激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第6部 淫蕩のナルシス

#2 淫靡な画集

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 ガーターベルトとコルセットだけを身につけた少女が、腰を上にしてソファに逆さまにもたれている。
 そのむきだしの陰部に、真っ赤なバラの切り花が突っ込まれている。
 少女の膣が、花瓶の代わりになっているのだ。
 絵のタイトルは、そのまま『生け花』とある。
 震える指で、ページをめくる。
 枯葉の敷き詰められた庭に、ひつぎが置かれている。
 蓋ははずされ、中が見えている。
 バラの花がびっしり詰まっている。
 そして、その中に埋もれるようにして横たわる全裸の少女。
 少女には、手足がない。
 切り口からは爆ぜた肉と、白い骨の先が飛び出している。
 タイトルは『達磨少女』。
 次は、もっと凄惨な構図だった。
 薄暗い部屋の中。
 全裸の少女が、両手両脚を縛られ、大の字の姿勢で宙に浮いている。
 その生白い体に、黒い蛇が何十匹も巻きついている。
 蛇はただ巻きつくのではなく、少女の皮膚を食い破って体の中に頭を突っ込んでいる。
 口にも、膣にも、肛門にも蛇は侵入している。
 食い破られたわき腹からあばら骨の一部と、ピンクの腸が覗いている。
 『饗宴』というタイトルの絵だった。
 杏里は画集を閉じると、深いため息をついた。
 どの絵も異常極まりないものだったが、いちばん印象に残ったのは、どの絵の少女も恍惚とした表情をその顔に浮かべていることだった。
 そして、信じられないことに、その少女たちの貌は、みんな杏里にそっくりなのだ。
 おぞましいものを見た、という吐き気に似た感覚とは別に、奇妙な疼きのようなものを覚えて杏里はとまどっていた。
 それはきのう、急に襲ってきたあの欲情とどこか共通のものがあった。
 絵が、これまでに杏里が受けてきたさまざまな陵辱を、肉体に思い出させたかのようだった。
 認めたくないことだが、蹂躙の最中、杏里はときどき"感じる"ことがある。
 限度を越える痛みを回避するために、タナトスの肉体は積極的に快楽に加担する。
 どうやら、そういうふうにつくられているらしいのだ。
 私は、けだものだ・・・。
 そう思うと、落ち込んできた。
 こんな変な絵を見て、"感じて"しまうなんて。
 ショッピングモールの一角にあるスターバックス。
 そのいちばん隅の席に、杏里と由羅は腰を落ちつけていた。
「マジ、キモいなそれ」
 テーブルの向かい側から由羅が身を乗り出して、いった。
「なんでそんな本買ったんだよ? おまえがそこまで変態だとは思わなかったぜ」
 にやにや笑っている。
 杏里は耳のつけ根まで赤くなった。
 由羅は冗談のつもりなのだろうが、杏里にとってはそうではない。
 まさに図星なのである。
 ひやりとすると同時に、なんともいえない後ろめたさが襲ってきた。
 が、本を買った理由は他にある。
 杏里は画集の表紙を由羅に見せた。
「この顔、見て」
「ん?」
 由羅が表紙の少女に目を落とす。
 例のポスターにあった、皿の上で下半身を輪切りにされている少女の絵である。
「あ」
 由羅が顔を上げ、まじまじと杏里を見つめてきた。
「これ、おまえじゃないか」
「ね、そっくりでしょ」
「ていうか、杏里、おまえ、こんなキモい絵のモデルやってたの?」
「違います」
 杏里はばんとテーブルを掌で叩いた。
「確かに私、似たような目に色々遭ったけど、モデルになんてなった覚え、ないし」
「じゃ、偶然?」
「それも、違うと思う」
 由羅の手許で、杏里はもう一度、画集のページをめくった。
「うえ」
 とか、
「ひゃあ」
 などとふざけていた由羅の表情が、次第に険しいものに変わっていった。
「これ・・・全部、おまえじゃないか」
「そうなの。どの絵のモデルも、カオはなぜかみんな私。でもね」
 杏里はそこでいったん言葉を切ると、息を調えるためにストローに唇をつけた。
「似てるのは顔だけ。首から下は別人よ」
「だよな」
 由羅が、杏里の胸元と画集のページを見比べ、つぶやいた。
「実物に比べて、絵の女の子のほうが、ずうっとロリっぽい」
 杏里のTシャツは胸元がV字型に大きく切れ込んでいる。
 なまじ小さいブラで締めつけているため、真っ白な胸のふくらみが半分近く覗いているのだ。
「確かに、そのダイナマイトボディをそのまま絵にしたら、ただのエロ本になっちまうもんな」
「ひどい」
 杏里は頬をふくらませた。
 中学2年という設定からは、あまりに不相応に熟れきったこの体を、正直杏里は持て余している。
 誇りに思うときもあるが、たいていは疎ましさが先に立つ。
 同級生たちに囲まれたときが特にそうだった。
 幸い、今は夏休みだから救われているが、2学期が始まればまた悩みの種になるに違いなかった。
 が、タナトスとしては、ある意味それは仕方ないことなのである。
 ターゲットを身体で誘引しなければ、"処理"が進まないからだ。
「えっと、画家の名前は、ヤチカ、か。これだけじゃ、男か女かもわかんないな」
「今度、その人の個展がこの街であるんだって」
 気を取り直して、杏里は口を開いた。
「さっき。本屋さんでポスター見たの。『残虐少女絵画展』ってタイトルらしいんだけど」
「まさか。杏里、おまえ」
 由羅の眼がすっと細くなった。
「その個展、行くつもりじゃないだろうな」
「行くよ。この絵を描いた人に会ってみたいの。で、訊いてみる。どうして私の顔なのかって」
「それ、ヤバくないかな」
 由羅が、テーブルに頬杖をついてつぶやいた。
「どうして?」
 杏里は小首をかしげた。
 由羅に心配してもらえるのは、うれしかった。
 もっともっと心配してほしい、と思う。
 なんだかんだといいながら、杏里にとって、心身ともに頼れるのはこの同類の少女だけなのだ。
「しようがねえな。うちもついてってやるよ」
 しばらく考え込んだ後、だしぬけに由羅がいった。
「いつからなんだ? 個展が始まるの」
 内心、やった、と思いながら杏里は答えた。
「あさってだったと思う。じゃ、私、前売り券、2枚買っておくね。私のおごりでいいよ」
「当たり前だ」
 由羅が憮然とした表情でいった。
「うちはそんな変態な絵、興味ないんだからな」
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