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第2部 背徳のパトス
エピローグ ~屈辱の始まる時~
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十本の指に、それぞれに合った爪を乗せる。
その指を今度は丁寧に左右の掌の切断面にくっつける。
その作業だけで丸一日かかったので、杏里は都合二日間、学校を休むことになってしまった。
爪と指を拾い集めてハンカチで包んで持たせてくれたのは、由羅だった。
彼女に関しては腹立たしいことばかりだったが、そのことだけは感謝しなければならなかった。
放っておけば指も爪もいずれは生えてくるだろうが、一から再生するのはかなり時間がかかると思われたからである。
「また転校するの? 仕事終わっちゃったから」
リビングのテーブルでようやくくっついた指を屈伸運動させながら、杏里は対面で新聞を読んでいる小田切に尋ねた、
事件から三日目の朝のことである。
市政百周年の記念日で、中学校も高校も休みのため、珍しく朝から二人そろって家にいる。
テーブルの上には小田切の作った食べかけのスクランブルエッグとベーコン。それにトーストの乗った皿。窓から見える外は相変らずの雨で、空と海は陰鬱な灰色に塗りつぶされている。
「いや」
小田切が新聞の向こうから答える。
「まだおまえを襲った外来種が徘徊している。やつを駆除するまでは動けない」
「また私に囮になれと?」
「そういうことだ」
小田切がそっけなくいった。
杏里は肩をすくめた。
そんなことだろうと思った。
深いため息をつく。
指はすっかり元通りになっていた。
杏里は椅子から立ち上がり、伸びをした。
ノーブラに男物のTシャツ、
下は幅の極端に狭いパンティ一枚という格好である。
乳首がTシャツの布地をつんと押し上げ、薄い布に包まれただけのまん丸のお尻が丸見えになる。
「勇次は本当に何も感じないの?」
ふと思いついて、訊いた。
「ひとつ屋根の下に、こんなに魅力的な娘がいるってのに」
両手で髪の毛をたくし上げ、腰を悩ましげにひねって体のラインを見せつける。
「いったはずだ」
新聞を畳んでコーヒーを口に運ぶと、顔をしかめて小田切が答えた。
「俺には男性機能が欠落してるんだよ。おまえがいくら誘惑しようと、暖簾に腕押し、糠に釘だ」
「どうして、そうなったの? 事故? 病気?」
元のように椅子に腰かけると、テーブルから身を乗り出して、尋ねた。
Tシャツの襟元が大きく開き、乳房が丸見えになるのを計算に入れてのことだった。
だが、言葉通り、小田切の視線は微動だにしない。
相変らず新聞に目を落としている。
「胸糞の悪い話だ。聞くと後悔するぞ」
こっちを見ようともせず、無愛想な口調でいった。
「教えて」
甘えた声で、杏里は迫った。
どうしても理由を聞きたかったわけではない。
半ば気を紛らわせるためだった。
なんだか体がうずいてならないのだ。
二日も家にこもっていたせいだろうか。
「ちょうど俺がおまえくらいの年のころのことだ」
小田切が、淡々とした口調で話し始めた。
「親父が単身赴任で家を出た。おふくろは男性依存症みたいなタイプの女で、ひとり身に耐え切れなかったんだろうな。あろうことか、息子の俺に手を出してきた」
「え?」
杏里は絶句した。
「どういうこと? それ」
