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第6部 淫蕩のナルシス
#10 暴かれた過去
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場面を更に変え、夢は続く。
男の声。
えんえんと、何かしゃべっている。
目を開ける。
パソコンの画面だ。
どこかで見たことのある、壮年のスーツ姿の男。
これは、あのときの?
杏里は男の声に、耳を傾けることにした。
ー外来種は、われわれ人類の天敵だ。ニホンタンポポがセイヨウタンポポに、イシガメやクサガメがミシシッピアカミミガメに駆逐されてしまったように、放っておけば早晩われわれ人類は根絶やしにされ、やつらに取って代わられるだろう。ふと気がついてみると、知らぬ間に周囲は人ならぬ外来種どもに囲まれてしまっているというわけだ。やつらの外見が人間そっくりだからといって、惑わされてはいかん。やつらは明らかに別種の生命体だ。優れた身体能力、高い知性。確かにそれだけなら、優秀な人間の一個体といっていいだろう。しかし、決定的な違いがあることを忘れるな。やつらはわれわれにない臓器を備えている。肝臓の下部にある第二の脳、X器官がそれだ。下世話な話だが、生殖器官の形状も異様すぎる。そして、あの繁殖への異常なこだわりと、人類のそれを遥かに凌ぐ残忍性。やつらは繁殖のためには手段を選ばない。なぜなら、人間と違って非常に繁殖しにくいというのが、やつらの唯一の弱点だからだ。雌が極端に少ないために、人間の女性を受胎させて繁殖するのがやつら外来種の常套手段だが、幸いなことに、やつらの生殖器官のサイズや形状は特殊すぎて、ほとんどの人間の女性に合致しない。逆にいうと、そのためにこれまで多くの女性が犠牲になっている。性行為の最中に子宮を破壊されて死亡する例が非常に多いのだ。そして更に、性行為に失敗すると、やつらは被害者を捕食する。腹立ち紛れなのか、何かの儀式なのか、そこまではわからん。とにかく、それだけでも十分な脅威なのだが、問題はやつらの種を孕む女性もごく少数ながら存在するという事実だ。はっきりいって、これは絶対に阻止せねばならん。外来種を繁殖させてはならんのだ。その点、君たちタナトスは理想的存在だろう。性的魅力に特化しているにもかかわらず、繁殖力を持たない。また、少々の傷は自動的に修復する回復力も備えている。君たちの体には、対外来種用のマーキング機能も付与してある。外来種は性的魅力に富んだ君たちに、必ず誘引される。君たちがやつらを引きつけ、釘づけにしている間にパトスが倒す。それが現在確認されている唯一の外来種殲滅法だ。人間社会のストレス吸収という本来の役目に加えて、外来種の"誘蛾灯"になるというのは大変なことだと思うが、何分非常事態なのだ。協力して欲しいー
いかにも演説慣れした、耳障りのいい男の声。
それをバックに映し出される、さまざまな画像。
外来種の解剖図。
肝臓の下に、胆嚢を包み込むようにして、海綿状の臓器が見える。
明らかに人間にはない、未知の器官だった。
その解剖図の端に描かれている細長い槍のようなもの。
それが外来種のペニスである。
幹から棘が突き出しており、見るからに不気味だった。
杏里はかつてそれを挿入されたときのことを思い出して、気分が悪くなった。
杏里がタナトスでなければ、間違いなく死んでいたところなのだ。
画像がスクロールして、血まみれでベッドの横たわる女性の写真に変わる。
全裸で、下腹部が無惨にも引き裂かれ、内臓が一部飛び出している。
外来種に食われたのか、右腕の肘から先がなくなっていた。
そして、杏里も一度目撃したことのある、外来種の胎児。
人間の胎児とは似ても似つかぬ、醜悪で凶暴な化け物。
その姿はさながら、びっしりと歯の生えた口を持つ、ピンク色の眼のない大きなイモムシだ。
グラフもあった。
世界の州ごとの『外来種混入率』を示すグラフである。
どこもまだ0.0001%未満だが、アフリカ州だけが突出して高い。
これは以前、外来種山口翔太との一件の後、杏里が小田切に見せられた映像だった。
話しているのは、"上"とつながりの深い政治家だという。
