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第3部 凶愛のエロス
♯2 蹂躙
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「あの子は、精神面でちょっと問題があってね」
小田切と並び、手すりから下を見下ろしながら、冬美がいった。
「なかなか独り立ちさせられなくって。今までは、東京や大阪みたいに外来種の浸透性の高い都市で、ほかのパトスのサポートみたいなことをさせていたのだけれど・・・」
杏里はそっと冬美のほうを盗み見た。
まるで実験動物を評するみたいな口調が、気になったのだ。
由羅は確か、こういったはずだ。
-うちには、ちゃんと恋人がいるのさー
それが冬美のことを指しているのは間違いない。
だが、それにしては冬美のこの冷徹さはどうなのだろう?
「なんでも、見境がなくなるくらい、攻撃性が高いとか」
小田切がいった。
「ほかのトレーナーに聞いたのね」
冬美がちらりと小田切の横顔を見る。
「そうなの。由羅は興奮すると、相手が人間であっても容赦しない、最初の頃、大阪での実地訓練の最中に由羅が半グレの集団に絡まれたことがあってね。相手は全員普通の人間だったんだけど、彼女はそのうちの3人の背骨を叩き折って、病院送りにしてしまった」
「やるな」
小田切が笑った。
「でも、そんな危険なパトスを投入せざるを得ないところまで、事態は進行しているというわけだ」
「そう。外来種を日本からすべて駆逐するには、パトスの数が絶対的に足りない。一匹でも野放しにしたら、取り返しのつかないことになる・・・」
ふたりの会話を聞きながら、杏里は由羅の様子を観察していた。
由羅はボクサーのように、身軽にぴょんぴょん飛び跳ねながら、ジャブやストレートを打つ練習をしている。
いわゆるシャドーボクシングというやつだ。
「水谷トレーナー、準備完了しました。外来種、いつでも出せます」
背後のガラス窓が開いて、白衣の男が顔を出した。
「始めて」
冬美が短くいったとき、由羅のいるほうとは反対側の扉が開いて、ひょろりとした人影が現れた。
異様に手足の長い、やせ細った若者である。
髪の毛がぼさぼさで、汚れたTシャツと色あせたジーンズを身につけている。
まるで浮浪者のような感じだった。
だが、それ以外は普通の人間と大差ない。
外来種と人間って、どこが違うのだろう?
杏里は心の中で首をひねった。
確かに、以前杏里が一度だけ遭遇した外来種は、異様な形の性器を備えていた。
だが、あれが単なる奇形だとしたら・・・。
何か、とんでもない被害妄想につき合わされている気がする。
ひょっとしてこれは、人間同士の殺し合いを正当化するための、国家規模の冗談ではないのか。
そんな気さえするほどだ。
若者は、由羅を見て、にやりと笑ったようだった。
柔軟体操でもするかのように、長い両手を頭上でぐるぐる回し始める。
「なんだ、あれは?」
小田切がたずねると、
「先週、歌舞伎町で捕獲した本物の外来種。あれを麻酔で動けなくするまでの間に、何人もの人間が死に、うちのパトスが一機やられたわ」
冬美がよどみない口調で答えた。
その言葉に引っかかり、杏里は小田切越しにキッと冬美の横顔を睨みつけた。
パトス"一機”って、どういうこと?
それに、そんな危険なやつを、由羅にけしかけるつもりなの?