「おふくろと寝たってことだよ。親父がいなくなってからというもの、お袋は毎晩俺を求めてきた。かわいそうだったし、ガキにとってはセックスは麻薬のようなものだから、俺も相手してやったさ。そしたらある日曜日のことだ。いつものように、朝からおふくろのベッドでやりまくってるところに、よせばいいのに親父が帰ってきたんだ。おふくろはちょうど俺の上にまたがって、気持ち良さそうに腰を振ってるところだった。親父はまず裸のおふくろを殴り飛ばすと、鋏片手に俺に向かってきた。あとはわかるだろ? 俺は大事なあそこを実の親にちょんぎられたってわけさ」
「ひどい・・・」
杏里は想わず両手で口許を覆った。
「両親は離婚。親父は当然俺を引き取るのを拒否するし、おふくろは頭がおかしくなって精神病院だ。俺は児童養護施設行きになり、そのままそこで大学受験も済ませた。だから。どんなにセクシーな女が寄ってきても俺はびくともしないよ。おふくろのことを思い出すと心底うんざりするし、第一、先立つペニスがないんでね」
煙草に火をつけ、小田切が杏里を見た。
「どうだ。おまえのタナトス人生も悲惨だが、俺もなかなかのものだろう」
杏里は言葉を失くし、ただうなずくことしかできなかった。
「ごめんなさい・・・。嫌なこと、思い出させて」
珍しく、殊勝な口調で謝った。
「別にいいさ。これでおまえも毎晩安心して眠れるだろうしな」
ぶっきらぼうに小田切が答えたとき、テーブルの端に置いてあった杏里のスマホが一回鳴った。
手に取ると、LINEのメッセージが入っていた。
「由羅からだよ。何だろう?」
胸がどきどきしてきた。
怒りや腹立ちより先に、二度にわたるキスの感触が唇に蘇る。
あの少女に思いを馳せると、杏里は複雑な気分になる。
なぜか落ち着かなくなり、いらいらと恋しさが入り混じったような妙な気分に陥ってしまうのだ。
馬鹿にされていることへの反発は根強い。
が、その反面、彼女を憎みきれない自分を感じてしまう。
それにあの口づけ。
ひょっとして、あの子、私のこと・・・。
顔が赤くなるのがわかった。
「パトスか?」
小田切が顔を上げて、訊いてきた。
「話したいことがあるから、今からシーサイドホテルに来いって」
「気をつけろ」
小田切の目つきが鋭くなる。
「パトス担当の同僚に聞いたんだが、あいつは相当の問題児だってことだ。腕はいいのに未だ試験期間中というのも、どうやらそこに原因があるらしい」
「問題児?」
「感情的になると、見境がつかなくなる。外来種も人間も関係なく、攻撃し始める」
「攻撃って、どんな?」
それは杏里が前から抱いている疑問でもあった。
由羅は杏里より多少背が高いくらいで、基本的にスレンダーな体型をしている。
確かに腕力は強いが、あれでどうやって人間より身体能力の高い外来種と戦うというのだろう。
「パトスには色々な能力を持ったものがいる。離れたところから物を動かす念動力者みたいなのもいれば、肉体を駆使する武闘派もいる。おそらく由羅は後者だろう」
あの由羅が武闘派?
想像もできない。
杏里は一度、彼女の“仕事ぶり”を見てみたいと思った。
こっちはすでに見られているのだから、お合いこだ、という思いもある。
「とりあえず、行ってみます」
杏里はTシャツを脱ぐと、小田切の目の前で着替えにかかった。
「おい」
小田切が露骨に嫌な顔をした。
「俺が無害だからといって、そんなところで丸裸になるやつがあるか。外から見られても知らないぞ」
杏里はその声を無視して、上半身裸のまま窓辺に立った。
由羅ったら、何を考えているのだろう?
