激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第6部 淫蕩のナルシス

#70 総力戦

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 いくら抵抗しても無駄だった。
 零の怪力に、非力な杏里がかなうわけないのだ。
「やめて…」
 杏里は歯を食いしばった。
 頭に血がのぼる。
 質感のある乳房が垂れ、乳首が顎に触れてくる。
 零が軽く腕に力を込めただけで股が大きく開き、ぎしぎしと股関節が鳴り始めた。
 不自然な体勢が災いして、傷口がまた開きかけていた。
 かすむ視界の縁に、倒れた本棚と散らばった本の山が見えた。
 開いたまま何十冊と積み重なったその書物の山の間に、手首が突き出ている。
 杏里ははっとなった。
 由羅?
 口を開きかけた時、後ろからすごい勢いでガラガラという耳障りな音が近づいてきた。
 衝撃があり、
「う」
 零の手が緩んだ。
 片手が離れ、杏里の身体が反転する。
「お待たせ!」
 聞こえてきたのは重人の声だった。
 荷物を運ぶ鋼鉄製の台車。
 その上に重人を乗せ、正一が後ろから零のくるぶしに台車を全力でぶつけたのだ。
「おのれ!」
 スカートが鴉の翼のように翻り、零の長い右脚が回し蹴りの体勢に入る。
 台車を放り出すと、その細い腰に正一がしがみつき、間一髪動きを封じた。
 重人が意外な敏捷さを見せて、子ザルのように正一の肩によじのぼる。
 振り仰いだ零の額に右の手のひらを当てると、
「もらった!」
 運動会の徒競走で1等賞を取った子供のように、天に向かって左手をつき上げ、雄叫びを上げた。
「杏里、逃げて! これで彼女は数秒間は動けない」
 フュプノスの催眠能力。
 それが零の不活性化に成功したと言いたいらしい。
 零の両手がだらりと下がる。
 目がくるりと裏返った。
 杏里は床に肩から落ちると、零の足元から必死の思いで転がり出た。
 壁際まで逃げ、振り向いた瞬間だった。
「重人、どけ。そこのお兄さんも」
 部屋の中に、ハスキーヴォイスが響き渡った。
 ばらばらと本の落ちる音。
 倒れた本棚と本棚の隙間からゆっくりと立ち上がったのは、由羅である。
 いつの間に拾ったのか、両手に鉄の棒を抱えている。
 さっきまで由羅自身を拘束していた、トレーニングマシンの横棒だ。
 零が正一に突かれ、寄りかかってマシンを倒した時、支柱からはずれて転がったものだった。 
「ゆら! 生きてたんだね!」
 重人が歓声を上げた。
「馬鹿やろ。うちがこのくらいで死ぬかよ」
 由羅が顔をしかめてみせた。
 蝙蝠みたいな髪型。
 シャドウに縁どられた悪っぽい眼。
 小柄ながら、その裸身はよく陽に焼けていて、鋼のような筋肉に覆われている。
 腹に巻いた包帯は血に染まっているが、本人はあまり気にしていないようにも見える。
「いいからどけって。死にたくないならな。うちはそいつに借りがあるんだ。今からその借りを返す」
 由羅が言い終わるのとほとんど同時だった。
「きさまら!」
 零が大きく腕を打ち振った。
「うわ!」
 弾き飛ばされる重人と正一。
 が、その時にはすでに、鉄の棒は由羅の手を離れていた。
 槍投げの要領で、由羅が零に向かって投げたのだ。
 ぐさっ。
 鈍い音がした。
 由羅のほうに向き直った零の眉間に、鉄棒が突き刺さっていた。
 頭蓋を貫通して、後頭部から血まみれの先端が飛び出している。
 目にも止まらぬ速さで駆け寄った由羅が、その両端をつかんだ。
「地獄に堕ちろ! この化け物め!」
 ハンドルを回すように、零の頭から飛び出した鉄棒をぐるりと回転させた。
 零は声も立てなかった。
 由羅の怪力でねじ切られた頭頂部が、長い髪の毛と一緒に吹っ飛んだ。
 その下から、毛細血管に包まれた皺だらけの脳が現れる。
 鉄の棒を握り直し、由羅がそれを零の脳味噌の中心に突き立てた。
 零の身体がずんと沈んだ。
 由羅が棒で頭蓋の中をかき回しながら、零の身体を押し潰していく。
 脳漿と鮮血が驟雨のように降り注ぐ。
 零の肉体が床に崩れ落ちた時には、その頭部はすでに原型をとどめていなかった。
 鉄の棒を抜き取ると、それでも飽き足らぬというように、由羅がその脳の残骸を裸足の足で踏みにじる。
 残る力を振り絞って立ち上がると、杏里は由羅に近づいた。
「もう、いいよ。終わったよ」
 背後から、そっとその肩を抱いてやる。
 由羅の前には、首から上を完膚なきまでに粉砕されたセーラー服姿の零が、うつぶせに倒れている。
 さすがにこれで最後だろう、と思う。
 ここまで脳をすり潰されては、いくら零でも蘇生は無理に違いない。
 満身創痍になりながら、5人でなんとかこの魔女を倒すことができたのだ。
「さ、これで任務完了でしょ? だったら早く逃げようよ。ヤチカさんも杏里も由羅もみんな大怪我してるしさ、どっかで手当しないとまずいじゃない」
 重人が興奮気味に叫んだ時である。
「それには及ばぬよ」
 部屋の入口のほうで、老人の声がした。
 ガウンに身を包んだ車椅子の老人が、逆光の中で影になって浮かんでいる。
 車椅子を押しているのは、庭で重人に眠らされたボディガードの男のようだ。
「零が死んだか」
 老人が、感慨深げにつぶやいた。
「いつか、こんな日が来るだろうと、思ってはいたよ」
「堤…英吾?」
 重人が茫然とした口調で訊いた。
「いかにも」
 老人が重々しくうなずいた。
「いかにも、わたしは、この館の主人だよ」


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