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第7部 蹂躙のヤヌス

#48 下見

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 翌日、昼過ぎに目を覚ますと、小田切が不在なのを確かめて、杏里は家を出た。
 中学生が学校を休んで外出するというのはリスクが大きい。
 が、杏里の場合、大人っぽい服装をすれば女子大生に見られないこともない。
 童顔なのが玉に瑕だが、身体の発育具合は成人女性顔負けだからである。
 腰のところで結んだ薄い上着と、股繰りの浅いショートパンツ。
 それがきょうの杏里の出で立ちである。
 上着とショートパンツの間から臍がのぞいているため、ちょっと遊んでいる短大生くらいには見えるだろう。
 そう計算して、自転車に乗った。
 念のために化粧もしてきたから、万が一学校関係者に見つかっても、すぐには杏里だとわからないに違いない。
 行く先は、美里の住むマンモス団地だった。
 きのう、あれから重人に手伝わせ、インターネットで美里の家を探してみた。
 港の近くにある大きな公営住宅。
 それが重人の仕入れてきた情報から判明した場所だった。
 ストリートビューに切り替えてみると、4つの棟に囲まれたマンモス団地の航空写真が現れた。
 さらに拡大する。
 ひとつの棟が12階まであり、1フロアには10世帯が住んでいる。
 480世帯が住む巨大な集合住宅の中に、美里は息をひそめているというわけだ。
「これ、何かな?」
 棟に囲まれた広場の片隅に独立した四角い建物を見つけて、杏里はたずねた。
「集会所じゃない? ほら、大きい団地やマンションだと、住民の組合みたいなものがあるでしょ」
 答えた重人はかなり落ち着いてはきていたが、媚薬のせいでまだ目がとろんとしている。
 ただ、男の場合、放出するものがなくなると、さすがに薬の効果も限定的になるらしい。
 何度となく射精させられて精巣が空になった重人は、杏里の時ほど媚薬の効果が後を引いていないようだ。
「私、思うんだけど」
 その建物に視線を当てながら、杏里は言った。
「重人も言ってたみたいに、団地の部屋の中って狭そうじゃない? その密室の中で美里先生と対峙するのって、かなりこっちが不利になると思うんだ。だから先生をなんとか外におびき出せないかな? たとえばさ、この集会所に」
「そうだね。そのほうがいいと僕も思う。多少広い所でないと、僕といずなちゃんも待機できないし」
「私、明日ちょっと下見に行ってくる。で、何かいい案がないか、考えてみる」
「美里の勤務時間中ならよっぽど大丈夫だと思うけど」
 重人が気づかわしげに杏里を見た。
「くれぐれも気をつけて。この前の健康ランドみたいなこともあるからね」
 重人は、健康ランドで、美里の息のかかった女湯の客たちに杏里といずなが襲われたことを言っているのだ。
「大丈夫だよ」
 杏里は胸を張った。
「あんたのおかげで憑き物が落ちたみたい。たぶん、元の力が戻ってきてると思う」
 媚薬とリング、そして美里の唾液。
 その相乗作用で一時的に意識さえ定かでなくなっていた杏里だったが、重人がいずなに快感を逃がしてくれたのがどうやら功を奏したようだった。
 その後重人を苛め抜いてストレスを発散できたのもよかったと思う。
 すっかり元気を取り戻した杏里の中には、美里への挑発的な思いがふくらんでいる。
 先生、見てて。
 今度はこの私があなたを、天国に導いてあげるから…。
 もっとも、今度美里と相対する時には、ある程度元の杏里に戻る必要があるだろう。
 もう一度媚薬を服用してリングを装着した状態でないと、美里を油断させることができないからだ。
 それまでに、もっと自分を鍛えておく必要がある。
 杏里はそう思った。
 翌日すぐに団地の下見に踏み切ったのも、胸の内にその思いがあったからだった。
 あれほどの規模の団地なら、昼間からけっこう人がいるはずである。
 そこで力試しをするのも悪くない。
 重人の心配をよそに、杏里はそう考えたのだ。


 杏里の家から目的地まで、自転車で約40分。
 運河に沿って国道を下っていくと、工業地帯の中心にストリートビューで見た通りの景色が見えてきた。
 高級マンションと違い、マンモス団地には警備体制などあってないようなものだった。
 入り口の守衛室にも人影はなく、杏里は誰にも咎められずに楽々敷地内に入ることができた。
 美里の住居はA棟の最上階。
 念のために、そこからいちばん離れたD棟の駐輪場に自転車を停めた。
 団地の真ん中は子ども広場になっていて、その片隅に例の四角い建物がうずくまるようにして建っていた。
 重人の言うところの集会所である。
 美里を誘き出すとしたら、ここだ。
 そうあたりをつけて、杏里は建物の玄関に近づいた。
 サッシ戸に手をかけると、鍵はかかっていなかった。
 思い切って戸を引き開け、中に入ってみた。
 がらんとした玄関の両側は、スリッパを収納した靴箱だ。
 その奥に自動ドアがあり、そこを抜けると狭いロビーに出た。
 右手に両開きの扉。
 左手がトイレと洗面所に続く廊下。
 正面に自動販売機と喫煙コーナー、それと2階へ上がる階段がある。
 おそらくこの奥が会議室なのだろう。
 右側の扉にはさすがに鍵がかかっていた。
 仕方なく左手の廊下に入り、女子トイレで用を足すことにした。
 トイレのドアを開けた時である。
 ふと人の気配を感じて、杏里は後ろを振り向いた。
 男子トイレのドアが開き、バケツとモップを持った女性が出てくるところだった。
 掃除のおばさんだろうか。
 吊り上がり気味の目をした、ギスギスした印象の女性である。
 女性は杏里をひと目見て、心底驚いたようだった。
「ここに何の用? 今日は集会はないはずだよ」
「い、いえ、ちょっと、トイレをお借りしようかと…」
 杏里は口元にひきつった笑みを浮かべた。
「あなただあれ? 見ない顔だね。この団地の住人じゃないね」
 ゴン。
 乾いた音とともに、女性の手からバケツが落ちた。
 モップを右手に提げたまま、じりじりと迫ってくる。
 細い目が猟犬のそれのように鈍く光っていた。
「ご、ごめんなさい」
 杏里は震え声で詫びた。
 後退すると、そこはすでに女子トイレの中だった。
 左右に個室が2つずつ。
 手前が広い洗面台になっている。
「怪しいね」
 だしぬけに、女性がモップを突きつけてきた。
「痛っ」
 杏里は体をくの字に折った。
 モップの柄が裸の鳩尾を直撃したからだった。
「最近ぶっそうな事件が多いから、女だからといって見過ごすわけにはいかないんだよ」
 モップは更に強く腹に食い込んでくる。
 柄の先は正確に杏里の臍を捕らえており、今にも表皮を突き破らんばかりの勢いだ。
「痛い…何、するの?」
 うめく杏里に、女が言った。
「決まってるだろ? 身体検査だよ」
 舌なめずりせんばかりの、酷薄な表情をしていた。
「痛い目に遭いたくなかったら、ここで大人しく裸になるんだね」 
 

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