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第1部 激甚のタナトス
#8 佐倉あずさ
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杏里にとって一番ショックだったのは、教師がまるで無反応だったことだった。
その国語の教師は黒板のパンティをはがすと、
「これ、誰の?」
と事務的な口調で訊き、
萌が、
「その子のです」
と杏里を指差すなり、ぽいと下着を放ってよこして、
「あなた、いつまでそんな格好してるの。早く席に着きなさい」
と迷惑そうにいっただけだったのだ。
先生、どうして怒ってくれないの?
杏里は授業中、ずっとその教師を睨んでいた。
いじめの現場を目の当たりにしておいて、あの対応はないだろう、と思う。
あれではまるでいじめを容認しているようなものではないか。
まったく何の抑止力にもなっていない。
萌やあの茶髪の少年は、明日からも更に嫌がらせを続けてくるに違いない。
わずか3日目にしてこのありさまなのだ。
このままでは、1週間も経たないうちに、私、殺される・・・。
授業どころではなかった。
杏里の胸の中では、様々な感情が渦巻いていた。
恥、怒り、悲しみ、憎しみ。
どれひとつとして行き場のないそれらの感情に苛まれ、今にも息が詰まりそうだった。
どこか広いところに駆けていき、大声で叫びたかった。
誰もいない世界に行きたい、と切に思う。
クラス全員が、敵。
そんな最悪の状況に、自分は置かれているのだ。
そして、それだけではないのだった。
姉の良子亡き後、家も杏里にとって、次第に居心地の悪い場所に変わり始めている。
私を見る時の、お父さんの、あの目。
あれは、死ぬ前の姉さんを見ていた目と、同じだ・・・。
催眠術にかかったように半数以上の生徒が眠るなか、杏里はひとり、かっと目を見開き、教師のほうを睨みつけていた。
が、老教師はそれをまったく意に介することなく、淡々とカリキュラムをこなし終えると、終鈴とともに足早に帰っていった。
「やろうよ。さっきの続き」
萌の声がして、杏里ははっと顔を上げた。
いつのまにか、クラスメートたちにまわりを取り囲まれていた。
思考に気を取られて、ぼんやりしていたのがまずかった。
杏里は下唇を噛んだ。
荷物を片付け、ここは真っ先に逃げ出すべきだったのだ。
が、もう遅かった、
いじめの第2ラウンドは、すでに始まっていた。
「なんかこのへん、おしっこ臭くない?」
別の女生徒がいい、わざとらしく窓を開けにかかる。
「出しなよ、パンティ」
萌が杏里の前に手を差し出した。
「うは、萌ったら、触ったらおしっこつくって」
後ろで誰かがはやし立てる。
「ばーか。小便ついてるから高く売れるんだよ。新品なんて、店でフツーに買えるだろうが」
茶髪がせせら笑うように、いった。
「じゃ、あたしも売るか」
「おまえはだめ。ブスだから」
「ちょっと、ひどーい! なによ、それ」
どっと沸き起こる笑い声の渦。
耳を塞ぎたかった。
もう、我慢できない。
ばん、と両手で机を叩いて、杏里は立ち上がった。
「私、帰るから」
吐き出すように、いった。
怒りと恐怖で、今にも倒れそうだった。
貧血を起こしたときのように、顔は熱いのに、手足が冷たくなっていくのがわかる。
「はあ?」
杏里より頭ひとつ分背の高い萌が、馬鹿にしたように上から杏里を見下ろした。
「何いってんの、あんた」
「そうはいかないっつーに」
茶髪が杏里の両肩を後ろからぐいと押さえつけ、無理矢理椅子に坐らせた。
ものすごい力だった。
尾骶骨が椅子に当たって、痛みが走った。
「逃げんなよ」
萌がすごんだ。
今度は下から杏里の顔を睨みつけてくる。
「ちょっと誰か、こいつ、押さえてて」
「了解」
茶髪以外に更に男子ふたりが前に出て、それぞれ杏里の両側に回り、腕をつかんできた。
「立たせて。スカート、脱がせるから」
後ろから茶髪に羽交い絞めされ、両側から2人の男子に腕を取られて、杏里はずるずると椅子から引き出された。
体重が軽いので、半ば体が宙に浮いてしまっていた。
「やめて」
杏里は懸命に上体をひねった。
が、もとより小柄で運動音痴の杏里に、男子3人の手を振りほどくほどの力はない。
萌がスカートのジッパーに指をかけ、
「そーれ!」
掛け声とともに、一気に下まで引き下ろす。
「うおー。エロすぎー!」
周りの男子生徒たちから一斉に歓声が上がった。
杏里は、上はセーラー服、下は純白のショーツ一枚という、あられもない姿で突っ立っていた。
萌がかがみこんで、床に落ちた杏里のスカートから、例のパンティを取り出そうとする。
そのときだった。
「あ、やべ」
茶髪がいい、杏里を羽交い絞めしていた力を緩めた。
ほとんど同時に両腕も自由になる。
萌がはじかれたように立ち上がった。
足元にピンクのパンティが落ちる。
杏里はその隙を見逃さなかった。
とっさにスカートを引き上げ、汚れたパンティを拾い上げた。
そこに、声が振ってきた。
「ごめん。遅くなって。杏里、待った?」
クラスメートたちがひるんで道を開けるなか、前に進み出たのは佐倉あずさだった。
杏里ににこっと笑いかけると、すぐに真顔に戻り、周りを見回して、いった。
「消えな。けだものども」
「佐倉、さん・・・」
杏里は安堵のあまり、へなへなと椅子に座り込んだ。
いけない、と思ったときにはすでに、熱いものが目尻を伝い、頬にあふれ出してきていた。
「杏里はえらいよ」
佐倉あずさが優しくいった。
縁の太いメガネ越しに、瞳が微笑んでいた。
「よくがんばったね。こんな地獄で」
その国語の教師は黒板のパンティをはがすと、
「これ、誰の?」
と事務的な口調で訊き、
萌が、
「その子のです」
と杏里を指差すなり、ぽいと下着を放ってよこして、
「あなた、いつまでそんな格好してるの。早く席に着きなさい」
と迷惑そうにいっただけだったのだ。
先生、どうして怒ってくれないの?
