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第6部 淫蕩のナルシス
#1 残虐少女絵画展
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ここ相原市は中京工業地帯の一郭を占め、運河の街として有名である。
なかでも杏里の住む昭和町はその名の通り、昭和30年代から40年代の町並みを残した、時代に取り残されたような地域だった。
ここに越してきた当初は隣接する潮見が丘に近いマンションに居を構えていたのだが、”外来種変異体”である呉秀樹の起こした拉致事件のせいで、更なる転居を余儀なくされてしまった。
新たな引越し先は、昭和町でも比較的郊外にあたる緑豊かな地域だった。
そこに小田切が貸家を見つけ、つい5日ほど前に移ってきたのである。
秋から通うことになる荘内橋中学校からは遠くなったが、工場地帯や運河から離れたことは杏里にとってちょっとした救いになった。
あの煤煙と排気ガスのこもるいがらっぽい空気は、もともと体質に合わなかったのだ。
「うは。ものすごい田舎に住んでやんの」
由羅がたずねてきたのは、翌日の午後のことである。
ちょうど杏里は前庭に出ていて、野良猫たちに餌をやっているところだった。
このあたりには捨て猫が多い。
庭に侵入してくるのはいつもきまった顔ぶれだ。
転居初日に見つけてあまり可愛いので餌をやってみたら、そのうち3匹が居候の如く居ついてしまった。
小田切はいい顔をしなかったが、体を動かしていないとまたぞろあの淫猥な気分に襲われるので、野良猫たちの世話は気晴らしにはちょうどよかったのだ。
「あ、由羅。どうしたの?」
突然声をかけられ、杏里は振り返った。
ずかずかと庭に入ってきた由羅を警戒して、蜘蛛の子を散らすように野良猫たちが逃げていく。
つばの広い麦わら帽子をかぶった由羅は、きょうは比較的大人しめな格好をしていた。
スレンダーな体に、黒いTシャツと白のショートパンツがよく似合っている。
この夏休み、よほどよく外を出歩いているのか、顔も手足もこんがりと日焼けしていた。
だが、髪型はいつもの蝙蝠の翼みたいだし、目の周りにはシャドウを塗っている。
以前、杏里はシャドウの理由をたずねたことがある。
そのとき、由羅はいったものだ。
「これは、『ブレードランナー』って映画に出てきたレプリカントの女の子、プリスのまねなんだ。だって、レプリカントって、ちょっとうちらに似てるだろ?」
そのときは『ブレードランナー』も『レプリカント』も知らなかった杏里だったが、後でDVDを借りて鑑賞してみて、悲しい映画だと思ったのを覚えている。
たしかに、彼女のいう通り、レプリカントは杏里や由羅の立場に似ている気がしたのだった。
「杏里が退屈してるから、遊んでやってくれって、冬美経由で小田切がいってきたんだよ」
「勇次が?」
杏里はきのうの一件を思い出し、ちょっとばかりひやりとした。
「んもう、余計なことを」
「来て悪かったか?」
唇を尖らせる杏里に、由羅が訊く。
その表情から杏里は、小田切がそれほど深い内容までは伝えていないようだと判断して、少し安心した。
性欲発散の相手をしてやってくれ、などといわれていたら、底意地の悪い由羅のことだ。
鬼の首を取ったように杏里をからかいにかかるに違いないからである。
「この庭、いいな。マジ鶏とか飼ったらどうだ?」
周囲を見回して由羅がいった。
由羅と冬美、そして栗栖重人の3人の擬似家族が引っ越した先も古い一軒家だったが、そちらはさすがに街の中心に近いせいか、前庭まではついていない。
「それは私も検討中」
杏里は縁側から腰を上げると、大きく伸びをした。
「でも、猫ちゃんたちもいるからなあ」
母屋の屋根の向こうには緑に包まれたなだらかな山並みが見える。
その背後に広がる空は、まばゆいばかりに明るく、青が濃い。
「なあ、ちょっと駅の方に行ってみないか? 服とかけっこう安くていい店あるし、ゲームセンターや映画館、フードコートもあるぜ」
杏里から微妙に視線をそらし、由羅がいった。
杏里が拉致された事件のとき、由羅は杏里の制止を振り切って、秀樹を殺してしまった。
ただ彼が、外来種であるという理由だけで。