まだ中2までの知識しかない杏里にはくわしくわからないのだが、内閣府には『原種保存委員会』なる部署が秘密裏につくられており、そこと民間企業が協力して設立したのがタナトスやパトスを擁する”機関”であるらしい。
夢の中で、その映像が再現されているのだ。
男が消え、杏里は学校の階段の踊り場にいる。
制服姿の由羅と、重人が話している。
ーそう、それだよ。被害者はみんな若い女性で、性的暴行を加えられた上に、体の一部を食べられていた。当時も、こんなの人間の仕業じゃないと思ってたけど、やっぱりそうだったんだ。あの事件の犯人は、ヒトではなく、外来種だったんだねー
ーひょっとして、そこがヒトとやつらのいちばんの違いなのかもな、やつらはニンゲンを捕食するんだ。でも、それで、なんでタナトスが死ななきゃならなかったんだ。不死身なんだろ? 少なくともうちはそう聞いてるけどー
ーボクもそのときまでは、そう信じてたさ。とにかく、無言で沙耶は男に飛びかかっていった。ボクは情けないことに、恐怖で足がすくんでしまって動けなかった。しばらくもみ合う音が続いた。そして、男が立ち去る気配がした。おそるおそる林の中をのぞいてみると、首のない女の人の隣に、沙耶が倒れていた。完全に死んでたよ。夜が明けるまで待ったけど、ついに沙耶は再生しなかった。刃物で心臓を刺されても死なないタナトスが、どんどん冷たくなっていくんだ。もう、どうしていいかわからなかった。サポーターが回収しに来てくれるまで、ボクはふたつの死体のそばにうずくまって泣いていた。こわくって心細くって、あのときほど自分の無力さを感じたことはなかったなー
ーおまえの心境なんてどうでもいいんだよ。なんで不死身のタナトスが死んだかって、それを訊いてるんだよー
ー沙耶はね。脳を食べられていたんだよー
沙耶とは、重人が以前組んでいたタナトスの少女の名前である。
これも、記憶にある風景だった。
知らぬ間に人類に紛れ、繁殖していた天敵”外来種”。
タナトスの弱点、それは脳・・・。
夢が、だんだん現実とリンクしていく。
「済んだよ」
誰かが肩を揺すっている。
杏里は小さく呻き、眼を開いた。
重人の丸い顔がすぐ近くにあった。
「どう? よく眠れた?」
杏里は蒲団の上に上体を起こすと、ゆるゆると首を横に振った。
「夢、見てた・・・。いろんな夢」
いつもの催眠療法とは全然違っていた。
これまでは、重人に額を触られるとぐっすり眠ってしまい、夢などまったく見たことがなかったのだ。
「だよねえ」
重人が深いため息をついた。
蒲団の隅にぺたんと座り込み、しょんぼりとうなだれた。
「ほんとはこんなことしちゃ、いけなかったんだけど」
そこで由羅のほうをちらっと見て、
「由羅がどうしてもって、聞かないもんだから」
そう、ぼやくようにいった。
「何をしたの?」
「記憶のサルベージ」
「サルベージ?」
「無意識の底に眠っている君たちの記憶を掘り起こしたのさ。もちろん、ほんの一部だけどね。まあ、おかげで、僕も知らなかったことが色々見えてきて、興味深かったけど」
「いつまでもおまえに洗脳されてるわけにはいかないんだよ」
怒ったような口調で、由羅がいった。
「おまえは冬美の言いつけ通り、うちと杏里をいいように操ってきた。でも、もうそろそろ真実を教えてもらわないとな」
「洗脳だの操るだの、人聞きの悪いこといわないでよ」
重人が、いかにも心外だ、といった表情で由羅を睨む。
「僕はただ、君らが何の迷いもなく、任務を遂行できるようにと思って・・・」
「それが余分だっていってるんだよ」
由羅の声が尖る。
「おまえはうちらを快適に眠らせてくれればそれでいいんだ」
「まあ、それはそうだけど・・・」
「見たか?」
重人が黙り込むと、由羅は杏里に向かって、訊いた。
ひとつ置いた端っこの蒲団の上に起き上がって、杏里のほうをじっと見つめている。
ひどく真剣な表情をしていた。
杏里はうなずいた。
「これでわかっただろう? うちらの正体が」
「正体・・・って?」
杏里は力なくたずね返した。
答えを聞くのが恐かった。
「うちも、おまえも、そしておそらく重人も、元は死体だったんだ。それを、何かの技術であいつらが生き返らせたんだ。つまり、うちらは生ける屍、そう、ゾンビみたいなものなのさ。どうりで人間扱いされないはずだよ」
私が、生ける屍・・・。
ゾンビ・・・?
こんなにあったかくて、やわらかい身体、してるのに?