杏里は授業中、ずっとその教師を睨んでいた。
いじめの現場を目の当たりにしておいて、あの対応はないだろう、と思う。
あれではまるでいじめを容認しているようなものではないか。
まったく何の抑止力にもなっていない。
萌やあの茶髪の少年は、明日からも更に嫌がらせを続けてくるに違いない。
わずか3日目にしてこのありさまなのだ。
このままでは、1週間も経たないうちに、私、殺される・・・。
授業どころではなかった。
杏里の胸の中では、様々な感情が渦巻いていた。
恥、怒り、悲しみ、憎しみ。
どれひとつとして行き場のないそれらの感情に苛まれ、今にも息が詰まりそうだった。
どこか広いところに駆けていき、大声で叫びたかった。
誰もいない世界に行きたい、と切に思う。
クラス全員が、敵。
そんな最悪の状況に、自分は置かれているのだ。
そして、それだけではないのだった。
姉の良子亡き後、家も杏里にとって、次第に居心地の悪い場所に変わり始めている。
私を見る時の、お父さんの、あの目。
あれは、死ぬ前の姉さんを見ていた目と、同じだ・・・。
催眠術にかかったように半数以上の生徒が眠るなか、杏里はひとり、かっと目を見開き、教師のほうを睨みつけていた。
が、老教師はそれをまったく意に介することなく、淡々とカリキュラムをこなし終えると、終鈴とともに足早に帰っていった。
「やろうよ。さっきの続き」
萌の声がして、杏里ははっと顔を上げた。
いつのまにか、クラスメートたちにまわりを取り囲まれていた。
思考に気を取られて、ぼんやりしていたのがまずかった。
杏里は下唇を噛んだ。
荷物を片付け、ここは真っ先に逃げ出すべきだったのだ。
が、もう遅かった、
いじめの第2ラウンドは、すでに始まっていた。
「なんかこのへん、おしっこ臭くない?」
別の女生徒がいい、わざとらしく窓を開けにかかる。
「出しなよ、パンティ」
萌が杏里の前に手を差し出した。
「うは、萌ったら、触ったらおしっこつくって」
後ろで誰かがはやし立てる。
「ばーか。小便ついてるから高く売れるんだよ。新品なんて、店でフツーに買えるだろうが」
茶髪がせせら笑うように、いった。
「じゃ、あたしも売るか」
「おまえはだめ。ブスだから」
「ちょっと、ひどーい! なによ、それ」
どっと沸き起こる笑い声の渦。
耳を塞ぎたかった。
もう、我慢できない。
ばん、と両手で机を叩いて、杏里は立ち上がった。
「私、帰るから」
吐き出すように、いった。
怒りと恐怖で、今にも倒れそうだった。
貧血を起こしたときのように、顔は熱いのに、手足が冷たくなっていくのがわかる。
「はあ?」
杏里より頭ひとつ分背の高い萌が、馬鹿にしたように上から杏里を見下ろした。
「何いってんの、あんた」
「そうはいかないっつーに」
茶髪が杏里の両肩を後ろからぐいと押さえつけ、無理矢理椅子に坐らせた。
ものすごい力だった。
尾骶骨が椅子に当たって、痛みが走った。
「逃げんなよ」
萌がすごんだ。
今度は下から杏里の顔を睨みつけてくる。
「ちょっと誰か、こいつ、押さえてて」
「了解」
茶髪以外に更に男子ふたりが前に出て、それぞれ杏里の両側に回り、腕をつかんできた。
「立たせて。スカート、脱がせるから」
後ろから茶髪に羽交い絞めされ、両側から2人の男子に腕を取られて、杏里はずるずると椅子から引き出された。
体重が軽いので、半ば体が宙に浮いてしまっていた。
「やめて」
杏里は懸命に上体をひねった。
が、もとより小柄で運動音痴の杏里に、男子3人の手を振りほどくほどの力はない。
萌がスカートのジッパーに指をかけ、
「そーれ!」
掛け声とともに、一気に下まで引き下ろす。
「うおー。エロすぎー!」
周りの男子生徒たちから一斉に歓声が上がった。
杏里は、上はセーラー服、下は純白のショーツ一枚という、あられもない姿で突っ立っていた。
萌がかがみこんで、床に落ちた杏里のスカートから、例のパンティを取り出そうとする。
そのときだった。
「あ、やべ」
茶髪がいい、杏里を羽交い絞めしていた力を緩めた。
ほとんど同時に両腕も自由になる。
萌がはじかれたように立ち上がった。
足元にピンクのパンティが落ちる。
杏里はその隙を見逃さなかった。
とっさにスカートを引き上げ、汚れたパンティを拾い上げた。
そこに、声が振ってきた。
「ごめん。遅くなって。杏里、待った?」
クラスメートたちがひるんで道を開けるなか、前に進み出たのは佐倉あずさだった。
杏里ににこっと笑いかけると、すぐに真顔に戻り、周りを見回して、いった。
「消えな。けだものども」
「佐倉、さん・・・」
杏里は安堵のあまり、へなへなと椅子に座り込んだ。
いけない、と思ったときにはすでに、熱いものが目尻を伝い、頬にあふれ出してきていた。
「杏里はえらいよ」
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