由羅は”対外来種殲滅兵器”パトスである。
だから、彼女としては、任務に忠実に従っただけなのだ。
が、杏里はいたたまれなかった。
それで、由羅を責めた。
そのことが、由羅の中でもしこりになっているのだろう。
「本屋さんも?」
「うーん、ビデオ屋さんと一緒に確かあったと思うけど」
「ビデオ屋さんって由羅、古いなあ」
「じゃ、なんていえばいいんだよ」
「DVD屋さんとかレンタルショップとか」
「んなの、どうでもいいだろ。それより、早く着替えて来いよ。まさか、その格好のまま行く気じゃないだろうな」
軽口を叩き合っているうちにしこりがほぐれてきたのか、にやりと笑って由羅が杏里の胸元を指差した。
杏里は相変らずのノーブラである。
白いTシャツの胸は大きくふくらみ、ピンクの乳輪が透けて見えているのだ。
「街中で周り挑発しなくていいから」
「わかってる」
杏里は母屋に戻りかけて、ふと由羅のほうを振り返った。
「あ、でも、どうやっていくの? 私、バスはダメだよ。また襲われちゃうから」
タナトスは周囲の人間の嗜虐心を誘発する。
だから、人の多い密室は危険なのだ。
「重人から聞いてるよ。ちょっとかかるけど、この天気ならチャリで行けるだろ」
由羅の視線の先に目を向けると、彼女が乗ってきたらしいマウンテンバイクが生垣に立てかけてあった。
「OK。じゃ、ちょっと待っててね。着替えてすぐ戻ってくるから」
「”仕事”じゃないんだ。なるべく地味な格好で頼む」
「どうかな。私の服、みんなタナトス仕様だから」
結局、杏里も由羅と同じ、Tシャツとショートパンツスタイルに落ち着いた。
が、違うのはTシャツの襟ぐりが乳が見えそうなくらい深いことと、ショートパンツが極端に短く、しかも横にスリットまで入っていることである。
「そりゃ、襲われても文句いえないよなあ」
母屋から出てきた杏里の姿をしげしげと眺めながら、由羅がいった。
「おまえ、なんかエロいんだよなあ。おっぱいやおしりや太腿、必要以上にムチムチしてるしさあ、色がまた生白くて、なんだかなあ」
「べ、別に肥ってるわけじゃないよ。これでも体重50キロないんだよ」
「おまえが単なるデブなら、まだ救われるさ。中学生にあるまじきそのエロいプロポーションが問題なんだよ。それに、おまえ、体とアンバランスにほどがあるほど童顔だろ。すぐ切なそうな目つきをするしさ。それじゃ、まるで、『どうか私を犯してください』って全身で訴えてるようなもんだ」
「だって、タナトスってそういうふうにできてるんだから、しょうがないじゃない」
「そりゃま、そうなんだけどさ」
呆れる由羅をなだめ、ふたり並んで自転車で出発した。
杏里の自転車は典型的なママチャリである。
由羅のマウンテンバイクに比べると、当然スピードは出ない。
しかも由羅はニンゲンを凌駕する運動神経と体力の持ち主ときているから、どうしても遅れがちになってしまう。
「ちょっと由羅、もっとゆっくり走ってよ!」
「おまえが遅すぎるんだよ。ちょっとおっぱい重過ぎなんじゃね?」
「んもう、由羅のエッチ!」
同じ年頃同士、ふざけ合うのは楽しかった。
タナトスとパトスという間柄ではなく、杏里と由羅はごく普通の中学生の少女に戻っていた。
もとより、肉体的にはふたりとも本物の14歳というわけではない。
しかし、今だけはそのことを忘れることができそうだったのだ。
かなりの道のりにもかかわらず、たいして時間がかかったという意識もなく、街の中心部についた。
どちらかといえば寂れた昭和町のなかでも、ここだけは別世界だった。
JRの駅の周囲に洒落た町並みが広がっている。
映画館だけでなく、美術館や文化小劇場もあり、それだけで杏里は感動した。
杏里は絵を見るのが好きである。
学校でも、いちばん得意な教科は美術なのだ。
「まず何かおいしいもん、食べようぜ」
有料駐輪場に自転車を止めるなり、由羅がいった。
「その前に、本屋さんに寄っていい?」
駅前のビルの1階に大きな書店を見つけて、杏里はいった。
「田舎に引っ越しちゃったもんだから、買いたい漫画や本がたまってるんだ」
「そんなの、ネットで注文すりゃいいじゃんかよ」
「自分で見て選ぶのが楽しいんじゃないの」
「ふーん、そんなもんかねえ」
