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第8部 妄執のハーデス

#9 狂気のイベント 

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 あまりのことに、杏里は言葉を失った。

 獣欲に駆られた500人近い生徒たち相手に、裸でひとり鬼ごっこ?

 これが教育者の口にする言葉だろうか?

 周囲から伸びてくるおびただしい手に、身体をばらばらに引き裂かれる全裸の少女。

 そんな残酷な幻影が、一瞬脳裏を去来する。

「君ならできるだろう? 君が以前在籍した中学校は、どこもすっかり綺麗になったそうじゃないか。その身体、そのテクニックなら、中学生など、束になってかかってきても大したことあるまい」

 大山はさも愉快そうだ。

 その時の光景を夢想して、楽しんでいるのかもしれない。

「準備はすべて我々がしておくから、笹原君、君は”出場”してくれるだけでいいんだよ」

 横から、せかせかした口調で前原が補足した。

「学園祭直前になったら、授業中の自慰は禁止にしよう。そうすれば、欲求不満がMAXになった状態で、彼らは一心不乱に君を追いかけるだろうから」

「おお、それはいい。どうせなら、全員一気に一網打尽と行きたいところだからな」

「どうして…」

 やっとの思いで、杏里は口を開いた。

「どうして私が、そんなことまでしなきゃならないんですか?」

「どうして?」

 愉快そうだった大山の顔つきが変わった。

「愚問だな」

 憎々しげに吐き捨てた。

「それは君が、タナトスだからに決まっとる。そうだろう?」


 重い足取りで、杏里は職員室を出た。

 最悪の気分だった。

 全校生徒を敵に回しての、脱出ゲーム?

 そんなの、あり得ない。

 脱出なんて、できるはずがない。

 浄化する前に、さっき頭に閃いたイメージみたいに、八つ裂きにされて、殺されるのがオチだ。

 特に今は、タナトスとしての大事な機能が失われてしまっている。

 今の杏里は苦痛を快感に変換できないのだ。

 これでもし、細胞の再生機能まで失われてしまっていたら、万事休すである。

 始業時間ぎりぎりに、教室に戻った。

 昼食を食べ損なったことに気づいたが、元より食欲などない。

 どさっと身を投げ出すように席につくと、

「どうしたの?」

 珍しく、隣の唯佳が自分から話しかけてきた。

 午前中、ずっとオナニーに耽っていたようだから、今は多少正気に返っているということなのか。

「杏里、なんだか顔色悪いよ」

「ううん、なんでもない」

 杏里は小さく首を振った。

 そこで、ふと思いついて、訊いてみることにした。

「そういえば、うちのクラスは何やるの? あ、学園祭のことだけど」

「模擬店だよ」

 唯佳が答えた。

「一番準備が楽だから」

「いつだったけ?」

「あ、そっか。休んでたから、杏里、知らないんだね。今月の、14日の土曜日と、15日の日曜日だよ。一般参加は、土曜日だけだけど」

 やっぱり、そうだ。

 あと2週間。

 その前に、きっと”委員会”の研修が入るに違いない。

 どんな内容かはわからないが、そこで少し鍛えてもらうしかない。

 そんなことを考えた時、杏里はふと射るような視線に気づいて、二の腕に鳥肌が立つのを覚えた。

 横目で様子をうかがうと、案の定、だった。

 璃子とふみのコンビがこっちを睨みつけている。

 ああ。

 杏里はどんよりとした気分でため息をついた。

 きょうという日は、まだ終わったわけではない。

 もうひとつ、難関が控えているのだ。

 璃子からの呼び出しという、もっとも忌むべき難関が。

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