そういってやりたかった。
が、あの出来事がトラウマになっていて、杏里は冬美に話しかけることができないのだ。
杏里は眼下に視線を戻した。
体を左右に揺らしながら、男が由羅に近づいていく。
由羅は依然として、シャドウボクシングのスタイルを保ったままだ。
足の位置をせわしなく入れ替えながら、軽いフットワークで小刻みな動きを繰り返している。
最初に攻撃をしかけたのは、外来種のほうだった。
いきなり、跳んだ。
すさまじい跳躍力だった。
杏里は思わず身をのけぞらせた。
外来種がここまで飛び上がってきそうに思えたからだ。
が、そうはならなかった。
がん、という大きな音がして、外来種が目に見えない壁にぶち当たった。
そのときになって杏里は初めて気づいた。
眼下の訓練場は、透明な天井に覆われているのだ。
それにしても、およそ人間離れしたジャンプ力だった。
杏里は己の認識を改めないではいられなかった。
やっぱりあれ、人間、じゃない・・・。
バランスを崩した外来種が、由羅の目と鼻の先に落下した。
由羅が動いた。
立ち上がろうとした外来種の顔面に、鋭い右ストレートを叩き込む、
が、敵のほうが一枚上手だったようだ。
その一撃をひょいと上体を反らして難なくかわすと、外来種がのびきった由羅の腹に下から膝蹴りを食らわせた。
小柄な由羅が大きくはじけ飛ぶ。
転がった。
顕わになった太腿と、その間から覗いた真っ白な下着が眼に痛い。
間髪を入れず、その上に奇声を上げて外来種が襲いかかる。
化け物じみて長い手足を風車のように振り回し、態勢を整えようと立ち上がった少女を、蹴り、殴った。
見る間に由羅の顔が血で赤く染まっていく。
「やめさせて!」
気づくと杏里は大声で叫んでいた。
「由羅が死んじゃう! 誰か、あいつを止めて!」
「まだ、始まったばかりだわ」
冬美がいった。
例の、何の感情も篭らない、冷たい口調だった。
「あんた、恋人が殺されかけてるのに、何も感じないの?」
トラウマどころではなかった。
杏里は手すりから降りると、冬美の白衣をつかんで力任せにゆすぶった。
「恋人?」
冬美が形のいい眉をひそめて杏里を見る。
「何のことだ?」
小田切も振り返る。
やがて、やっと腑に落ちたといった風に、冬美の瞳に理解の色が宿った。
「そういえば、あなた、あの場にいたんだったわね」
うっすらと微笑んだ。
そして、いった。
「勘違いしないで。あの子が何を吹き込んだか知らないけれど、あれはメンタル・トレーニングの一環なの。あの子は定期的にああしてあげないと、自壊してしまうから」
「メンタル・トレーニング・・・?」
杏里は驚きのあまり、目を見開いた。
あのSMプレイが、トレーニングだっていうの?
そして気づいた。
それに気づいたとたん、由羅がかわいそうでならなくなった。
要は、わたしと同じなのだ。
由羅は、おそらく誰からも、人間扱いされていない。
冬美にも、愛されていないのだ。
小田切と並び、手すりから下を見下ろしながら、冬美がいった。
「なかなか独り立ちさせられなくって。今までは、東京や大阪みたいに外来種の浸透性の高い都市で、ほかのパトスのサポートみたいなことをさせていたのだけれど・・・」
杏里はそっと冬美のほうを盗み見た。
まるで実験動物を評するみたいな口調が、気になったのだ。
由羅は確か、こういったはずだ。
-うちには、ちゃんと恋人がいるのさー
それが冬美のことを指しているのは間違いない。
だが、それにしては冬美のこの冷徹さはどうなのだろう?
「なんでも、見境がなくなるくらい、攻撃性が高いとか」
小田切がいった。
「ほかのトレーナーに聞いたのね」
冬美がちらりと小田切の横顔を見る。
「そうなの。由羅は興奮すると、相手が人間であっても容赦しない、最初の頃、大阪での実地訓練の最中に由羅が半グレの集団に絡まれたことがあってね。相手は全員普通の人間だったんだけど、彼女はそのうちの3人の背骨を叩き折って、病院送りにしてしまった」
「やるな」
小田切が笑った。
「でも、そんな危険なパトスを投入せざるを得ないところまで、事態は進行しているというわけだ」
「そう。外来種を日本からすべて駆逐するには、パトスの数が絶対的に足りない。一匹でも野放しにしたら、取り返しのつかないことになる・・・」
ふたりの会話を聞きながら、杏里は由羅の様子を観察していた。
由羅はボクサーのように、身軽にぴょんぴょん飛び跳ねながら、ジャブやストレートを打つ練習をしている。
いわゆるシャドーボクシングというやつだ。
「水谷トレーナー、準備完了しました。外来種、いつでも出せます」
背後のガラス窓が開いて、白衣の男が顔を出した。
「始めて」
冬美が短くいったとき、由羅のいるほうとは反対側の扉が開いて、ひょろりとした人影が現れた。
異様に手足の長い、やせ細った若者である。
髪の毛がぼさぼさで、汚れたTシャツと色あせたジーンズを身につけている。
まるで浮浪者のような感じだった。
だが、それ以外は普通の人間と大差ない。
外来種と人間って、どこが違うのだろう?