ぶつくさこぼす由羅を従えて、自動ドアをくぐる。
心地よい冷風が、ふわりと2人を包み込んだ。
「うわあ、涼しいなあ。ここ、ひょっとして天国?」
由羅が歓声を上げる。
「2階に喫茶コーナーがあるみたいだから、退屈したらそこで待ってて」
「あいよ」
文庫本のコーナー、コミックのコーナーと順番に見て回る。
これが杏里にとり、いちばんの至福のときだった。
いやなことをすべて忘れていられる。
楽しい空想の世界に、どっぷり浸っていられるのだ。
そのポスターを見つけたのは、ひと通り店の中を見て回った頃のことだった。
それは、美術書や画集のコーナーの壁に貼ってあった。
巨大な白い皿の上に、全裸の少女が仰向けに横たわっている。
杏里と同じくらいの年頃の、まだあどけない顔立ちをした少女だ。
その横に、特大サイズのナイフとフォーク。
ひと目見て、杏里は心を奪われた。
異様極まりない絵だった。
少女の下半身が、輪切りにされているのだ。
写真と見まごうばかりに精緻なタッチである。
切断された断面から覗く骨や筋肉、内臓、脂肪までが細かく描かれている。
血は1滴も出ていない。
半身を輪切りにされ、巨人の食卓に並んだ料理と化してもなお、少女は微笑んでいる。
その表情には、恍惚の色さえ見てとれる。
杏里の目を引きつけたのは、その顔立ちだった。
似ている。
私に・・・。
直感的に、そう思った。
体つきはずいぶん違う。
絵の少女はいかにも中学生らしい、発育途上の肉体を晒している。
杏里のものに比べると、乳房は未発達で貧弱だ。
杏里の体はどちらかというと、成熟した大人の女性のものに近いのだ。
しかし、顔が、表情がそっくりだった。
写真で撮ったように、よく似ている。
生き写しとは、まさにこのことだった。
『残虐少女絵画展』
それが、ポスターのタイトルだった。
見ると、ポスターの下に、同じ図柄の画集が平積みになっていた。
『残虐少女絵画集』 ヤチカ
”ヤチカ”。
それが著者名らしい。
杏里は震える手で、一冊を手に取った。
ページをめくって、思わず、あっと声を上げた。
「こ、これは・・・?」
呆然と立ち竦む杏里に、由羅が声をかけてきた。
「どうしたんだ?」
杏里はかぶりを振った。
「もう少し待って。向こうに、行ってて」
ページをめくる手を、もう、止めることができなくなっていたのである。
なかでも杏里の住む昭和町はその名の通り、昭和30年代から40年代の町並みを残した、時代に取り残されたような地域だった。
ここに越してきた当初は隣接する潮見が丘に近いマンションに居を構えていたのだが、”外来種変異体”である呉秀樹の起こした拉致事件のせいで、更なる転居を余儀なくされてしまった。
新たな引越し先は、昭和町でも比較的郊外にあたる緑豊かな地域だった。
そこに小田切が貸家を見つけ、つい5日ほど前に移ってきたのである。
秋から通うことになる荘内橋中学校からは遠くなったが、工場地帯や運河から離れたことは杏里にとってちょっとした救いになった。
あの煤煙と排気ガスのこもるいがらっぽい空気は、もともと体質に合わなかったのだ。
「うは。ものすごい田舎に住んでやんの」
由羅がたずねてきたのは、翌日の午後のことである。
ちょうど杏里は前庭に出ていて、野良猫たちに餌をやっているところだった。
このあたりには捨て猫が多い。
庭に侵入してくるのはいつもきまった顔ぶれだ。
転居初日に見つけてあまり可愛いので餌をやってみたら、そのうち3匹が居候の如く居ついてしまった。
小田切はいい顔をしなかったが、体を動かしていないとまたぞろあの淫猥な気分に襲われるので、野良猫たちの世話は気晴らしにはちょうどよかったのだ。
「あ、由羅。どうしたの?」
突然声をかけられ、杏里は振り返った。
ずかずかと庭に入ってきた由羅を警戒して、蜘蛛の子を散らすように野良猫たちが逃げていく。
つばの広い麦わら帽子をかぶった由羅は、きょうは比較的大人しめな格好をしていた。
スレンダーな体に、黒いTシャツと白のショートパンツがよく似合っている。
この夏休み、よほどよく外を出歩いているのか、顔も手足もこんがりと日焼けしていた。
だが、髪型はいつもの蝙蝠の翼みたいだし、目の周りにはシャドウを塗っている。
以前、杏里はシャドウの理由をたずねたことがある。
