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第7部 蹂躙のヤヌス

#51 凌辱団地③

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 突然の”潮吹き”に、一瞬、意識が飛んだ。
 だから、初めは、何が起こったのか、よくわからなかった。
 女が、杏里の股間から顔を離した。
 半開きの口から、杏里がたった今放出したばかりの液体を、だらだら垂れ流している。
 それを喉を鳴らして飲み干すと、うっとりと目を閉じた。
「おいしいねえ…。神の酒ってものがあるのなら、きっとこれがそうなんだろうねえ」
 飲み干した後も、名残惜しげに唇を舐めている。
 が、それも束の間のことだった。
 すぐさま、女が肩を抱えて小刻みに震え始めた。
「な、なんだい? これは? 変だよ、身体がおかしいよ」
 いきなり作業着のジッパーに手をかけた。
 杏里が茫然と見守るうちにも、もどかしげに上着を脱ぎ捨てる。
「疼くよ、身体中が疼いてたまんないよ」
 その下のTシャツとズボンを脱ぎ捨てると、たちまち薄汚れた下着姿になった。
 骨と皮ばかりの、ミイラじみた醜い裸身である。
 ぶかぶかのブラジャーの間に手を入れると、すごい勢いで揉み始めた。
 もう一方の手は、当然のようにパンティの中に差し込まれている。
「おう、おう、おおう」
 女が叫び出す。
 けものじみた吠え声だ。
 己の乳房と陰部を弄り回し、オナニーに夢中になっている。
 チャンスだった。
 杏里は化粧台から飛び降りると、足首に絡まっていたパンティを穿き直した。
 何だろう?
 何が起こったのだろう?
 ”浄化”が成功しつつあるのは、確かだった。
 杏里自身はほとんどダメージを受けないまま、対象が先にオルガスムスを感じているのだ。
 このまま女が絶頂に達してしまえば、杏里の勝ちである。
 が、それにしても、と思わずにはいられない。
 これは今までとは違うパターンだ。
 女はまるで、媚薬を飲まされたかのように急激な発作を起こしている。
 媚薬?
 その瞬間、ある考えが閃いた。
 ひょっとしたら、私の体液にも、媚薬効果が備わったのではないだろうか?
 ヤチカに媚薬を飲まされ、催淫効果のあるらしい美里の唾液を乳首に塗られたことで、体質に変化が起きたのかもしれない…。
 厳密にいえば、杏里たちタナトスは人間ではない。
 一度死んだ死体に外来種のミトコンドリアを注入して蘇生させた、いわゆる生体兵器である。
 未知の機能を持つ外来種のミトコンドリアに支配されたこの肉体。
 そこにどんな変化が起こっても、不思議ではない。
 もしそれが真実なら、と思う。
 ラッキーとしかいいようがない。
 この先の戦いで、これは十分に使えるからだ。
 ふいに目の前が明るくなった気がした。
 床に落ちていたショートパンツを拾い上げ、杏里は意気揚々とトイレを出ようとした。
 その時である。
「るり子さん、どうしたの?」
 トイレの入り口に、複数の人影が現れた。
「今のるり子さんの声でしょう? 何かあったのかしら?」
 安物の香水と化粧の匂い。
 そこに汗の匂いが入り混じって、吐きそうに臭い。
 トイレの入り口をふさいだのは、派手なワンピースに身を包んだ肥満体の中年女。
 そしてその肩口から顔をのぞかせた、キリンのように背の高い馬面の女である。
「あんた、何?」
 杏里をにらみつけて、豚女が言った。
「そこに倒れてるの、るり子さんでしょ? あんた、彼女に何したの?」
「い、いえ、私は別に…」
 杏里の弁明をかき消すような大声で、掃除婦が背後でオナっている。
「怪しいですわね」
 馬面が上から杏里を見下ろした。
「ちょっとこっちに来なさいよ。話を聞かせてもらうから」
 ふたりに手首をつかまれ、廊下に引きずり出された。
「会議室、空いてたわね」
 豚が馬に言う。
「ええ。きょうは集会ありませんから」
「あそこに閉じ込めよう。パトロールのみんなを呼んでこなきゃ」
「私が行きますわ。百合さんはこいつを見張っててくださいな」
「じゃ、お願いね、さやかさん」
 馬面がロビーから出て行くと、豚女が両開きの戸の鍵を開け、杏里を中に放り込んだ。
「あんた、ほんとに何者なの? どうしてそんなはしたない格好をして平気なの?」
 杏里はまだショートパンツを穿いていない。
 上着こそ着ているが、下はビキニパンティのままなのだ。
「ほら、なんとか言いなさいよ!」
 豚女がのしかかってきた。
 逃げようとしたところを、足首をつかまれ、ずるずると引き戻された。
 体育館のような作りの集会室の床は、よく滑る。
 抵抗するすべもなかった。
「やめてください! 何するんですか?」
 杏里は叫んだ。
 と、その叫びを断ち切るように、豚女が言った。
「おまえ、変な匂いがするね。なんか生臭いよ。こりゃあ、セックスの時の匂いだよ」
 その瞬間、その細い目に陰湿な光が灯るのを、杏里は確かに見たように思った。

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