杏里は心の中で首をひねった。
確かに、以前杏里が一度だけ遭遇した外来種は、異様な形の性器を備えていた。
だが、あれが単なる奇形だとしたら・・・。
何か、とんでもない被害妄想につき合わされている気がする。
ひょっとしてこれは、人間同士の殺し合いを正当化するための、国家規模の冗談ではないのか。
そんな気さえするほどだ。
若者は、由羅を見て、にやりと笑ったようだった。
柔軟体操でもするかのように、長い両手を頭上でぐるぐる回し始める。
「なんだ、あれは?」
小田切がたずねると、
「先週、歌舞伎町で捕獲した本物の外来種。あれを麻酔で動けなくするまでの間に、何人もの人間が死に、うちのパトスが一機やられたわ」
冬美がよどみない口調で答えた。
その言葉に引っかかり、杏里は小田切越しにキッと冬美の横顔を睨みつけた。
パトス"一機”って、どういうこと?
それに、そんな危険なやつを、由羅にけしかけるつもりなの?
そういってやりたかった。
が、あの出来事がトラウマになっていて、杏里は冬美に話しかけることができないのだ。
杏里は眼下に視線を戻した。
体を左右に揺らしながら、男が由羅に近づいていく。
由羅は依然として、シャドウボクシングのスタイルを保ったままだ。
足の位置をせわしなく入れ替えながら、軽いフットワークで小刻みな動きを繰り返している。
最初に攻撃をしかけたのは、外来種のほうだった。
いきなり、跳んだ。
すさまじい跳躍力だった。
杏里は思わず身をのけぞらせた。
外来種がここまで飛び上がってきそうに思えたからだ。
が、そうはならなかった。
がん、という大きな音がして、外来種が目に見えない壁にぶち当たった。
そのときになって杏里は初めて気づいた。
眼下の訓練場は、透明な天井に覆われているのだ。
それにしても、およそ人間離れしたジャンプ力だった。
杏里は己の認識を改めないではいられなかった。
やっぱりあれ、人間、じゃない・・・。
バランスを崩した外来種が、由羅の目と鼻の先に落下した。
由羅が動いた。
立ち上がろうとした外来種の顔面に、鋭い右ストレートを叩き込む、
が、敵のほうが一枚上手だったようだ。
その一撃をひょいと上体を反らして難なくかわすと、外来種がのびきった由羅の腹に下から膝蹴りを食らわせた。
小柄な由羅が大きくはじけ飛ぶ。
転がった。
顕わになった太腿と、その間から覗いた真っ白な下着が眼に痛い。
間髪を入れず、その上に奇声を上げて外来種が襲いかかる。
化け物じみて長い手足を風車のように振り回し、態勢を整えようと立ち上がった少女を、蹴り、殴った。
見る間に由羅の顔が血で赤く染まっていく。
「やめさせて!」
気づくと杏里は大声で叫んでいた。
「由羅が死んじゃう! 誰か、あいつを止めて!」
「まだ、始まったばかりだわ」
冬美がいった。
例の、何の感情も篭らない、冷たい口調だった。
「あんた、恋人が殺されかけてるのに、何も感じないの?」
トラウマどころではなかった。
杏里は手すりから降りると、冬美の白衣をつかんで力任せにゆすぶった。
「恋人?」
冬美が形のいい眉をひそめて杏里を見る。
「何のことだ?」
小田切も振り返る。
やがて、やっと腑に落ちたといった風に、冬美の瞳に理解の色が宿った。
「そういえば、あなた、あの場にいたんだったわね」
うっすらと微笑んだ。
そして、いった。
「勘違いしないで。あの子が何を吹き込んだか知らないけれど、あれはメンタル・トレーニングの一環なの。あの子は定期的にああしてあげないと、自壊してしまうから」
「メンタル・トレーニング・・・?」
杏里は驚きのあまり、目を見開いた。
あのSMプレイが、トレーニングだっていうの?
そして気づいた。
それに気づいたとたん、由羅がかわいそうでならなくなった。
要は、わたしと同じなのだ。
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冬美にも、愛されていないのだ。
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