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第6部 淫蕩のナルシス

#47 凶悪

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 一見したところ、零はスレンダーな体型の長身の少女である。
 折れそうなほど手足も細いし、およそ筋力とは縁遠い体つきをしている。
 なのに、由羅に降り注ぐその拳は、相当の威力を秘めているようだった。
 顔色ひとつ変えず、無表情にひたすら殴る零。
 由羅の顏が見る間に膨れ上がり、紫色に腫れあがる。
 由羅の唇が切れ、真っ赤な血が床に飛び散った。
 そこで手を休めると、零がふいに腰をかがめた。
 再び背筋を伸ばした時には、右手に銀色に光る鋼鉄の棒を握っていた。
「何をするつもりなの…?」
 恐ろしそうに、ヤチカがつぶやいた。
 杏里は声を出すこともできず、零の一挙手一投足に目を凝らした。
 零が右手を振り上げる。
 頭上にまで鉄の棒を掲げたところで、今度は由羅の腹めがけていきなりそれを振り下ろす。
 ごぼっ。
 由羅が体をくの字に折り、口から大量の血反吐を吐いた。
 ベストとスカートの間。
 ちょうど地肌が覗いている鳩尾のあたりに、鉄の棒が突き刺さっている。
 突き立った棒の周りから、どくどくとあふれ出す鮮血。
「ひどい!」
 杏里は思わず立ち上がり、叫んでいた。
「ゆらが、由羅が…!」
 零が由羅の下腹を踏みつけた足に力を込め、右手一本でひと息に鉄の棒を抜き取った。
 どっと血しぶきが上がり、由羅の上半身がぐらりと傾いた。
「早く、早く行かなきゃ、このままじゃ、由羅が死んじゃう!」
「あわてるでない」
 飛び出そうとした杏里のスカートのベルトの部分を、後ろから老婆が掴んだ。
「零といったかな。この悪魔みたいな女は。おそらく零は、由羅を殺しはせぬ。今のは昨夜の映像だ。今朝、また動きがあった。最後まで、ちゃんと見るんだよ」
「で、でも…」
 しゃくり上げながら椅子にかけ直すと、なるほど映像が替わっている。
 画面の右下の時刻は、確かに今朝のものだ。
 映っているのは、さっきとは別の、薄暗い部屋。
 その中央に、奇妙な器具が備えつけてある。
 ぱっと見、学校の校庭にある鉄棒に似ていた。
 違うのは、左右から水平に一対の棒が飛び出していることと、床から鋼鉄の芯棒に支えられた、丸い円盤状の物体が突き立っているところである。
 そこに、由羅を抱えた零が現れた。
  零は先ほどと似た感じの薄い生地のガウンを着ているが、由羅は全裸だった。
 ただ、一応の手当ては受けたのか、腹に包帯が巻かれているのが、不明瞭な画面からもなんとか見て取ることができた。
「今度は、何? 何をする気?」
 ヤチカが声を震わせた。
 零が鉄棒の中央で、由羅を下ろした。
 ぐったりした由羅を立たせると、天井から下がった2本の鎖で両手をそれぞれ固定する。
 由羅の股間に例の円盤がくるように位置を調節して、更に両足首を床の拘束具で縛った。
 そして最後に、鉄棒の左右の柱から水平に飛び出た棒が、両側から由羅の乳房の脇に当たるように調整すると、台から降りて後ろに下がった。
「何? この装置?」
 杏里がそう、誰にともなくたずねた時である。
 零が脇のテーブルから、エアコンのリモコンのようなものを取り上げた。
 指がその表面をなぞるように動く。
 と、突然、拘束された由羅の裸体が跳ね上がった。
「な、なんてこと…」
 ヤチカが呻いた。
「あれ、全部、バイブレーターだわ…」
 杏里にもわかった。
 両側から乳房を圧迫する2本の棒。
 床から伸びて、股間を支える円盤状のもの。
 そのすべてが、細かく振動し始めたのだ。
 由羅の顏が苦しげに歪んだ。
 身体をよじり、拘束から逃れようとする。
 腹の包帯には、新たな血が滲み始めている。
「飴と鞭のつもりなのかねえ」
 老婆が呆れたように言った。
「どっちにしても、やり方が極端すぎるねえ。零…。この娘、明らかに、狂ってるよ」
 
 
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