そう考えるだけで、乳首が固く尖ってくるのがわかった。
シーサイドホテルは、湾を半周した反対側に位置していた。
そのあたりは海水浴場やヨットハーバーもあり、この町の観光名所になっている。
バスに乗るのは気が重かったが、きょうは雨のせいか乗客も少なかった。
おかげで痴漢や集団レイプの被害に遭うこともなく、無事目的地に到着することができた。
シーサイドホテルはこの界隈では老舗のホテルで、建物自体かなり年季が入った印象だった。
ロビーに入って周囲を見回してみたが、あの特徴のある髪型の少女の姿はなかった。
ふと思いついて、一階のカフェでケーキをふたり分買った。
あの由羅と差し向かいでケーキを食べる図というのを想像すると笑いがこみ上げてきたが、なんだか楽しみでもあった。
顔を合わせると、ひどいことをいわれてそれに反発する、というパターンの繰り返しだった。
でも、由羅のことは、気になってしかたがない。
同類の匂いがするからだろうか。
タナトスとパトスの違いこそあれ、由羅はどこか杏里に似ているのだ。
LINEのメールに部屋番号が書いてあったのを思い出し、杏里はエレベーターに乗った。
5012号室。
確かそんな番号だったはずだ。
5階で降り、長い廊下を左にずいぶん歩いた先に、目的の部屋はあった。
ノックしようとして、杏里はドアが少し開いていることに気づいた。
ドアストッパーがかかっていて、五センチほどの隙間ができているのだ。
勝手に入って来い、ということだろうか。
中に入ると、玄関には二組の靴があった。
一組は由羅のトレードマークである長い黒のブーツ。
もう一組は、明らかに大人の女性のものと思われるシンプルなパンプスだ。
来客だろうか。
ひょっとして、冬美かもしれない。
冬美が来ているのなら、外来種対策の打ち合わせという可能性もある。
「由羅、いるの?」
声をかけた。
返事はない。
靴を脱いで上がってみると、正面の部屋はもぬけの殻だった。
「由羅?」
呼びかけようとしたとき、奥の部屋に続く扉が、これまた半開きになっているのが目に入ってきた。
まるで杏里を誘っているかのように、これ見よがしに開いているのだ。
ふと、声が聞こえた気がした。
胸騒ぎに襲われて、杏里は早足で部屋を横切った。
隙間から中を覗いた瞬間、杏里は思わず叫びそうになって、両手で口を覆った。
異様な光景が目の前に展開されていた。
広い寝室である。
大きなダブルベッドの横に、鉄棒の練習台みたいなトレーニングマシンが置いてある。
そこに、由羅が全裸で磔にされていた。
その前に、ボンテージ風の革の下着を身につけた、髪の長い女が立っている。
Tバックの下着がくいこんだ、たくましい尻。
すらりと伸びた長い脚。
由羅の少年っぽい体つきとは対照的に、見るからに大人の女といった感じの熟れた肢体の持ち主だった。
女は短い鞭のようなものを手にしていた。
何、これ?
杏里は茫然と立ち竦んだ。
自分の目が信じられなかった。
由羅・・・あなた、何やってるの?
鞭がうなった。
小さめの乳房のあたりを叩かれて、由羅がうめいた。
飛び出そうとして、杏里は気づいた。
由羅の声が甘い。
苦痛にうめいているというより、まるでそう、喜んでいるかのようだ。
遠目にも乳首が勃起しているのがわかる。
また、女が鞭を振るった。
あん。
由羅が甘えた声で喘ぐ。
耳を塞ぎたくなった。
体が震えだしていた。
どういうこと?
杏里の手からケーキの箱が落ちた。
まさか、これを、私に見せたかったというの・・・?
