激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第6部 淫蕩のナルシス

#15 心変わり

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 ヤチカの愛撫は巧妙だった。
 がさつで粗暴な痴漢たちとは、天と地の開きがあった。
 乳首には触れず、その周りを丹念に撫で回す。
 パンティの中心だけを残して、太腿のつけ根から大陰唇ぎりぎりのところまでを、指で何度もなぞった。
 まるで蛇の生殺しだった。
 乳首はびんびんに勃起し、痛いほどだ。
 乳房がはちきれそうなくらい、張っている。
 陰核が硬くなり、体の奥でマグマが滾り始めているのがわかる。
 じらされているうちに、杏里は体中が火照ってたまらなくなり、無意識のうちに身をよじった。
 霞がかかったような頭の中に、淫らな映像が浮かび上がる。
 全裸で仰臥した杏里の肉体を、隈なくヤチカがまさぐっている。
 細くしなやかな指が、杏里のいちばん感じるところを、責めまくっている。
 して・・・。
 危うく呻き声がもれそうになった。
 股間で、襞と襞の間にぬるりとした熱いものが溢れ出た。
 その感触で、杏里はふと我に返った。
 いけない。
 あわてて太腿を閉じる。
 これではヤチカさんに感づかれてしまう。
 自分がはしたないほど感じてしまっていることを。
 こんなにたっぷり濡れそぼっていることを・・・。
 杏里はぶるっと首を振った。
 奥歯を食いしばり、妄想を振り払う。
 確かにこの人、すごく魅力的。
 大人の女性だけあって、愛撫も繊細だ。
 悪い人じゃない。
 私を気に入ってくれている。
 でも、私には、由羅がいる。
 由羅を裏切るわけにはいかないんだ。
 
「私、帰ります」
 ヤチカの手を払いのけ、スカートの裾を引っ張って、杏里は立ち上がった。
 こぼれ出た乳房をきついブラになんとかしまい込み、タンクトップの肩紐を元に戻す。
「そう、残念ね」
 ヤチカが未練たっぷりの表情で杏里を見上げた。
 心なしか、瞳が潤んでいるように見える。
「もっと、一緒にいたかったのに」
 がっかりしたような口調で、そうつぶやいた。

「あ、あの、友だちと、約束があるので」
 一礼すると、杏里は逃げるように駆け出した。
「モデルの件、前向きに考えておいてね」
 ヤチカの声を振り切り、ドアを開け、個展の会場に戻る。
 増えてきた客たちの間を縫って、出口に向かった。
 踊り場に出ると、小走りに階段を駆け下りた。
 いつの間にか、雨は上がっていた。
 1階ロビーに日差しが斜めに差し込み、床に幾何学模様を映し出している。
 杏里はソファを見つけると、そこにぐったりと座り込んだ。
 ソファが深いせいで両足が上がってしまい、スカートから下着が覗く。
 パンティの白い三角地帯の中心に、恥部の割れ目に沿ってうっすらと濡れた染みができていた。
 かっと頭に血が上るのを感じた。
 膝の上にバッグを置いて両手で押さえて隠す、
 体が震えていた。
 触りたい。
 火照った身体を。
 びんびんになった乳首を。
 もの欲しげに濡れて光っているあそこを。
 その思いを懸命に押し殺す。
 両手で肩を抱き、背中を丸めた。
 気持ちを逸らすために、他事を考えることにした。
 遅れている勉強のこと。
 2学期から通う中学のこと。
 好きなアイドルグループのこと。
 最近気になったテレビ番組のこと・・・・。
 震えがやむまで、かなりの時間がかかった。
 杏里は太い息を吐いた。
 危ないところだった、と思う。
 タナトスとしての”仕事”とは別の次元の出来事だったような気がした。
 いってみれば、心を持って行かれそうになったような、そんな気分だった。
 しっかりしなきゃ。
 これじゃ、また由羅に笑われちゃう。
 まるで、さかりのついた雌犬じゃないかって。

 何組かの家族連れが近くにやってきたのをしおに、杏里は腰を上げた。
 展示室をめぐる通路に沿って歩くと、トイレがあった。
 幸い、中は空いていた。
 個室に入り、用を足すついでにビデを使って恥部を洗浄する。
 あまり長くお湯を当てているとまた感じてしまいそうだったので、ほどほどのところでやめた。
 トイレットペーパーで下着についた愛液を丁寧にふき取ると、やっと気分が落ち着いた。
 洗面台で顔を洗い、ハンカチでごしごしと拭く。
 杏里の”設定”は中学生だから、化粧はしていない。
 でも、ヤチカさんは、この顔を、すごくかわいいといってくれた・・・。
 これで、お化粧したら、どんな顔になるんだろう・・・?
 杏里はもともと睫毛が長く、眼がぱっちりしている。
 自分でも、ときどきかわいいと思うことがある。
 鏡に向かって、色々な表情をつくってみる。
 済ました顔。
 微笑んだ顔。
 すねた顔。
 泣き出しそうな顔。
 そして、おねだりをするときの顔・・・。
 なかなかいいかも。
 真顔に戻ると、杏里は思った。
 帰りに化粧品、買ってみよう。
 勇次は嫌がるだろうけど、私だって女の子なんだもの。
 バッグの中のスマホが鳴ったのは、そのときだった。

 急いで取り出すと、LINEのメールが来ていた。
 バットマンみたいな、コウモリのマーク。
「あ、由羅だ!」
 杏里の顔に日が射したような明るい微笑が浮かんだ。
「なにやってんの! 今頃」
 くすくす笑いながら、メールを開いた。
 とたんに杏里は息を呑んだ。
 予想外の文字が目に飛び込んできたのだ。

 -やっぱり、おまえには耐えられないー

 文面は、それだけだった。
「・・・なに、これ・・・?」
 杏里は危うくスマホを取り落としかけた。
 頭の芯がすーっと冷えていく。
 文字から目を離せない。
 体から力が抜けていく。
「見てたの?」
 思わずつぶやいた。
 私が、ヤチカさんの愛撫に、感じてるところを・・・?
 すぐにかぶりを振って、否定した。
 ううん、そんなはずない。
 あの楽屋には、私たちのほかには、誰も居なかった。
 あんなに狭いところだもの。
 由羅が入ってきたら、絶対にわかったはず・・・。
 それでも、うしろめたさは消えなかった。
 スマホが、また鳴った。
 新たな文字が浮かび上がる。

 -おまえとは、もうやっていけないー

 たった1行。
 でも、なんて冷たい響きだろう。

「どうして?」
 そこがトイレの中だということも忘れて、杏里は叫んだ。
 堰を切ったように、涙が溢れてくる。
「由羅、ゆら・・・」
 うめくように、最愛の少女の名を呼んだ。

 洗面台の前にしゃがみこむと、杏里は両手で顔を覆って大声で泣き出した。

 

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