杏里は思わず二の腕を撫でさすった。
「くそ」
由羅の呻きが聞こえてきた。
「いつかあの研究所、ぶっ潰してやる」
男の声。
えんえんと、何かしゃべっている。
目を開ける。
パソコンの画面だ。
どこかで見たことのある、壮年のスーツ姿の男。
これは、あのときの?
杏里は男の声に、耳を傾けることにした。
ー外来種は、われわれ人類の天敵だ。ニホンタンポポがセイヨウタンポポに、イシガメやクサガメがミシシッピアカミミガメに駆逐されてしまったように、放っておけば早晩われわれ人類は根絶やしにされ、やつらに取って代わられるだろう。ふと気がついてみると、知らぬ間に周囲は人ならぬ外来種どもに囲まれてしまっているというわけだ。やつらの外見が人間そっくりだからといって、惑わされてはいかん。やつらは明らかに別種の生命体だ。優れた身体能力、高い知性。確かにそれだけなら、優秀な人間の一個体といっていいだろう。しかし、決定的な違いがあることを忘れるな。やつらはわれわれにない臓器を備えている。肝臓の下部にある第二の脳、X器官がそれだ。下世話な話だが、生殖器官の形状も異様すぎる。そして、あの繁殖への異常なこだわりと、人類のそれを遥かに凌ぐ残忍性。やつらは繁殖のためには手段を選ばない。なぜなら、人間と違って非常に繁殖しにくいというのが、やつらの唯一の弱点だからだ。雌が極端に少ないために、人間の女性を受胎させて繁殖するのがやつら外来種の常套手段だが、幸いなことに、やつらの生殖器官のサイズや形状は特殊すぎて、ほとんどの人間の女性に合致しない。逆にいうと、そのためにこれまで多くの女性が犠牲になっている。性行為の最中に子宮を破壊されて死亡する例が非常に多いのだ。そして更に、性行為に失敗すると、やつらは被害者を捕食する。腹立ち紛れなのか、何かの儀式なのか、そこまではわからん。とにかく、それだけでも十分な脅威なのだが、問題はやつらの種を孕む女性もごく少数ながら存在するという事実だ。はっきりいって、これは絶対に阻止せねばならん。外来種を繁殖させてはならんのだ。その点、君たちタナトスは理想的存在だろう。性的魅力に特化しているにもかかわらず、繁殖力を持たない。また、少々の傷は自動的に修復する回復力も備えている。君たちの体には、対外来種用のマーキング機能も付与してある。外来種は性的魅力に富んだ君たちに、必ず誘引される。君たちがやつらを引きつけ、釘づけにしている間にパトスが倒す。それが現在確認されている唯一の外来種殲滅法だ。人間社会のストレス吸収という本来の役目に加えて、外来種の"誘蛾灯"になるというのは大変なことだと思うが、何分非常事態なのだ。協力して欲しいー
いかにも演説慣れした、耳障りのいい男の声。
それをバックに映し出される、さまざまな画像。
外来種の解剖図。
肝臓の下に、胆嚢を包み込むようにして、海綿状の臓器が見える。
明らかに人間にはない、未知の器官だった。
その解剖図の端に描かれている細長い槍のようなもの。
それが外来種のペニスである。
幹から棘が突き出しており、見るからに不気味だった。
杏里はかつてそれを挿入されたときのことを思い出して、気分が悪くなった。
杏里がタナトスでなければ、間違いなく死んでいたところなのだ。
画像がスクロールして、血まみれでベッドの横たわる女性の写真に変わる。
全裸で、下腹部が無惨にも引き裂かれ、内臓が一部飛び出している。
外来種に食われたのか、右腕の肘から先がなくなっていた。
そして、杏里も一度目撃したことのある、外来種の胎児。
人間の胎児とは似ても似つかぬ、醜悪で凶暴な化け物。
その姿はさながら、びっしりと歯の生えた口を持つ、ピンク色の眼のない大きなイモムシだ。
グラフもあった。
世界の州ごとの『外来種混入率』を示すグラフである。
どこもまだ0.0001%未満だが、アフリカ州だけが突出して高い。
これは以前、外来種山口翔太との一件の後、杏里が小田切に見せられた映像だった。
話しているのは、"上"とつながりの深い政治家だという。
まだ中2までの知識しかない杏里にはくわしくわからないのだが、内閣府には『原種保存委員会』なる部署が秘密裏につくられており、そこと民間企業が協力して設立したのがタナトスやパトスを擁する”機関”であるらしい。
夢の中で、その映像が再現されているのだ。