攻め役の女が由羅に近づいていく。
横顔が見えた。
堀の深い、美しい顔立ちの女だった。
その横顔をひと目見るなり、杏里は小さく叫んだ。
女は、冬美だった。
水谷冬美。
小田切と同じく、杏里たちのサポーターである。
冬美が由羅の唇を貪るように吸い始めたとき、杏里ははっきりと自覚した。
私・・・嫉妬してる。
由羅・・。
いつのまにか、スカートの中に右手を入れていた。
パンティの上からでも、股間が濡れてきているのがわかる。
左手が服の上から胸をまさぐっていた。
由羅と冬美の絡み合う姿を食い入るように凝視する。
嫉妬が官能に火を注ぐ。
杏里は喘いだ、
その声が聞こえたのか。
冬美の肩越しに、突然由羅が杏里のほうを見た。
目が合った。
面白がっているようなまなざしだった。
その瞬間、杏里は悟った。
傷つけられるためだけに、私はここに呼ばれたのだ・・・。
その指を今度は丁寧に左右の掌の切断面にくっつける。
その作業だけで丸一日かかったので、杏里は都合二日間、学校を休むことになってしまった。
爪と指を拾い集めてハンカチで包んで持たせてくれたのは、由羅だった。
彼女に関しては腹立たしいことばかりだったが、そのことだけは感謝しなければならなかった。
放っておけば指も爪もいずれは生えてくるだろうが、一から再生するのはかなり時間がかかると思われたからである。
「また転校するの? 仕事終わっちゃったから」
リビングのテーブルでようやくくっついた指を屈伸運動させながら、杏里は対面で新聞を読んでいる小田切に尋ねた、
事件から三日目の朝のことである。
市政百周年の記念日で、中学校も高校も休みのため、珍しく朝から二人そろって家にいる。
テーブルの上には小田切の作った食べかけのスクランブルエッグとベーコン。それにトーストの乗った皿。窓から見える外は相変らずの雨で、空と海は陰鬱な灰色に塗りつぶされている。
「いや」
小田切が新聞の向こうから答える。
「まだおまえを襲った外来種が徘徊している。やつを駆除するまでは動けない」
「また私に囮になれと?」
「そういうことだ」
小田切がそっけなくいった。
杏里は肩をすくめた。
そんなことだろうと思った。
深いため息をつく。
指はすっかり元通りになっていた。
杏里は椅子から立ち上がり、伸びをした。
ノーブラに男物のTシャツ、
下は幅の極端に狭いパンティ一枚という格好である。
乳首がTシャツの布地をつんと押し上げ、薄い布に包まれただけのまん丸のお尻が丸見えになる。
「勇次は本当に何も感じないの?」
ふと思いついて、訊いた。
「ひとつ屋根の下に、こんなに魅力的な娘がいるってのに」
両手で髪の毛をたくし上げ、腰を悩ましげにひねって体のラインを見せつける。
「いったはずだ」
新聞を畳んでコーヒーを口に運ぶと、顔をしかめて小田切が答えた。
「俺には男性機能が欠落してるんだよ。おまえがいくら誘惑しようと、暖簾に腕押し、糠に釘だ」
「どうして、そうなったの? 事故? 病気?」
元のように椅子に腰かけると、テーブルから身を乗り出して、尋ねた。
Tシャツの襟元が大きく開き、乳房が丸見えになるのを計算に入れてのことだった。
だが、言葉通り、小田切の視線は微動だにしない。
相変らず新聞に目を落としている。
「胸糞の悪い話だ。聞くと後悔するぞ」
こっちを見ようともせず、無愛想な口調でいった。
「教えて」
甘えた声で、杏里は迫った。
どうしても理由を聞きたかったわけではない。
半ば気を紛らわせるためだった。
なんだか体がうずいてならないのだ。
二日も家にこもっていたせいだろうか。
「ちょうど俺がおまえくらいの年のころのことだ」
小田切が、淡々とした口調で話し始めた。
