸れていかないうちにと、杏里はわざと声を張り上げた。
「ですです。どうぞおかけになって。今、コーヒーでも淹れさせますから」
にこやかに笑い、男がソファを指差した。
「どうしてわかったんです? 私たちがきょうお邪魔することが。前もって連絡はしていなかったはずですけどね。ひょっとして、教祖様の霊能力ってやつですか?」
ソファに腰を鎮めるなり、嫌みな口調で単刀直入に韮崎が切り出した。
「まさか」
秀英がぷっと噴き出した。
「先代と違い、私にはそんな力はありませんよ。摩耶から連絡があったんです。警察がそっちに向かったって」
「摩耶さんって、確か奥様のお名前ですよね?」
杏里は心持ち、テーブルの上に身を乗り出した。
胸の谷間が覗かないように、片手でガードすることも忘れない。
「ええ、そうです。なんでも摩耶のところにも刑事さんが来たそうで。色々しつこく聞かれるだろうから覚悟しなさい。そう言って笑っていましたよ」
てっぺんが玉ねぎのような形をした、その異国風のシルエットは、インドのタージ・マハールにそっくりだ。
ただ、全体的に色彩が派手で、安っぽい印象は否めない。
周囲は高い塀で囲まれていたが、門扉の横のインターホンを押し、監視カメラに警察手帳をかざすと、しごくあっさりと入場を認められた。
案内に出てきた作務衣姿の若者について、蛇行する車寄せを歩く。
正面玄関の木彫りの扉はすでに両側に開いていて、お香の匂いが中から漂ってきていた。
「法主は奥の院です」
迎えに出た年配の男が、韮崎と杏里に向かって、合掌するようなしぐさをした。
ほかにも数名信徒らしき者が迎えに出てきていたが、誰もが坊主頭で質素な作務衣を着ている。
来客用のスリッパに履き替え、緋色のカーペットの上を進む。
案内役は年配の男にバトンタッチしているが、杏里の先を行く男の足は裸足だった。
これも修行のうちなのだろうか。
この寒いのに、ご苦労様。
冬が苦手で、ストッキングの上から毛糸の靴下を二枚重ねしている杏里は、その赤らんだ足の裏を見てそっと肩をすくませた。
延々と続く廊下はいくつもの部屋に面していて、どの部屋にも扉に類するものがないので、中の様子が丸わかりだった。
十数人信徒たちがただ座禅を組んでいる部屋。
カセットデッキから流れるムード音楽みたいなのに合わせて、女性の信徒たちがヨガの練習を行っている部屋。
男女混合で車座に座り、何やら体験談のようなものをお互いに発表し合っている部屋。
宗教施設ではどれも目新しい風景ではなかったが、ひとつ杏里の目を引いたのは、どの部屋にも奇妙な十字架が祀られていることだった。
それはただの十字架というにはあまりに冒涜的なデザインで、杏里はわけもなく寒気を覚えないではいられなかった。
銀色の柄を持つ十字剣のような形状の十字架に、真紅の鱗に覆われた蛇が絡みついている。
蛇の目にはめ込まれた宝石が、開け放した窓から差し込む冬の午後の陽射しにきらめいていた。
十字架と蛇って、なんだか水と油って気がするんだけど…。
そう、首をかしげないではいられない。
「こちらです。この扉の向こうで、ご法主さまがお待ちです」
年配の男が頭を下げ、
「いらっしゃいました」
低い声で部屋の中に呼びかけた。
建物の中で唯一扉があるその部屋は、廊下の突き当りに位置しており、一見したところ、中学校か高校の校長室みたいに見える。
ただ番うのは、表面を磨き上げられた木製の扉に、例の十字架が浮き彫りにされている点である。
「開いてますよ。どうぞお入りください」
扉の向こうから聞こえてきた快活な男の声に誘われるようにして、韮崎が扉を押した。
「お邪魔します」
無言でずかずか入っていく上司に続き、杏里も足を踏み入れた。
長テーブルを囲んでそこそこ高級そうなソファ。
左右の壁にはさまざまな写真が飾られている。
正面だけ壁がへこんでおり、その中にあの異様な十字架が屹立していた。
「そろそろおいでになる頃だと思ってましたよ」
テ-ブルの向こうから立ち上がったのは、妙にきらびやかな着物を着た丸眼鏡の中年男性だ。
売れないお笑い芸人みたい。
陽気そうな男の顔を見て、ついそんなことを思った。
男のイントネーションに関西弁に近いものを感じ取ったからかもしれない。
「照和署の韮崎です。こっちのボインちゃんは、笹原巡査」
改めて手帳を取り出し、ぶっきらぼうな口調で韮崎が言った。
ボインちゃんは余分でしょ。
いつものことながら、憮然とする杏里。
「おお、確かに立派なお胸をしておられる」
杏里のスーツの胸元から覗くブラウスに目をやり、男が好色そうに相好を崩す。
「そ、そんなことより、あなたが陣内秀英さんですか」
話が妙な方向へ逸れていかないうちにと、杏里はわざと声を張り上げた。
「ですです。どうぞおかけになって。今、コーヒーでも淹れさせますから」
にこやかに笑い、男がソファを指差した。
「どうしてわかったんです? 私たちがきょうお邪魔することが。前もって連絡はしていなかったはずですけどね。ひょっとして、教祖様の霊能力ってやつですか?」
ソファに腰を鎮めるなり、嫌みな口調で単刀直入に韮崎が切り出した。
「まさか」
秀英がぷっと噴き出した。
「先代と違い、私にはそんな力はありませんよ。摩耶から連絡があったんです。警察がそっちに向かったって」
「摩耶さんって、確か奥様のお名前ですよね?」
杏里は心持ち、テーブルの上に身を乗り出した。
胸の谷間が覗かないように、片手でガードすることも忘れない。
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