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第8部 妄執のハーデス

#1 残滓

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 この凸凹コンビは、確か璃子とふみ。

 最初の日に絡んできた、ちょっと不良っぽいふたり組である。

 美里が顧問をしている部活の部員だとか言っていた気がする。

 身構えて答えないでいると、

「わかったな。校舎裏で待ってるから、逃げるなよ」

 そう言い捨てて、キツネ目の少女ー璃子のほうが、くるりと背を向けた。

「えー、もうおしまい?」

 素っ頓狂な声を上げて抗議したのは、肉達磨のようなふみである。

「ふみ、早くあいつと遊びたいのにい。あのビッチとさあ」

「今は駄目だ。もうすぐ授業が始まるだろ? 時間がない」

「璃子ったらなに真面目ぶってるのさあ。そんなの似合わないって。ふたりであいつ、ねちょねちょくちゅくちゅしてやろうよお」

「わかんねえやつだな、とにかく来いって」

 怒ったように、璃子がふみの巨体を引きずっていく。

 凸凹コンビが見えなくなると、杏里は全身で大きく安堵の息をついた。

 まったく、厄介な連中に目をつけられたものだ。

 特にあのおデブちゃん。

 抱きつかれたら最後、息が止まってしまいそう。

「あーあ」

 上靴を履き終わり、両手を上げ、背筋を伸ばした時である。

「笹原君、ちょっといいかね?」

 いつのまにそこに居たのか、下駄箱の列の間から、突然、バーコード頭が顔を出した。

 教頭の前原である。

 なるほど、璃子はこの男の接近に気づいて逃げ出したのに違いない。

 教頭は、いかにも好色そうな目つきをしていた。

 下駄箱の陰に隠れて、こっそり杏里のスカートの中をのぞいていたとしても不思議はない。

「な、なんですか?」

 無意識のうちにスカートの裾を引っ張って、杏里はたずね返した。

「実は君に、話したいことがあるんだが…よければ昼休みに、職員室に来てくれないかね」

 まただ。

 杏里はうんざりした。

 どうして今日に限って、みんな私と話をしたがるのだろう?

「いいですけど…どんなご用件ですか?」

「丸尾先生がね、ずっと行方不明なんだよ。あ、君は病気療養中だったようだから、知らないかもしれないが」

 学校には、小田切を通して、肺炎にかかって入院中、と言ってあった。

 幸いなことに、教頭には、それを疑っている素振りはない。

「美里先生が…?」

 ここは、とぼけ通すことにした。

「ああ。それで、困ったことになってね」

 丸眼鏡をはずして、ハンカチでごしごしこすりながら、教頭が言う。

「教室に行けば、君にもすぐにわかると思うが…。とにかく、さっそく君の助けが必要になりそうなんだよ」

「私の、助け?」

 杏里は小首をかしげ、貧相な中年男を見つめた。

 どぎまぎしたような表情で、急に顔を赤らめ、視線を逸らすバーコード頭。

「そう、君は優秀なタナトスだと聞いている。その、君のタナトスとしての力を、できれば貸してほしい」

「それは、委員会の命令ですか?」

 杏里のところに、”上”からその類いの指令はまだ来ていない。

 それとも、いずれ来るということなのだろうか。

「いや、その前に校長が決断されてね。大山校長が、きのう出張から戻られたんだよ」

「校長が?」

 生きていたんだ。

 杏里はほっとした。

 以前この教頭の口から、校長の不在を聞かされた時、ひょっとして美里に殺されたのではないかと疑ったのだ。

「ま、そんなわけだから、お昼休みに職員室、忘れないでね。校長も、君に会うのを楽しみにしていらっしゃる」

「は、はい」
 
 予鈴が鳴り出したのを潮に、一礼して小走りに階段へと向かった。

 スカートの尻をカバンで隠して2階に駆け上がる。

 杏里は見せるのが仕事のタナトスである。

 だからいつもそれなりの下着を穿いてきている。

 だが、なぜだか今はその気になれない。

 特に、あのエロ教頭の視線にスカートの中身をさらすのは嫌だと思う。

 それは、杏里にしては珍しい、心理の動きといえそうだった。

 
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