「親父が単身赴任で家を出た。おふくろは男性依存症みたいなタイプの女で、ひとり身に耐え切れなかったんだろうな。あろうことか、息子の俺に手を出してきた」
「え?」
杏里は絶句した。
「どういうこと? それ」
「おふくろと寝たってことだよ。親父がいなくなってからというもの、お袋は毎晩俺を求めてきた。かわいそうだったし、ガキにとってはセックスは麻薬のようなものだから、俺も相手してやったさ。そしたらある日曜日のことだ。いつものように、朝からおふくろのベッドでやりまくってるところに、よせばいいのに親父が帰ってきたんだ。おふくろはちょうど俺の上にまたがって、気持ち良さそうに腰を振ってるところだった。親父はまず裸のおふくろを殴り飛ばすと、鋏片手に俺に向かってきた。あとはわかるだろ? 俺は大事なあそこを実の親にちょんぎられたってわけさ」
「ひどい・・・」
杏里は想わず両手で口許を覆った。
「両親は離婚。親父は当然俺を引き取るのを拒否するし、おふくろは頭がおかしくなって精神病院だ。俺は児童養護施設行きになり、そのままそこで大学受験も済ませた。だから。どんなにセクシーな女が寄ってきても俺はびくともしないよ。おふくろのことを思い出すと心底うんざりするし、第一、先立つペニスがないんでね」
煙草に火をつけ、小田切が杏里を見た。
「どうだ。おまえのタナトス人生も悲惨だが、俺もなかなかのものだろう」
杏里は言葉を失くし、ただうなずくことしかできなかった。
「ごめんなさい・・・。嫌なこと、思い出させて」
珍しく、殊勝な口調で謝った。
「別にいいさ。これでおまえも毎晩安心して眠れるだろうしな」
ぶっきらぼうに小田切が答えたとき、テーブルの端に置いてあった杏里のスマホが一回鳴った。
手に取ると、LINEのメッセージが入っていた。
「由羅からだよ。何だろう?」
胸がどきどきしてきた。
怒りや腹立ちより先に、二度にわたるキスの感触が唇に蘇る。
あの少女に思いを馳せると、杏里は複雑な気分になる。
なぜか落ち着かなくなり、いらいらと恋しさが入り混じったような妙な気分に陥ってしまうのだ。
馬鹿にされていることへの反発は根強い。
が、その反面、彼女を憎みきれない自分を感じてしまう。
それにあの口づけ。
ひょっとして、あの子、私のこと・・・。
顔が赤くなるのがわかった。
「パトスか?」
小田切が顔を上げて、訊いてきた。
「話したいことがあるから、今からシーサイドホテルに来いって」
「気をつけろ」
小田切の目つきが鋭くなる。
「パトス担当の同僚に聞いたんだが、あいつは相当の問題児だってことだ。腕はいいのに未だ試験期間中というのも、どうやらそこに原因があるらしい」
「問題児?」
「感情的になると、見境がつかなくなる。外来種も人間も関係なく、攻撃し始める」
「攻撃って、どんな?」
それは杏里が前から抱いている疑問でもあった。
由羅は杏里より多少背が高いくらいで、基本的にスレンダーな体型をしている。
確かに腕力は強いが、あれでどうやって人間より身体能力の高い外来種と戦うというのだろう。
「パトスには色々な能力を持ったものがいる。離れたところから物を動かす念動力者みたいなのもいれば、肉体を駆使する武闘派もいる。おそらく由羅は後者だろう」
あの由羅が武闘派?
想像もできない。
杏里は一度、彼女の“仕事ぶり”を見てみたいと思った。
こっちはすでに見られているのだから、お合いこだ、という思いもある。
「とりあえず、行ってみます」
杏里はTシャツを脱ぐと、小田切の目の前で着替えにかかった。
「おい」
小田切が露骨に嫌な顔をした。
「俺が無害だからといって、そんなところで丸裸になるやつがあるか。外から見られても知らないぞ」
杏里はその声を無視して、上半身裸のまま窓辺に立った。
由羅ったら、何を考えているのだろう?