そのとき、由羅はいったものだ。
「これは、『ブレードランナー』って映画に出てきたレプリカントの女の子、プリスのまねなんだ。だって、レプリカントって、ちょっとうちらに似てるだろ?」
そのときは『ブレードランナー』も『レプリカント』も知らなかった杏里だったが、後でDVDを借りて鑑賞してみて、悲しい映画だと思ったのを覚えている。
たしかに、彼女のいう通り、レプリカントは杏里や由羅の立場に似ている気がしたのだった。
「杏里が退屈してるから、遊んでやってくれって、冬美経由で小田切がいってきたんだよ」
「勇次が?」
杏里はきのうの一件を思い出し、ちょっとばかりひやりとした。
「んもう、余計なことを」
「来て悪かったか?」
唇を尖らせる杏里に、由羅が訊く。
その表情から杏里は、小田切がそれほど深い内容までは伝えていないようだと判断して、少し安心した。
性欲発散の相手をしてやってくれ、などといわれていたら、底意地の悪い由羅のことだ。
鬼の首を取ったように杏里をからかいにかかるに違いないからである。
「この庭、いいな。マジ鶏とか飼ったらどうだ?」
周囲を見回して由羅がいった。
由羅と冬美、そして栗栖重人の3人の擬似家族が引っ越した先も古い一軒家だったが、そちらはさすがに街の中心に近いせいか、前庭まではついていない。
「それは私も検討中」
杏里は縁側から腰を上げると、大きく伸びをした。
「でも、猫ちゃんたちもいるからなあ」
母屋の屋根の向こうには緑に包まれたなだらかな山並みが見える。
その背後に広がる空は、まばゆいばかりに明るく、青が濃い。
「なあ、ちょっと駅の方に行ってみないか? 服とかけっこう安くていい店あるし、ゲームセンターや映画館、フードコートもあるぜ」
杏里から微妙に視線をそらし、由羅がいった。
杏里が拉致された事件のとき、由羅は杏里の制止を振り切って、秀樹を殺してしまった。
ただ彼が、外来種であるという理由だけで。
由羅は”対外来種殲滅兵器”パトスである。
だから、彼女としては、任務に忠実に従っただけなのだ。
が、杏里はいたたまれなかった。
それで、由羅を責めた。
そのことが、由羅の中でもしこりになっているのだろう。
「本屋さんも?」
「うーん、ビデオ屋さんと一緒に確かあったと思うけど」
「ビデオ屋さんって由羅、古いなあ」
「じゃ、なんていえばいいんだよ」
「DVD屋さんとかレンタルショップとか」
「んなの、どうでもいいだろ。それより、早く着替えて来いよ。まさか、その格好のまま行く気じゃないだろうな」
軽口を叩き合っているうちにしこりがほぐれてきたのか、にやりと笑って由羅が杏里の胸元を指差した。
杏里は相変らずのノーブラである。
白いTシャツの胸は大きくふくらみ、ピンクの乳輪が透けて見えているのだ。
「街中で周り挑発しなくていいから」
「わかってる」
杏里は母屋に戻りかけて、ふと由羅のほうを振り返った。
「あ、でも、どうやっていくの? 私、バスはダメだよ。また襲われちゃうから」
タナトスは周囲の人間の嗜虐心を誘発する。
だから、人の多い密室は危険なのだ。
「重人から聞いてるよ。ちょっとかかるけど、この天気ならチャリで行けるだろ」
由羅の視線の先に目を向けると、彼女が乗ってきたらしいマウンテンバイクが生垣に立てかけてあった。
「OK。じゃ、ちょっと待っててね。着替えてすぐ戻ってくるから」
「”仕事”じゃないんだ。なるべく地味な格好で頼む」
「どうかな。私の服、みんなタナトス仕様だから」
結局、杏里も由羅と同じ、Tシャツとショートパンツスタイルに落ち着いた。
が、違うのはTシャツの襟ぐりが乳が見えそうなくらい深いことと、ショートパンツが極端に短く、しかも横にスリットまで入っていることである。
「そりゃ、襲われても文句いえないよなあ」
母屋から出てきた杏里の姿をしげしげと眺めながら、由羅がいった。
「おまえ、なんかエロいんだよなあ。おっぱいやおしりや太腿、必要以上にムチムチしてるしさあ、色がまた生白くて、なんだかなあ」
「べ、別に肥ってるわけじゃないよ。これでも体重50キロないんだよ」
「おまえが単なるデブなら、まだ救われるさ。中学生にあるまじきそのエロいプロポーションが問題なんだよ。それに、おまえ、体とアンバランスにほどがあるほど童顔だろ。すぐ切なそうな目つきをするしさ。それじゃ、まるで、『どうか私を犯してください』って全身で訴えてるようなもんだ」
