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第8部 妄執のハーデス

プロローグ ~嵐の予感~

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 マイクロミニ丈のひだスカートを穿く。

 素肌の上から純白のブラウスを羽織り、胸元のボタンを留める。

 裾をスカートの中に押し込むと、胸が窮屈で少し苦しくなった。

 やむを得ず、第2ボタンまではずし、胸の谷間をあらわにする。

 その上からグレーのブレザーを着こむと、杏里は鏡台の前でくるりと体を回してみた。

 久しぶりの学校である。

 篠崎医院に大事を取って10日ほど入院し、身体の回復を待って退院してくると、世界はすっかり秋になっていた。
 
 10月2日、月曜日、朝7時。

 鏡の中の杏里は、以前より少し痩せたようだった。

 体つきはそうでもないのだが、心なしか顎から頬にかけてのラインがシャープになった気がする。

 丸尾美里との激闘が、それなりに杏里の心身にダメージを与えた証拠かもしれなかった。

「準備できたか」

 部屋の外で小田切の声がした。

 病み上がりということで、今週は車での送り迎えを頼んである。

 バス通学は、タナトスである杏里にとって、ある意味負担が大きすぎるからだ。



「そのうち、委員会から呼び出しがある。覚悟しておけ」

 前庭から車を出すと、仏頂面で小田切が言った。

「表向きは”定期研修ということになってるが、美里のことも突っ込まれるのは間違いない」

 美里を殺した一件については、さすがに小田切には隠しておけず、簡単なあらましは話してあった。

 小田切は冬美ほど委員会べったりではない。

 時々だが、杏里の意向を優先してくれることもある。

 そこを見越してのことである。

「ばれてるかな」

 肩をすくめて、杏里はつぶやいた。

 堤英吾の力を借りることで、委員会の目はあざむいたはずなのだが、だからといって英吾も完全に信用できるわけではない。

「美里は当然学校を欠勤しているわけだろう? その線から調べたら、おまえに辿り着くのは難しくあるまい」

「まあ、そのときはそのときだよ。それより、その定期研修って、なあに?」

 委員会なんて、こわくない。

 いくら文句をつけられようが、あの時は仕方なかったのだ。
 
 まさか、美里があんなふううになっているだなんて、誰も予想しなかったのだから…。

「詳しくは知らん。同期のタナトス同士を集めて、競い合わせるのかもしれん。まあ、おまえのことだから、実技面では別に心配はいらないと思うが」

「勇次も一緒?」

「ああ、付き添いというわけじゃないが、同じ時期に重要な会議があるんでね」

「最近、会議、多いよね」

 杏里の入院中も、小田切が病院に来たのは、退院した日、1日だけである。

 なんでも、3日ほど出張で家を留守にしていたらしい。

「外来種について、新たな説が浮上した。それを検証しなきゃならないんだ」

「新たな説?」

「機密事項だから、詳しくは離せない。ただ、そのうちおまえも耳にすると思う。外来種は、俺たち人間が思っているより数が多い。これまでは、サイコパスみたいに殺人を繰り返す個体にどうしても目が行きがちだったが、どうも、そうではない者も多いらしいんだ」

「どういうこと?」

「外来種は、俺たちが考えている以上に、人間社会にうまく溶け込んでるってことさ」



 校門から少し離れたコンビニの駐車場で、車を降りた。

 他の生徒に混じって、正門を入る。

 小田切の話が気になった。

 ならば、この学校の生徒や教師の中にも、外来種が紛れ込んでいるかもしtれない、ということだ。

 それからもうひとつ。

 美里亡き後のクラスメートたちの状況も、気にかかる。

 あの定期的な”面談”がなくなって、彼らは性欲のはけ口を失っているはずである。

 下手をすると、美里がいた頃よりもひどいことになっているかもしれないのだ。

 そんなことを考えながら、下駄箱で靴を履き替えている時だった。

「おい、新入り」

 ふいに頭上で声がした。

「え?」

 顔を上げると、ふたりの女生徒が下駄箱にもたれ、杏里を見つめていた。

 小柄でやせたキツネ目の少女と、ブレザーがはちきれんばかりに膨らんだ巨漢の少女である。

「放課後、話がある」

 脱色した髪の間から、剣呑な眼をのぞかせて、キツネ目が言った。

 どすの効いた、煙草の吸い過ぎでかすれたみたいな声だった。



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