そう考えるだけで、乳首が固く尖ってくるのがわかった。
シーサイドホテルは、湾を半周した反対側に位置していた。
そのあたりは海水浴場やヨットハーバーもあり、この町の観光名所になっている。
バスに乗るのは気が重かったが、きょうは雨のせいか乗客も少なかった。
おかげで痴漢や集団レイプの被害に遭うこともなく、無事目的地に到着することができた。
シーサイドホテルはこの界隈では老舗のホテルで、建物自体かなり年季が入った印象だった。
ロビーに入って周囲を見回してみたが、あの特徴のある髪型の少女の姿はなかった。
ふと思いついて、一階のカフェでケーキをふたり分買った。
あの由羅と差し向かいでケーキを食べる図というのを想像すると笑いがこみ上げてきたが、なんだか楽しみでもあった。
顔を合わせると、ひどいことをいわれてそれに反発する、というパターンの繰り返しだった。
でも、由羅のことは、気になってしかたがない。
同類の匂いがするからだろうか。
タナトスとパトスの違いこそあれ、由羅はどこか杏里に似ているのだ。
LINEのメールに部屋番号が書いてあったのを思い出し、杏里はエレベーターに乗った。
5012号室。
確かそんな番号だったはずだ。
5階で降り、長い廊下を左にずいぶん歩いた先に、目的の部屋はあった。
ノックしようとして、杏里はドアが少し開いていることに気づいた。
ドアストッパーがかかっていて、五センチほどの隙間ができているのだ。
勝手に入って来い、ということだろうか。
中に入ると、玄関には二組の靴があった。
一組は由羅のトレードマークである長い黒のブーツ。
もう一組は、明らかに大人の女性のものと思われるシンプルなパンプスだ。
来客だろうか。
ひょっとして、冬美かもしれない。
冬美が来ているのなら、外来種対策の打ち合わせという可能性もある。
「由羅、いるの?」
声をかけた。
返事はない。
靴を脱いで上がってみると、正面の部屋はもぬけの殻だった。
「由羅?」
呼びかけようとしたとき、奥の部屋に続く扉が、これまた半開きになっているのが目に入ってきた。
まるで杏里を誘っているかのように、これ見よがしに開いているのだ。
ふと、声が聞こえた気がした。
胸騒ぎに襲われて、杏里は早足で部屋を横切った。
隙間から中を覗いた瞬間、杏里は思わず叫びそうになって、両手で口を覆った。
異様な光景が目の前に展開されていた。
広い寝室である。
大きなダブルベッドの横に、鉄棒の練習台みたいなトレーニングマシンが置いてある。
そこに、由羅が全裸で磔にされていた。
その前に、ボンテージ風の革の下着を身につけた、髪の長い女が立っている。
Tバックの下着がくいこんだ、たくましい尻。
すらりと伸びた長い脚。
由羅の少年っぽい体つきとは対照的に、見るからに大人の女といった感じの熟れた肢体の持ち主だった。
女は短い鞭のようなものを手にしていた。
何、これ?
杏里は茫然と立ち竦んだ。
自分の目が信じられなかった。
由羅・・・あなた、何やってるの?
鞭がうなった。
小さめの乳房のあたりを叩かれて、由羅がうめいた。
飛び出そうとして、杏里は気づいた。
由羅の声が甘い。
苦痛にうめいているというより、まるでそう、喜んでいるかのようだ。
遠目にも乳首が勃起しているのがわかる。
また、女が鞭を振るった。
あん。
由羅が甘えた声で喘ぐ。
耳を塞ぎたくなった。
体が震えだしていた。
どういうこと?
杏里の手からケーキの箱が落ちた。
まさか、これを、私に見せたかったというの・・・?
攻め役の女が由羅に近づいていく。
横顔が見えた。
堀の深い、美しい顔立ちの女だった。
その横顔をひと目見るなり、杏里は小さく叫んだ。
女は、冬美だった。
水谷冬美。
小田切と同じく、杏里たちのサポーターである。
冬美が由羅の唇を貪るように吸い始めたとき、杏里ははっきりと自覚した。
私・・・嫉妬してる。
由羅・・。
いつのまにか、スカートの中に右手を入れていた。
パンティの上からでも、股間が濡れてきているのがわかる。
左手が服の上から胸をまさぐっていた。
由羅と冬美の絡み合う姿を食い入るように凝視する。
嫉妬が官能に火を注ぐ。
杏里は喘いだ、
その声が聞こえたのか。
冬美の肩越しに、突然由羅が杏里のほうを見た。
目が合った。
面白がっているようなまなざしだった。
その瞬間、杏里は悟った。
傷つけられるためだけに、私はここに呼ばれたのだ・・・。
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