「だって、タナトスってそういうふうにできてるんだから、しょうがないじゃない」
「そりゃま、そうなんだけどさ」
呆れる由羅をなだめ、ふたり並んで自転車で出発した。
杏里の自転車は典型的なママチャリである。
由羅のマウンテンバイクに比べると、当然スピードは出ない。
しかも由羅はニンゲンを凌駕する運動神経と体力の持ち主ときているから、どうしても遅れがちになってしまう。
「ちょっと由羅、もっとゆっくり走ってよ!」
「おまえが遅すぎるんだよ。ちょっとおっぱい重過ぎなんじゃね?」
「んもう、由羅のエッチ!」
同じ年頃同士、ふざけ合うのは楽しかった。
タナトスとパトスという間柄ではなく、杏里と由羅はごく普通の中学生の少女に戻っていた。
もとより、肉体的にはふたりとも本物の14歳というわけではない。
しかし、今だけはそのことを忘れることができそうだったのだ。
かなりの道のりにもかかわらず、たいして時間がかかったという意識もなく、街の中心部についた。
どちらかといえば寂れた昭和町のなかでも、ここだけは別世界だった。
JRの駅の周囲に洒落た町並みが広がっている。
映画館だけでなく、美術館や文化小劇場もあり、それだけで杏里は感動した。
杏里は絵を見るのが好きである。
学校でも、いちばん得意な教科は美術なのだ。
「まず何かおいしいもん、食べようぜ」
有料駐輪場に自転車を止めるなり、由羅がいった。
「その前に、本屋さんに寄っていい?」
駅前のビルの1階に大きな書店を見つけて、杏里はいった。
「田舎に引っ越しちゃったもんだから、買いたい漫画や本がたまってるんだ」
「そんなの、ネットで注文すりゃいいじゃんかよ」
「自分で見て選ぶのが楽しいんじゃないの」
「ふーん、そんなもんかねえ」
ぶつくさこぼす由羅を従えて、自動ドアをくぐる。
心地よい冷風が、ふわりと2人を包み込んだ。
「うわあ、涼しいなあ。ここ、ひょっとして天国?」
由羅が歓声を上げる。
「2階に喫茶コーナーがあるみたいだから、退屈したらそこで待ってて」
「あいよ」
文庫本のコーナー、コミックのコーナーと順番に見て回る。
これが杏里にとり、いちばんの至福のときだった。
いやなことをすべて忘れていられる。
楽しい空想の世界に、どっぷり浸っていられるのだ。
そのポスターを見つけたのは、ひと通り店の中を見て回った頃のことだった。
それは、美術書や画集のコーナーの壁に貼ってあった。
巨大な白い皿の上に、全裸の少女が仰向けに横たわっている。
杏里と同じくらいの年頃の、まだあどけない顔立ちをした少女だ。
その横に、特大サイズのナイフとフォーク。
ひと目見て、杏里は心を奪われた。
異様極まりない絵だった。
少女の下半身が、輪切りにされているのだ。
写真と見まごうばかりに精緻なタッチである。
切断された断面から覗く骨や筋肉、内臓、脂肪までが細かく描かれている。
血は1滴も出ていない。
半身を輪切りにされ、巨人の食卓に並んだ料理と化してもなお、少女は微笑んでいる。
その表情には、恍惚の色さえ見てとれる。
杏里の目を引きつけたのは、その顔立ちだった。
似ている。
私に・・・。
直感的に、そう思った。
体つきはずいぶん違う。
絵の少女はいかにも中学生らしい、発育途上の肉体を晒している。
杏里のものに比べると、乳房は未発達で貧弱だ。
杏里の体はどちらかというと、成熟した大人の女性のものに近いのだ。
しかし、顔が、表情がそっくりだった。
写真で撮ったように、よく似ている。
生き写しとは、まさにこのことだった。
『残虐少女絵画展』
それが、ポスターのタイトルだった。
見ると、ポスターの下に、同じ図柄の画集が平積みになっていた。
『残虐少女絵画集』 ヤチカ
”ヤチカ”。
それが著者名らしい。
杏里は震える手で、一冊を手に取った。
ページをめくって、思わず、あっと声を上げた。
「こ、これは・・・?」
呆然と立ち竦む杏里に、由羅が声をかけてきた。
「どうしたんだ?」
杏里はかぶりを振った。
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