男が消え、杏里は学校の階段の踊り場にいる。
制服姿の由羅と、重人が話している。
ーそう、それだよ。被害者はみんな若い女性で、性的暴行を加えられた上に、体の一部を食べられていた。当時も、こんなの人間の仕業じゃないと思ってたけど、やっぱりそうだったんだ。あの事件の犯人は、ヒトではなく、外来種だったんだねー
ーひょっとして、そこがヒトとやつらのいちばんの違いなのかもな、やつらはニンゲンを捕食するんだ。でも、それで、なんでタナトスが死ななきゃならなかったんだ。不死身なんだろ? 少なくともうちはそう聞いてるけどー
ーボクもそのときまでは、そう信じてたさ。とにかく、無言で沙耶は男に飛びかかっていった。ボクは情けないことに、恐怖で足がすくんでしまって動けなかった。しばらくもみ合う音が続いた。そして、男が立ち去る気配がした。おそるおそる林の中をのぞいてみると、首のない女の人の隣に、沙耶が倒れていた。完全に死んでたよ。夜が明けるまで待ったけど、ついに沙耶は再生しなかった。刃物で心臓を刺されても死なないタナトスが、どんどん冷たくなっていくんだ。もう、どうしていいかわからなかった。サポーターが回収しに来てくれるまで、ボクはふたつの死体のそばにうずくまって泣いていた。こわくって心細くって、あのときほど自分の無力さを感じたことはなかったなー
ーおまえの心境なんてどうでもいいんだよ。なんで不死身のタナトスが死んだかって、それを訊いてるんだよー
ー沙耶はね。脳を食べられていたんだよー
沙耶とは、重人が以前組んでいたタナトスの少女の名前である。
これも、記憶にある風景だった。
知らぬ間に人類に紛れ、繁殖していた天敵”外来種”。
タナトスの弱点、それは脳・・・。
夢が、だんだん現実とリンクしていく。
「済んだよ」
誰かが肩を揺すっている。
杏里は小さく呻き、眼を開いた。
重人の丸い顔がすぐ近くにあった。
「どう? よく眠れた?」
杏里は蒲団の上に上体を起こすと、ゆるゆると首を横に振った。
「夢、見てた・・・。いろんな夢」
いつもの催眠療法とは全然違っていた。
これまでは、重人に額を触られるとぐっすり眠ってしまい、夢などまったく見たことがなかったのだ。
「だよねえ」
重人が深いため息をついた。
蒲団の隅にぺたんと座り込み、しょんぼりとうなだれた。
「ほんとはこんなことしちゃ、いけなかったんだけど」
そこで由羅のほうをちらっと見て、
「由羅がどうしてもって、聞かないもんだから」
そう、ぼやくようにいった。
「何をしたの?」
「記憶のサルベージ」
「サルベージ?」
「無意識の底に眠っている君たちの記憶を掘り起こしたのさ。もちろん、ほんの一部だけどね。まあ、おかげで、僕も知らなかったことが色々見えてきて、興味深かったけど」
「いつまでもおまえに洗脳されてるわけにはいかないんだよ」
怒ったような口調で、由羅がいった。
「おまえは冬美の言いつけ通り、うちと杏里をいいように操ってきた。でも、もうそろそろ真実を教えてもらわないとな」
「洗脳だの操るだの、人聞きの悪いこといわないでよ」
重人が、いかにも心外だ、といった表情で由羅を睨む。
「僕はただ、君らが何の迷いもなく、任務を遂行できるようにと思って・・・」
「それが余分だっていってるんだよ」
由羅の声が尖る。
「おまえはうちらを快適に眠らせてくれればそれでいいんだ」
「まあ、それはそうだけど・・・」
「見たか?」
重人が黙り込むと、由羅は杏里に向かって、訊いた。
ひとつ置いた端っこの蒲団の上に起き上がって、杏里のほうをじっと見つめている。
ひどく真剣な表情をしていた。
杏里はうなずいた。
「これでわかっただろう? うちらの正体が」
「正体・・・って?」
杏里は力なくたずね返した。
答えを聞くのが恐かった。
「うちも、おまえも、そしておそらく重人も、元は死体だったんだ。それを、何かの技術であいつらが生き返らせたんだ。つまり、うちらは生ける屍、そう、ゾンビみたいなものなのさ。どうりで人間扱いされないはずだよ」
私が、生ける屍・・・。
ゾンビ・・・?
こんなにあったかくて、やわらかい身体、してるのに?
杏里は思わず二の腕を撫でさすった。
「くそ」
由羅の呻きが聞こえてきた。
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